第三話:最初の町と古い言い伝え
レオンとアリアの旅は、飢えと疲労との戦いだった。
徒歩での移動は過酷を極めた。アスファルトはひび割れ、砂塵が舞い、太陽は常に鉛色。
携帯食はとっくに底をつき、水を探して汚染された水たまりにたどり着くこともあった。
アリアは何も口にせず、感情をほとんど見せない。
その異質さに、レオンは何度も戸惑い、アリアを連れてきたことが正しい選択だったのかと自問自答した。
それでも、夜の闇の中、アリアが静かに寄り添うたび、あるいはふとした瞬間に歌声が漏れるたび、レオンの心にあの日の「救い」が蘇り、彼を旅へと駆り立てた。
数日後、遠くにかろうじて人影が見える集落らしきものが見えてきた。
崩れかけた建物が密集し、小さな煙がいくつか上がっている。
それが「町」なのかは定かではないが、人の気配があるだけでも、レオンにとっては希望だった。
警戒しながら、町へと足を踏み入れたレオンは、すぐに違和感を覚えた。
他の集落のように、住民が武器を構えて威嚇してくることも、飢えた目で略奪品を探すこともない。
住民たちは痩せこけているものの、互いに助け合うように静かに暮らしているようだった。
その中で、一人の老婆がレオンたちの目に留まった。
深い皺が刻まれた顔と、全てを見通すような澄んだ瞳を持つ彼女は、レオンとアリアに近づいてきた。
レオンが身構えるより早く、老婆はアリアの姿を目にすると、ゆっくりと、しかし迷いなくその場で膝をついた。
そして、まるで祈りを捧げるかのように、静かに両手を組んだ。
「ああ……ああ、ついに……」
老婆の震える声は、安堵と、かすかな畏敬の念を含んでいた。
彼女はアリアへと手を伸ばし、その白い頬にそっと触れた。
アリアは、その接触にも感情を示すことなく、ただ静かに立っている。
「噂は、本当だったのですね……」
老婆はレオンに顔を向けた。その瞳には、奇妙な光が宿っていた。
「金糸の髪、白い肌、背には鳥のような白い翼を持つ天使が、歌声で空を覆う『悪意の灰』を光に変え、浄化して世界を救う……。この地の古い言い伝えでした」
老婆の言葉に、レオンは息をのんだ。
アリアの歌声が悪意の灰を浄化する力を持つことは、レオン自身が経験していた。
しかし、それが「天使」の言い伝えと結びつくとは、想像もしなかった。
彼は今まで、アリアの力を漠然としか捉えていなかったが、老婆の言葉は、その力の真の意味と、アリアの存在が持つ世界の運命を明確に示した。
「この世界を蝕む灰を浄化し、人々を救う。それが、彼女の使命……」
老婆はさらに続けた。
「そして、その天使を生み出し、あるいはその力を操るとされる、機械の都市が、世界の中心に存在すると。旧時代の遺跡の上に立ち、『機械』の力で繁栄していると……。
もし、彼女の謎を解き明かしたいのなら、そこへ向かうべきでしょう」
レオンの胸に、新たな熱が灯った。
アリアを連れてきたことが、単なる恩義や同情だけではなかった。
それは、この荒廃した世界に、そして彼自身にも、希望をもたらす旅になるのかもしれない。
アリアの歌声の源、彼女の真の力を知るために、そして何より、彼女が一体何者なのかを知るために。
レオンは、機械都市へ向かうことを決意した。