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【完結】終末の歌姫アリア ~機械仕掛けの天使と世界の再生~  作者: ましろゆきな
第一章:灰降る世界の出会い 

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第二話:月光の天使

 歌声は、崩れかけた教会の奥から響いていた。


 朽ちた木材とひび割れた石壁が剥き出しになった教会内部は、砂塵と瓦礫が散乱し、天井の一部は大きく崩れ落ちていた。


 レオンの足元からは、粉砕されたガレキが軋む音が響く。

 しかし、彼の視線は、壊れた天井から差し込む一筋の月明かりが照らす場所へと吸い寄せられていた。


 そこには、息をのむような光景があった。


 月光の柱の中に立つ、一人の少女。


 その髪は、まるで月の光を集めたかのように金色の輝きを放ち、雪のように白い肌は、透き通るような輝きを帯びていた。

 背中には、折れた白い羽根が、まるで鳥の翼のようにかろうじて残骸となって存在している。


 彼女は、目を閉じ、まるで何かに祈りを捧げるかのように、静かに立ち尽くしていた。


 そして、その唇から、あの歌声が紡ぎ出されていた。


 それは、世界の終わりに相応しくない、あまりにも清らかで、あまりにも美しい調べだった。

 これまでレオンが耳にしてきたあらゆる音とは異なり、その歌声は、荒廃した景色を、そしてレオン自身の凍てついた心を、まるで触れるだけで浄化するかのようだった。


 レオンは、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

 乾ききったはずの目から、何かが込み上げてくるのを感じた。


 それは、ずっと昔に捨て去ったはずの、温かく、そして痛みを伴う液体だった。

 悲しみでも、絶望でもない。それは、紛れもなく「感動」と、そして「希望」だった。


 なぜ、こんな場所に。なぜ、こんな歌声が。


 問いかける言葉は、喉の奥に詰まったまま、声にならない。ただ、ぼろぼろと涙が溢れ落ちる。


 月光に照らされたその姿は、まさにこの世界に降り立った「天使」そのものだった。


 レオンは、その場で膝から崩れ落ち、嗚咽を漏らしながら、ひたすらにその歌声に身を任せるしかなかった。


 長きにわたる孤独と絶望が、歌声によって一瞬にして溶かされ、彼の心を覆っていた厚い氷が、音を立てて砕け散る。


 彼の人生で、これほど純粋な感情を経験したことはなかった。



 ✜✜✜✜



 どれくらいの時間、そうしていたのか。


 歌声に身を任せ、涙を流し続けるうち、レオンは深い疲労に襲われ、そのまま意識を手放した。


 次に目覚めた時、あたりはすでに明るかった。

 崩れた天井の隙間から、濁った日差しが差し込んでいる。


 冷え切った教会の床で体を起こすと、昨夜の出来事がまるで夢だったかのように、すべてがぼやけていた。

 だが、胸の奥に残る、あの歌声の余韻だけが、それが現実だったことを教えていた。


 顔を上げると、月明かりの下で見た「天使」が、すぐそこに立っていた。


 夜の幻想的な雰囲気は消え、日中の光の下で見る少女は、やはり息をのむほど美しかった。


 金色の髪は光を反射し、白い肌は透明感すら感じさせる。

 だが、同時に、彼女がどこか不自然であることにも気づかされた。


 瞬き一つしないその瞳は、焦点が定まっているようで、しかし何も映していないように見える。

 その表情は完璧に整っているのに、感情が全く読み取れない。まるで精巧な人形のようだった。


「……君は、誰だ?」


 掠れた声で問いかけると、アリアはゆっくりとレオンの方へ首を傾げた。

 その動作もまた、機械的で滑らかだった。


「アリア」


 返ってきたのは、澄んだ、しかし感情の全くこもらない声。

 レオンが知るどんな人間の声とも違っていた。


 彼女に呼びかけても、人間のような質問や反応は返ってこない。

 空腹を訴えても、ただ首を傾げるだけ。


 彼女が食事を必要としないこと、眠ることもないこと、そして、この荒廃した世界で自力では何もできない存在であることに、レオンはすぐに気づいた。


「……困ったな」


 レオンは独りごちた。


 彼女は、あまりにも無力だった。そして、あまりにも異質だ。

 このまま置いていけば、どうなるかなど考えるまでもない。


 だが、連れて行くという選択も、過酷な世界を生きるレオンにとって、とてつもない重荷だった。

 自分一人でさえ、いつ死んでもおかしくない状況だ。


 しかし、レオンの脳裏には、あの歌声が蘇っていた。


 絶望の淵にいた自分を、一瞬で救い上げてくれた、あの奇跡のような歌声。

 あの時感じた、心の底からの解放と、湧き上がった希望。


(……見捨てられない)


 恩義、という言葉がレオンの頭をよぎった。


 だが、それだけではない。

 無垢で、無防備なアリアの姿に、彼の心の中に、かすかな責任感が芽生えていた。


「オレはここを離れなくちゃいけない」


 レオンは立ち上がり、アリアの目を見据えた。

 感情のない瞳。それでも、レオンは問いかけた。


「アリア、きみはどうする? ここに残るか、オレと一緒に行くか、選んで」


 差し出した手は、痩せていて、いくつもの傷が刻まれている。

 汚れていて、決して綺麗とは言えない手だ。


 アリアは、迷うことなく、小さく頷いた。

 そして、無機質で完璧な白い手が、レオンの汚れた手を包み込んだ。


 その手の温かさは、彼の想像を超えていた。


 こうして、荒廃した世界を巡る、機械仕掛けの歌姫と護衛の少年の奇妙な旅が、始まった。

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