第二部 スキズマトリックス
事件の犯人はすでに死亡している? わたしたちはなす術なく、差し当たりできること、すなわちウイルスの除去と衛星兵器の破壊をおこなった。わたしは博麗神社に戻り、霊夢と魔理沙に事の次第を詳らかに語った。
「すでに死亡しているテロリストねぇ。明らかにブラフでしょ。別に実行犯がいるはずよ」霊夢が尤もなコメントを寄せた。「わたしもそうとしか思えないなぁ」魔理沙も同意した。わたしは問うた。「片山勇紀が生きているか死んでいるか、いずれにせよ『実行犯』をもういちど見つけないとまたテロが起こってしまう。霊夢、これって『異変』だよね?」「そうねぇ。でも手掛かりが一切ないんでしょ。それにテロなんて、弾幕ごっこのような遊びじゃないから専門外だわ」霊夢はお手上げのようだ。この場でも議論は花咲かず、解散となった。
翌日、わたしは紅魔館へ向かった。目的は図書館である。「一〇年前」と「片山勇紀」のキーワードを満たす事件について調べるためだ。門番は居眠りをしていてすんなり入れた。館に踏み入ると、十六夜咲夜が現れた。「あら、薫子さん。いらっしゃい。どのようなご用件で?」「図書館で調べ物をしたいのですが」「いいでしょう。小悪魔! 薫子さんをご案内なさい」「はーい!」
「『一〇年前』に『片山勇紀』ですか……。一〇年も前なら当時の新聞が幻想入りしていてもおかしくないですね。新聞コーナーはこちらです」小悪魔さんは丁寧に案内してくれた。「ありがとうございます」「お帰りになる際にまたお声掛けくださいね」さて、一〇年前といっても記事は無数にある。わたしは自分の能力を試すこととした。心で念じてみる。一〇年前……片山勇紀……そこか! とある新聞の一頁が浮かび上がった。いやあ、便利な能力だ。さっそく紙面に目を走らせる。二〇XX年6月6日、人間の脳を機械化する技術が整い、その開発担当者が自らの脳で試験したという記事だ。河童さんのデータベースには載っていなかった情報である。記事は続く。その非検体こそが片山勇紀であり、彼は流入してくる情報のイメージに飲まれ、昏睡してしまったそうだ。そうか、片山勇紀はイメージの世界に閉ざされてしまったのか。言い換えると、イメージの世界で無限に生きているということか。そして一〇年の月日を経て、電脳化技術は闇に葬られ、ひとびとの記憶からも失われ、幻想入りしたというわけか。「実行犯」なんていないんだ。すべて彼がやったことなんだ。「イメージを操る程度の能力」とでも言っておこうか。わたしは自分の役割を理解して、小悪魔さんにお礼を言い、図書館を後にした。
その夜、博麗神社にて。「霊夢、魔理沙。悪いけど頼むね」魔理沙は立ち上がり「なーに改まって言ってんのかね」霊夢は「わたしが異変解決の専門家だってこと、忘れた?」「『わたしたち』だろ霊夢」「アンタは面白半分に首突っ込んでくるだけでしょ」わたしは少し嬉しくなった。「うん。よし、行こう」
わたしたちは河童さんたちのアジトに赴いた。「こりゃひどいな……」魔理沙が唸った。データベースが赤く発光し凸凹を繰り返している。「イメージのカオスがシンボルの秩序を飲み込まんとしています! あなたがたも早く避難を!」とある河童さんが叫んだ。「アンタは避難なさい。わたしたちはこの異変を解決しに来たの」霊夢は頼もしい。わたしは「行くよ、二人とも!」と息巻いて、「イメージと物質の境界よ、ここで壊れろ!」と言い放った。するとデータベース表面に楕円形のゲートができた。「霊夢、魔理沙! あとは頼んだ! カオスに心を飲み込まれる前にケリを付けて!」「了解!」「任せろ!」二人はゲートの向こうに飛び込んだ。
「なんだぁお前ら? あのハッカーの仲間か?」「いかにも」「アンタに不自由をあげる。喜びなさい」「俺を倒そうってか。面白え。並の人間風情が! このイメージのカオスに飲まれ俺と同じく狂うがいい!」「速攻で終わらせるわよ、魔理沙!」「言われなくとも!」データベースが爆発した。
◇
「こいつ、立ったまま出力最大で撃ったもんだから腰から転んでやんの」「あはは」「うるせーな、笑うなよ二人とも。あいたたた……」伊吹萃香がやって来た。「今日の宴会場はこっこでっすかー!」「何言ってんのよ萃香。アンタは常連でしょ」今度は八雲紫と西行寺幽々子が酒瓶を持って現れた。「わたしたちの知らないときに随分お楽しみだったそうじゃないの」いつも通りの深夜の博麗神社。最近、わたしもこの輪に入れている感じがしてちょっと嬉しい。
(了)