第一部 重力が衰えるとき
本作は「東方レコンキスタ」の続編です。主人公の「薫子」の出自については前作をご参照ください。
「夢想封印!」霊夢が吠えた。わたしは巨大なスキマを開き、弾幕を霊夢の背後に送り返した。「ちぃっ!」霊夢がそれを躱そうとした瞬間、わたしは時を止めた。夢想封印に加え、殺人ドールをお見舞いしてやる。そして時が動き出す。「なんとぉ!」さすがは霊夢。それらを躱しきった。「そこか!」霊夢はその背後に開いたスキマへ御札弾を放つ。しかしそこにあったのは人形だった。わたしは別のスキマから身を乗り出し、霊夢のお腹に手を当てた。「はい、マスタースパーク」ポンっと最小出力で砲撃した。「人形はデコイだと……」霊夢は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「あーもう! 何度やっても薫子に勝てない。もうアンタが異変を解決しなさいよ」と霊夢。「まぁ薫子の能力は幻想郷中に知れ渡っているからな。妖怪どもはそれに萎縮して暴れたりしなくなった。しばらくは平和が続くだろうな。幻想郷の外部からの侵攻がない限り」魔理沙は団子を咥えながら補足した。
幻想郷の外部ーーゲルフの事件が過ぎてからひと月が経った。わたし、こと薫子はすっかり幻想郷に適応し、この不可思議な世界でーーもっとも、特段に不可思議なのはわたしの存在であるがーー悠々自適な生活を送っている。記憶は未だに戻らないが、不都合はないため気にしていない。
その時、河城にとりが神社にやってきた。「おう、お前から来るなんて珍しいな。」魔理沙の応対を無視し、にとりはわたしに告げた。「薫子ちゃん。単刀直入に言うね。ウチのデータベースが何者かにクラッキングされた。何重もの攻性防壁を突破した、われわれには手に負えないウィザード級ハッカーだ。そこでだ。枝を付けておいたから薫子ちゃんに逆探およびウイルスの駆除をお願いできないだろうか」わたしは「ええっ、わたしパソコンなんかいじったことがないよ」と困惑した。「大丈夫。薫子ちゃんの能力ならできるはずさ。とりあえず一緒に来てくれない?」「うーん、分かった。まぁ、何とかなりそうな気がするよ」
にとりと薫子が去ったあと、霊夢はぼやいた。「やっぱり異変解決は薫子の仕事になったようね。あぁ、わたしのレーゾンデートルが崩れてゆく。わたしは神社に籠ってお賽銭でも数えるわ……」
河童さんたちのアジトは、所狭しとコンソールとサーバーが敷き詰められ、冷却ファンが轟々と唸りを上げていた。「薫子ちゃん、こっち」にとりに勧められたシートには、キーボードの他に、おそらく目に当てるのだろう、大きなスコープのようなマシンが付いていた。わたしはそこに座りスコープを目に当て、打鍵してみた。うん、なんとなく分かる。
モニターには一箇所だけ手動でアクセス可能なーー他は乗っ取られているーー領野が写っている。枝、とはこれのことか。「よし、まずは汚染区域を正常化するソフトウェアを開発する」わたしは宣言した。おお、と群がってきた河童たちが感嘆した。わたしはキーボードを叩き、当該タイプのウイルス駆除ソフトを数分で作り上げた。そしてそれをフィールドに(敵性攻性防壁を避けつつ)走らせ、ウイルスを一網打尽にーーだがここで、敵性ウイルスが新たに蠢きだした。気づかれた! 「ちっ、ウイルスは後! 敵を逆探して根っこからやっつける!」するとにとりが言った。「攻性防壁はどうするんだい?」「うん、AIユニットがいくつか必要かな。でもいまから作るとなると……」にとりは「それじゃわたしのを使うといい。5体いるし、みな優秀だよ。薫子ちゃんになら使いこなせると思うさ」と言ってUSBをマシンに挿した。「お呼びですかー? ご主人様」AIの一人が言った。わたしは「今日はわたしが代理! がんばってもらうよ!」と発破した。了解でーすとの声ごえ。「よし、各員、迷路付きのデコイを撒きつつ防壁に論理攻撃!」「了解!」「五〇%……八〇%……防壁、中和しました!」「よくやった! わたしは敵の位置を探る! この中に衛星とリンクしている者はいるか」「はーい、ぼくができます」「よし、この枝を中心にしてマップを開け。トラフィックが多い場所を見つけろ」「了解です」しかしそれっきりAIユニットの反応がなくなった。「どうした! 早くしろ」「それが……世界のどこにも見当たりません」世界のどこにも? そんなバカな。「どういうことだ……。あっ、もしや! 近隣の衛星を調べてみろ!」「了解!」これでハズレはあるまい。「あっ、トラフィックが高い衛星がひとつあります!」やはり。「座標を出します。4AのL」衛星に積んだAIがクラッキングの犯人か。真犯人の奴、やるな。これでは足がつかない。いや待てよ。衛星をハッキングすれば敵の足跡が見つかるかもしれない。「そのAIのログをこちらにダウンロードする。きみたちはウイルスに警戒しつつフォローを!」「了解!」
四〇%……五〇%……。かなり重いデータだ。……一〇〇%。動画データが出現した。念のためウイルススキャンにかけたのち、再生した。「よう、スーパーハッカー。ここまで来たのはおまえが初めてだ。幻想郷を守りたいなら俺を見つけることだな。サービスで顔出ししてやってんだぜ? さあ、俺を止めてみせろ、ハッカー!」
「河童さんたち! いまの録画したね? この顔で検索を!」河童たちがキーボードを鳴らす。「一件だけヒットしました! 片山勇紀。日本人。ただ……」「ただ?」「一〇年前に死亡しています」
(つづく)