Shape of My Heart
田舎道を散歩していると、ある一群に出くわした。彼らは一本の木を取り囲み、樹上を見上げ、おそらく同じ枝を見つめている。
彼らの視線の先には一玉のリンゴがあった。多くの葉に囲まれ控えめに生るごく普通のリンゴだった。
集団の一人がおもむろに屈み、足元の小石を拾い上げた。しばらく指先で遊ばせた後、彼はリンゴめがけてその小石を思い切り放り投げた。
投球は抜け球となりシュート回転してあさっての方向へ飛んだ。すぐに我々の多くから失笑が漏れた。つられて私も笑った。プロ野球の先発ピッチャーの様に振りかぶった彼の投球フォームと小石の行方の間に、余りにもギャップがあったからだった。
その一投が契機となり、多くの者が同じようにリンゴに向かって石を放り始めた。
老若男女を問わず、みな思い思いのやり方でリンゴを射止めようと腕を振っている。
私はすぐに異変に気づいた。投げる際に漏れる吐息や掛け声の他に、あちこちから悲鳴が聞こえた始めたからだ。
場は一瞬のうちに荒れ始めた。木を挟んで向こう一帯から投げられリンゴを外した石が容赦なくこちら側に降り注いだ。石の量はすぐに目視で把握できないほど多くなり、まばたきする毎に明らかに増えていった。小石の群れと言えど私の脳裏に負傷の二文字がよぎり、頭に包帯を巻く自分を即座に連想した。
私はその場にうずくまり頭を隠し好奇心から周囲を観察した。不思議なことに逃げ去る者はごくわずかで、多くは片手で顔を隠しながら石を適当に掴み、リンゴめがけて思い切り腕を振り続けている。こちら側が投げた石も、誰かを危険に晒していることは明白だった。
私は頭を守りながら観察を続けた。彼らの顔はみな一様に歪んでいた。だが苦楽の判別がつかない。小便をずっと我慢している時の様な複雑で曖昧な顔つきをしている。
表情とは裏腹に、躍動する彼らの肉体からは生命の輝きがほとばしっていた。飛来する石は数え切れないほど彼らに直撃している。私はそれをハッキリとこの目に認めた。腕を振る彼らの頭部や肉体に、重力が乗った高速の石が容赦なくぶつかる。痛がる素振りを見せる者など誰一人いない。
痛みを露わにする奴なんてもうとっくに逃げているんだ、と私は察しを付けた。彼らはノンストップで腕を振り続けている。
弾雨に晒されるながら私は樹上のリンゴを視界に認めた。陽光から身を潜めるように控えめに生るその実を、私は率直に美しいと感じた。
リンゴはQueenで、葉はJackに見えた。それは先程までと全く違う見え方だった。
不意に私は石を投げたい衝動に駆られた。あのリンゴが何故か弱って見えて、渾身の力を込めた私の石をぶつけたくて堪らなくなった。性欲に似た感情が私を支配し始めた。
手に取った石を何度も握り気を静めようとした。握るのを止めると、頭がすぐにカッとなった。
気づけば私「も」
石を投げ始めていた。
私はリンゴを殺す気で石を投げた。石でリンゴを殺せるのかは分からない。そこに理屈はなかった。
疲れも痛みも超越し、快楽だけを貪りながら私は石を投げ続けた。
リンゴは最後まで誰の投げた石にも当たらず、何かの拍子にそっと地面に落ちた。 原因はわからない。もしかすると誰かの一投が、巡り巡って影響を与えたのもしれない。枝先か果梗が、ただ限界を迎えただけだったのかもしれない。
地に落ちたリンゴを見て、私は我に返り多少の冷静さを取り戻した。飛来する石の量はすぐに減り、やがてゼロになった。
私はその場に座り込んだ。そして汗を拭い、呼吸を整えることに専念した。ほとんどの人が私と同じような行動を取っている。口を利く者はおらず、みな死んだ目をしていた。恐らく私も同じ目をしているのだろう。
少数だが、立ち続ける者達もいた。彼らは未だ血走った目をしていて、石を手放さず、それを投げる先を探しているように見える。
Kingになり損ねた彼らは、殺しを達成するまで新しいQueen探しを続けるのだろうか?
それとも何度殺したとしても次のQueenを求め続けるのだろうか?
私には見当もつかない。いま断言出来るのは、彼らに自分の人生を近づけてはいけないということだけだ。
今日、私は得難い経験をした。でもこんな経験は一度で充分だ。心からそう思う。
私は今、泣きたいと感じている。自分が干からびる程に、全身から涙が溢れ出ることを心から望んでいる。
そうしないことには、私はこの場所から一歩も動く資格がないような気がするんだ。