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金の卵

作者: 塩狸

きっかけは何だっただろう。

はっきり変だなと感じたのは、行きたい志望校が見付かった時だったかな。

うん、そう。

その高校は遠くて寮暮らしになるかもと言ったら、母親に大反対された。

父親は応援してくれたけど、そのうち、母親がその高校の単語を出すだけで鬼の形相になり、結局諦めて、母親が勧める家の近くの女子高に進学した。

母親は昔から過保護だったし、普段から優しくはあったけど、成長するにつれ、薄々と、周りの友人や同世代の母親が向ける子供への愛情とは違い。

どこか、母親の所有物と言ったらおかしいけど、その反面、よその子感と言ったらいいのか。

怪我も私を心配するのではなくて。

私の身体を怪我させた私が悪くて怒られる

決して死なせてはいけない

そんな母親からの強い意思を、たまにでもなく感じた。

父親に、

「私は2人の本当の子供ではないのではないか」

と本気で訊ねてみたけれど、当然ながら一笑にされた。


大学生になり、母親は私に彼氏が出来ることを嫌がった。

母親が納得する見合いならいいのかと思ったら、それも違うと。

とにかく家から出したくないらしい。

父親に愚痴を溢したら、

「お前は充分よくやったよ」

と言われた。

「一人暮らしもすればいい、彼氏だって作っていい。

ただ、そうしたいなら、母さんとは縁を切らなければならないし、今の大学も辞めなければならない」

と告げられた。

きっと昔だったら、

「それなら家にいる」

と言うと思ったけれど、最近は私に対する執着がさすがにおかしいし、

「縁を切る」

と言う言葉の重さで、父親も何かを知っているようだった。

父親とは大学の帰りなどに外で何度も話し合い、退学を決めた。

大学へは、父親が家に書類を送らないように話をしてくれた。

一人暮らしの部屋の保証人は、多少は足の付きにくい、叔父さんがなってくれることになった。

携帯は解約した。

荷物もほぼ持ち出せず仕舞い。

それは後になって知ったことだけれど、私が大学へ行っている間に、

母親は私の私物を漁り、出ていくための準備をしていないか、荷物が減っていないかを逐一確認していたから。

だから、私はその日。

いつもの通り大学へ行くふりをして、叔父さんが住んでいる土地まで、電車を乗り継いで向かった。

娘の家出を知った母親の発狂は想像以上だったと後で聞いた。

父親が睡眠薬か、それ擬きを混ぜたお茶か何かを飲ませてその日は何とか落ち着かせたらしい。

そんなの、麻酔銃を打たれる獣と何ら変わらないでないか。

人間なのに。


私は一人暮らしをする前に、叔父さんの家に居候させてもらう予定だったのだけれど。

叔父さんが父から母親の話を、続報を聞くなり、私を心配し、仕事でよく訪ねており、尚且つ土地勘もある、本州の端っこまで連れて行ってくれた。

見知らぬ土地で借りた部屋も叔父さんが保証人になってくれて、叔父さんが懇意にしている仕事の取引先でバイトをさせて貰いながら、淡々と日々を過ごしていた。

そう。

私は、大きく喜ぶことはできず、かといって酷く落ち込むこともなく。

ただ、いつまでこの生活が出来るのだろうとは、いつも頭の片隅にあった。


父親が来てくれたのは、それから1ヶ月後だった。


父親と叔父さんは別に仲が悪いわけではないけれど、普段はほぼ交流はない。

だから母親は父親が叔父を頼ったとは、未だにまだ気付いていないらしい。

時間の問題な気もするけれど、今日もよくここまで来られたものだ。

母親は最近、私を探し出すために、なぜか探偵などではなく、呪術師にまで頼りだして探そうとしていると聞いて、少し笑ってしまった。

そう、母親が頼った探偵たちは、奇跡的に、誰も彼も至極、

「まとも」

だった。

誰も母親の依頼を受けないのだ。

仕事柄、勘が働くのだろう。

この女に関わってはいけないと。

自分で言うのもなんだけれど、一番身近で散々恩恵を受けておきながら、母親は、まだそれでも物足りないのかと思うのだ。


そう。

父親の話だと、母親が、私が生まれる前に占いをしてもらった時。

「生まれてくる子は、とにかく金運を持ってる」

まさに、

「金の卵」

であり、本人ではなく周りに恩恵を与える体質だと聞かされたらしい。

母親はその言葉通りに、妊娠中から宝くじや臨時収入に意外な所からの遺産が入ってきたりしていたそう。

生まれてからも、私が仲良くなった子たちには、

「親戚からね、この子が結構なお小遣いもらっちゃったのよ、貯金もするけど、ちょっと贅沢な旅行でもいこうかなって」

「娘の名前で懸賞応募したら、現金プレゼントで10万当たったのよ」

などのことが、当たり前に起きていたらしい。

そう言えば学校でも学年が上がり友達も変わる度に、

「またお小遣い上がっちゃった」

「レアカードだけど想像の5倍で売れた」

とか頻繁に聞いていた。

あまりに頻繁なため、私はそれが普通だと思って特に何とも思わなかったんだ。

私の近くにいるだけでこれなのだから、両親はもっと恩恵を受けていたのだろう。


けれど、例外もいた。

それは、私の父親。

父親は職人で、依頼を受けてはそれを淡々と丁寧にこなし、作品を仕上げていく人だったから、父に関しては、私のお陰などではなく、父の長年の努力と技術の賜物だと思っている。

その父親は、たまに私を連れて競馬や競艇に行くと、必ず大勝するので、怖くて連れて行かなくなったと言った。

「どうして?」

お金が手に入るのに。

「いつか、大きなマイナスが来そうで怖かったんだよ」

そういうものか。

そんな父親に対し、私の母親は、金の卵の私を手放したくなくて必死だったのだ。

私が死んだらそれまでだから。

過保護な理由も。

あぁ。

そう言えば、ほんの少しでも命の危険のあるアクティビティなどは絶対させて貰えなかったことを思い出す。

母親は私を娘ではなく、割ってはいけない貴重な、それそこ、

「生きる金の卵」

扱いをしていた。

だから、いつでも優しいのに、どこかよそよそしかった。


叔父さんは、

「僕はね、君の父さんから話を聞いても、にわかには信じがたかった。

けれど、○○ちゃんが働くようになってから、あそこの会社の業績はぐんぐん上がってる。

ちょっと目を疑うほどにね。

僕自身も、最近、ツキが回ってきたな?ってことが凄く多いんだよ」

と考えるような顔をして私を見てきた。

私が頷くと、

「それはね、とても有り難いことだ。

でもね、○○ちゃんがいなくても、僕たちは自分達の力で伸びていけるように、努力しないといけないんだよ」

と笑う。

そうだ。

これが普通の人の考えなのだ。

でも。

私の母親は、残念ながら、そうではなかった。


平穏は続かず、母親がどうやってか、叔父のことを調べ上げ、私が叔父と取引のある仕事場にいることまで突き止められ、私は、身一つで海外まで逃げる羽目になることを覚悟した時。

呆気なく。

母親が死んだ。


私を連れ戻そうとしたのか、私が使っていたキャリーバッグを引き摺り駅に向かう途中の踏み切りの中で、レールにキャリーバッグのタイヤがハマり、引き抜こうとしている間に踏み切りが下がり、周りのキャリーバッグを捨てて逃げろの声にも耳を貸さず、電車は停まりきれず、母親は死んだ。

遺体は見せてもらえなかった。


住んでいた家は更地にしてから土地を売り、今はマンションに引っ越して父親と住んでいる。

1人は怖かった。

もうこの世にはいないのに、いつ、あの見せてもらえなかった状態の母親がやってくるかと思うと怖くて。

結婚はおろか、ボーイフレンド、友達すらも、なかなか作れなくなった。

母親の様に執着されたらどうしようと思うと、その一歩すら踏み出せなかった。

今は、それまでは父親が全部1人でこなしていた、経理や書類整理を手伝いながら、日々を過ごしている。

父親は無欲で、私が仕事を手伝うようになってから、大きな、本当に大きな所から、まさに父親の仕事の集大成のような仕事が来た。

なのに。

「昔からのお得意さんが優先だ」

とほぼ蹴る形で断ってしまった。

私が一緒にいられるのは、そんな父親とだけ。


私は。

私は、あのまま家を出ない方が幸せだったのだろうか。

分からない。

でも、きっと何かが切っ掛けで、結局私は家を出ただろう。

そしたら起こることも、きっと同じ。


未来は変えられない。

どの未来でも、きっと最後は孤独な、金の卵。



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