第7話:ファストの山地
「私たちのレベル的に、まだ『フリーマーケット』が使えませんから、魔石の売却が最も効率が良いはずです。」
「リアの料理を露店で売るというのは?」
「あれは商人ギルドの特権です。」
フリーマーケットとは、Lv10を超えたプレイヤーのみが使用できる、プレイヤー間でアイテムの売買を行えるシステムだ。
皆さんお分かりのように、このゲームはめちゃくちゃレベルが上がらない。他のゲームと比較して、4倍時間が掛けられるからだ。
「それじゃ、フィールドボスも倒せた訳だし、『ファストの山地』か『ファストの地下洞窟』へ行くの?」
「そうですね。魔石(D)から値段が上がるようですから、魔石(E)と食材がドロップしそうな山地へ行くことにしましょう。」
「あいあいさー。」
現実世界で30分、コチラでは2時間のデスペナが終わる。突撃ウサギ分隊の徘徊するエリアの先、ファストの山地へと2人は繰り出すのだった。
「おう!ちゃんと合流出来たみたいだな!しかしまぁ異世界神の加護は羨ましいぜ。死んでもしなねぇってんだからな!」
リアが1人で慌てて戻ってきたのだ。いつもの門番さんにも心配を掛けてしまった。
「あはは。でもあまり良い気分ではないので、慎重になりますよ。」
「あ た り ま え だ!もし実力不足を感じているなら、騎士団の兵舎に来ると良いぞ。簡単な稽古はつけてやれる。」
「お心遣い感謝致します。その際はぜひ宜しくお願いします。」
無茶をする人にはちゃんと説教してくれるし、さてはこの人、めちゃくちゃ良い人だな?リアと一緒に頭を下げる。今度なにか差し入れをしようと心に決めた。
「ダハハ。そう畏まらなくていい。気を付けてな!」
「団長彼らのことやたら気に入ってますね。」
門番に声を掛けたのは、同じ制服を着た若い男。一見細身に見える彼だが、その立ち振る舞いから日頃の鍛錬を怠っていないことがヒシヒシと伝わってくる。
「おぉ、ご苦労さん。お前はあの2人を見てどう思う?」
「いやぁ……、女性の方がやたら強そうだと思いますが……。」
「そうだな。Lv4で突撃ウサギ分隊を討伐したみたいだ。」
軽い世間話のつもりが、とんでもない話を聞かされ、固まってしまう若い騎士様。
「そ……そんな……。でも男性の方は死に戻ったみたいですけど。」
「あれは戦闘後に不意打ちを喰らったらしい。そのへんはレベル相応だな。」
「レベル一桁の2人で討伐なんて前代未聞ですよ。なんでそんなに平然としてるんですか?」
「俺はアイツラが悪い奴には見えん。」
「……なによりステータスが上げれば、俺より強くなりそうだ。」
「団長にそこまで言わせますか……。」
考え込むように俯いてしまった若い騎士様に、団長と呼ばれた男は業務を引き継ぎ、兵舎へと戻っていった。
団長ともなると雑務もてんこ盛りなのだ。その背中は悲哀に満ちていた……。
ファストの山地では、『レッサーボア』、『ミミクリーディア』、『ハードウルフ』の三種類の魔物が現れる。
紙装甲な俺たちからすれば軽い攻撃でも致命傷なので、一撃特化タイプのレッサーボアとは相性が良かった。
直線的な突進攻撃に対して、回避際に足元へ攻撃を繰り出す。そうするとバランスを崩し転倒するのだ。そこをタコ殴りにする。
ミミクリーディアはそもそも好戦的ではなく、探さないと見つからないため、素材集めは困難だが戦闘においては何も問題なかった。
リアがたまたま見つけた数頭を討伐したが、角の振り回しにさえ気を付けていれば、大したダメージを受けることはなかった。
しかしハードウルフだけは話が違った。1、2匹ならば対処できるが、3匹以上の群れではマークから外れた個体が、背後に回り攻撃を仕掛けてくるので回避が難しい。
とくに武器が木剣のままであるため、最初の一撃で数を減らすことが出来ず、現状での討伐を諦めざるを得なかった。
「……悔しいですが、レッサーボアを中心に狩っていきましょう。『イノシシ肉』も落としますから。」
「食材のドロップがイノシシ肉だけなのは誤算だったよなぁ。」
「移動中に見かけたら、山の幸を採取しましょう。繰り返せばスキルが生えるかもしれませんし。」
そしてあっという間に時はながれ、現実では1週間が経過した。俺が寝ている間もリアは狩りを行い、集まった金額は400000G。
単純計算で1着200000G掛けられる計算だ。並んでいた商品の約20倍の金額である。オーダーメイドとはいえ恐らく足りるだろう。
オーラリスへお金の目途がたった旨を連絡し、待ち合わせの喫茶店へ向かう。
地図にも載っていないような細い通りを抜けた先に、それはひっそりと佇んでいた。蔦が絡まるレンガ造りの建物。店名の看板すらなく、ただ小さな「OPEN」の札が窓辺に下げられているだけ。
外からは中の様子もほとんど窺えず、気付かず通り過ぎてしまう人の方が多いだろう。
重みのある木製の扉を押すと、「カラン」と控えめな真鍮のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。」
店内は薄暗く、店主さんの渋い声が静かに響く。暖かい琥珀色の照明が天井からぶら下がり、テーブルの上だけを照らしていた。
無垢材のカウンターには一人の女性が座っている。店内を見渡してみるが、後半で裏切るタイプの腹黒そうなイケメンは見当たらない。
「あれぇ、おかしいな。」
「マスターが集合場所間違えているのでは?」
「おぉ、ルカンさん!こっちや。」
おかしい……。手を振ってアピールしてきているのは、カウンターに座る金髪のハツラツとした女性。間違っても腹黒イケメンではない。
「ほらマスター呼んでますよ。」
「俺の知っている人じゃないんよ……。」
アッと、何かに気が付いた女性が、手のひらで一瞬だけ顔を隠し、気が付いたときには腹黒イケメンの姿が……。
呆気にとられている俺たちに、申し訳なそうにしている。
「これウチのRスキルやねん。口外はせんといて貰えると嬉しいなぁ、なんて。」
店主さんはオーラリスの知り合いのようで、「またか」という感じで苦笑いしている。
冷静になったリアは、ひとまず彼?の隣の席へ移動して、商談を開始するのであった。
「ほんで、どんな衣装が欲しいんや?お姉さんエラい別嬪さんやかから何着ても映えると思うけど……。」
「……2着オーダーメイドで頼みたいんです。デザイン画をお渡ししますから、先にご確認ください。」
受け取ったデザイン画をしばらく見つめ唸る。
「こりゃあ、また……。お姉さん本職の人かい?」
「……無職です。」
間違ってはいないが、若干気まずそうに目線を外して答えるリアに少し笑ってしまった。
太ももをつねられて悶絶する。ゴメンなさい……。
「もったいないなぁ……。」
「それで、作成はできそうですか?」
「あぁ、そうやね。出来ると思うよ。うぅん、2着で500000Gってとこかな。」
見定めるような眼。しかしリアは想定済みだったようだ。
「マスターは《幻装》を持っています。DEFが0でもいいので300000G。」
「おぉ、《幻装》は羨ましい限りですね。……450000G、これ以上譲れません。」
大袈裟に驚いた仕草を見せるオーラリス。心理戦だ。予算的にはまだ厳しい。
「勿論私の分の装備もDEFが0でも構いませんよ。320000Gでいかかでしょう?」
「お姉さんも《幻装》持ちかいな!それなら400000Gでどうや。」
おぉ、予算内にねじ込んだ。さすがリア。
大きく口角を吊り上げたリアの追撃。
「私は全部避けるので不必要なだけです。……ところで貴方のRスキル中々面白そうですよね。どこへ忍び込んでいるんですか?」
細い目がさらに細くなり、軽薄な感じだった雰囲気がピリついたものに変わった。
「ふぅーん。わかったわ。350000Gならええか?」
「それでは交渉成立ですね。」
互いの手を取り握手を交わす。両者ともに口元は笑顔だが、目は笑っていない。
あまりに冷たい空気間に俺は思わず身震いをする。こいつらの方が魔王だろ……。
「あんたとは長い付き合いになりそうやわ。フレンド交換せぇーへん?」
「ふふっ。私もそう思っていたところです。」
フレンド交換を終始無言で見つめながら、「やばい二人を繋げてしまったかもしれない。」と心の底から感じた。
「ほな、出来上がったら連絡するから。だいたいこっちの時間で2週間ちゅうとこかな。」
「じゃっまたね、太客様!」
残された二人は、せっかくならばと店主さんにコーヒーをオーダーした。
しばらくして出てきたのは、挽きたての豆で淹れられたコーヒー。
舌の上でまず感じるのは、丸みのある酸味。そのあとすぐに、深い苦味とほのかな甘みが追いかけてくる。
飲み終わったあともしばらく口の中に残る香りが、ゆっくりと心を落ち着けてくれる。
雑味なんて一切なくて、最後までキレがいい。丁寧に淹れたコーヒーは、ちゃんと応えてくれる。
リアはこのお店に定期的に訪れることを決めたのであった。
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イノシシ肉
レッサーボアからドロップしたイノシシ肉の塊。
癖が強く調理が大変だが、滋養強壮効果がある。
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