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赤い花は血のにおいがする。

作者: 人参大根

 どうして、あの花は咲くのだろう。私の罪を糾弾しているか、それとも私のしてしまったことに対する慰めなのか。あぁ、それにしてもきれいに咲く。見ていられないほどに。


 あれは、雨の日だったかな。そう、きっとそうだ。だって、あのとき私の手には血はついていなかったから。私の家であの男を殺してしまった日。忘れられないなぁ。間違いなく人生の中で最も輝かしく血生臭い時間だったに違いない。あの男にされてきたことを思い返しながら振りかざした…。あれは、包丁だったか、トンカチだったか。まぁ、些細なことだ。私があの男にされてきたことに比べたら。


 小学校三年生の暑い夏の日。日付だって覚えている。7月9日。いつも通り、学校から帰れたはずだった。私が学校に忘れ物さえしなければ。あの時の信号が赤でさえなければ。私が女の子でなければ…。下校途中、友達と帰っていたとき、不意に給食袋を置いてきたことを思い出し、友達に取ってくることを伝えて取りに行ってしまったことが人生で一番の失敗だった。


 急がなきゃ、と焦っていたときに赤信号に引っ掛かり、無性に腹がたったのを鮮明に覚えている。そんなとき、


 「どうしたの?大丈夫?」


 知らない人だった。そう、知らない人だった。


 「今から学校行くの?送って行ってあげよう。それがいい。今の時間帯は危ないからね。」


 あぁ、どうしてこのとき、断れなかったのか。こんなことを言ってくるやつ自体危ない人だと決まっているのに。どうしてこのとき私は

 

 「うん。」


 なんて言っていしまったのか。自分の愚かさが憎い。憎くて憎くて…。


 「そうかそうか。いっしょにいこうか。」

 「こっちの道が近道だからね。」

 「知らない?危ない道だから先生も教えてくれないかもね。」

 

 信じてしまった言葉たちにただただ純粋な殺意のみが残る。


 「近道の途中におじちゃんの家があるから。ジュースでも飲んでいきなさい。」

 「何のジュースが好き?」

 「そうか、そうか。じゃぁ、リンゴジュースを入れてあげようね。」


 信じていいはずがなかった。


 「さぁ、お入り。」

 「おじゃまします。」


 この言葉以来、私が再び外で言葉を発することができたのは、15年と3か月と2日後となった。


 それからというもの、私の記憶はところどころ、いや、ほとんどない。いや、なくてよかったのかもしれない。だから、詳しく話すことはできない。まぁ、聞きたくもない話ばかりだろうが…。


 私が記憶にあるのは、外に出れる少し前。きっと、あの男は15年も一緒にいる私に信頼を持ち始めたのだろう。家の中では自由に行動できた。あぁ、本当に愚かだ。あの男は。誘拐犯と被害者という関係は変わっていないというのに。私の憎悪と嫌悪は消えないというのに。

 

 そして、私は計画を実行した。あの日、すべての条件がそろった。一番の難点は、武器だった。私は、15年外に出されなかったため、力がなかった。そのため、殺すためには武器が必要不可欠だった。そんななかで、あの男は料理を任せてきた。あぁ!そうだ、そうだ。武器は包丁だった。

 

 一刺しでは死ななかった。二回目でも死ななかった。人の頑丈さがうれしかった。自分の恨みを晴らす時間が少しでも長くなればいいと。そう、思っていた。手は、赤く、赤く、時間がたつごとに赤黒くなっていった。何回刺したか。多分死んでも刺し続けていた。

 

 さて、どうしようと思った。殺したはいいものの、このゴミはどうしたらいいだろうか。ん-、埋めよう。そう決意し、部屋にあったゴミ袋に入れて外に出た。雨が降っていた。涙があふれた。そのまま、近くにあった山に埋め捨てた。そのころにはもう、手はもとの色を、自分の色を取り戻していた。

 

 


 私にはもう生きる意味なんてなかった。あの男を殺すために使った時間はもう戻ってこないのだから。あの頃の記憶を頼りに、家に帰った。帰巣本能と呼ぶのかわからないが、本能的に帰らなければと思った。実に15年ぶりの帰宅だった。チャイムを鳴らし出てきたのは、中年の女性出てきた。もう、自分の母かどうかもわからなかった。だから、一言だけ言った。


 「ただいま。」


 途端に、彼女は崩れ落ちた。あぁ、母なんだ。お母さんなんだ。


 「あなた…。美月?美月なの?ほんと?ほんとう?ねぇ…。」

 

 あぁ、15年ぶりに聞いた、自分の名前だ。私の名前だ。

 

 「うん…。」

 

 そうとしか言えなかった。泣きながらお母さんは言った。


 「おかえりなさい。」



 時がたつにつれ記憶は薄れる。そんなことをいう人がいる。薄れるわけがない。薄れさせていいはずかがない。だから今日もあの花を見る。あの男の上に生える、一輪の花を。そして、問うのだ。

 

 「私は、正しかったか?」

 

 一輪の花は凛と咲いている。何も答えずに。見ていられないほどの、あの血のような鮮やかな赤を見せつけて。

 

 

 


 

 

 

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