第8話 ついに再会 チュンチュン、ヒデの変貌ぶりに驚愕!
それから3ヶ月後の7月終わり、博士号も助手試験も無事にパスした私は、上海から飛行機で3時間半、東京の羽田に到着した。LCCを使ったので4万円くらいだった。
心理的な距離はとても遠かったけれど、やってみると案外気軽に行き来できるものなのね。上海と東京。
ヒデ君は、「今日の午後は、都庁の会議でプレゼンしないとなんだ」ということで、空港でのお出迎えはなし。ちぇ。
だけど、あの頃いつも待ち合わせた駅の改札で待っててくれるって。ふふ、それもいいわね。
モノレールで浜松町に出て、山手線で新宿へ。大きなカートを引いているので、19時の京王ライナーを予約して、一路懐かしの府中へ。駅で降りて、エレベーターで改札階に降り、北口改札に急ぐ。
ヒデ君、もう来てるかな。ヒデ君見たら、私、駆け寄って抱き着いちゃうかな。泣いちゃうかな。きっとそうだな。
ああ、そういえば、あんまりお洋服のこと気にしてなかった。ネイビーのスキニーデニムに白いスニーカー。上はへそ出しのタイトな白Tに、水色の薄いシャツ。それとグレーのキャップ。‥‥‥ちょっと地味だったかな。6年ぶりに会うんだから、もうちょっと気合入れればよかったか? まあ、でも、ラフな格好になるのは仕方ないわよね。長距離移動してきたんだもの。
と、気を取り直して、改札を抜けて、キョロキョロする。
あれ? なんだ、まだヒデ君来てないんだな。それとも、このままアパートに向かったら、途中で会えるかな。
でも、なんか、券売機の前で、こっちに手を振ってる真っ黒いデカい男がいるな。
誰を待ってるんだろう? 私は、思わず後ろを振り返って確かめる。が、誰もいない。
前を向き直ってみると、デカい男が、巨大な肩をガックリと落とし、眉をハの字にして、悲しげな瞳でこちらを見つめていた‥‥‥。
……って、えーっ! まさか、ヒデ君? あれが?
私は、慌ててカートを引いて近づき、
「も、もしかして、ヒデ君なの?」って声をかけたら、
「そうだよ。もう、つれねーなー(悲)。分かんなかったのか?」って、苦笑いが返ってきた。
いや、だって、これ、分かんないでしょう? 当然でしょう?
なんか身体が巨大になってる。すごい筋肉。腕なんて丸太みたい。Tシャツもジーンズも、もうパンパン。あと、黒人みたいに焼き込んで真っ黒。し、しかも肩までのロン毛になってる! それに黒縁のメガネまでかけちゃって‥‥‥。
「ひ、ヒデ君、あなた、一体どうしちゃったの?」
「どうしたもなにも、俺、前から身体鍛えてたじゃないか」
「そ、そうだけどさ。ここまでじゃなかったでしょ? なんというか、こう、とんでもない肉体になってるわよ」 私はそう言って、ヒデ君の身体を、上から下までしげしげと眺めた。
「あはは、驚いたのか。実は俺、お前が帰っちゃってからボディビルの選手になってさ、先週、東京選手権(いわゆるミスター東京)が終わったばっかりなんだ。決勝には出たけど7位だったな。だから全日本は逃した。今年はこれで終戦だ」
「あ、それで、こんな真っ黒でキレキレなんだ」
「うん。しばらくしたら、白くて細くなると思うけど。‥‥‥気に入らなかった?」
「ううん、まさか。ちょっと、ていうか、すごく驚いただけ」 私は、ヒデ君の太い腕をツンツンしたあと、ほっそいウェストに手を回してそっと抱き付いた。
「ふふ、ふふふ。いいじゃない。これも素敵よ。私、気に入ったわ」
ヒデ君も私の背中に手を回し、優しく抱きしめながら、
「チュンチュンは全然変わらないのな。髪がショートになったくらいか?」
「ううん、私もやっぱりちょっと齢とった。前は、ほっぺにツルルンマークがついてたけど、今はマットな感じになっちゃったな。首とか、手の甲とかも、ちょっと。齢って、そういうとこに現れるわよね」
「いや、それもいい。その分いい女になった。いい齢の取り方をしてる。相変わらずモデルみたいなスタイル美人だしな」
「ふふ。ありがとね。ヒデ君がそう言ってくれるとホッとするな」 私は、ヒデ君の腰に回した手をギュってして、分厚い胸にほっぺを押し付けて、だけどそのまま動けなくなっちゃった。
「チュンチュン、どうした?」
「うん。大丈夫。ビックリして忘れてた。また会えてすごく嬉しいの。ごめん‥‥‥ちょっと泣くね」
そう言って私は、細かく肩を震わせ、ヒデ君の胸で静かに涙を流す。
「チュンチュン、俺も嬉しいよ。ずっと待ってた」 ヒデ君は、そう囁きながら、私の背中を優しくさすり、髪を撫でてくれた。ああ、この指、あの頃と同じだ。
そう思ったら、私、こらえきれずに、ちょっとどころか、ワンワン泣いちゃった。
******
「今夜は焼肉で歓迎会だ」って言うので、駅前のスーパーでお肉とピーマンと玉ねぎを買ってヒデ君のアパートに向かう。
私は、ヒデ君にカートを引いて貰い、手を繋いで歩きながらキョロキョロする。
「うわー、懐かしいなあ。変わってないね。高架下の公園もまだある。ブランコも」
「まあ、長いって言っても6年だからな。そう大きくは変わんないだろ」
「アパートもあのまんま?」
「うん、変ってない。相変わらずボロボロの風呂なし。あ、だけど、2部屋になったんだぞ」
「2部屋?」
「そう、隣が空いたんだけど、あんまりボロで借り手がつかなくてさ。一階は大家さんが一人で住んでるから建替えもできないだろ? だから俺に借りて欲しいって、格安で貸してくれたんだ。さすがに社会人ともなると物が増えて、六畳一間は厳しくてなー」
「あはは、そうなんだ。ヒデ君が増殖してるんだ。御大尽だねー」
「今じゃ、残りの2部屋も空いてるから、お前が入ったらいいんじゃないか。きっと大家さん喜ぶぞ。2部屋で5万円だ」
「へー、じゃそうしようかな。最初はお給料安くて苦労しそうだしね。だけどお風呂ないのはなー。都心から遅く帰ってきたら、もうお風呂屋さん閉まってるよね」
「駅前のアイアンジムに入ればいいんだよ。トレだって出来るし、それこそ帰りに風呂だけ入ったっていいんだしさ。風呂代も浮いて、むしろお得だろ」
「そうか。もういい齢だし、体形維持も大事だもんね。そうしよう」
「そうそう、入会して、ジムを使い倒せばいいんだよ」
「ああ、そうだ。思い出した」と、私は含み笑いしながら、ヒデ君を横目でじっと見上げる。
「‥‥‥ねえ、プールってまだあるの?」
「ん、プール? どこの?」
「ほら‥‥‥あの中学校のプールよ。二人で忍び込んで裸で泳いだ」
「ああ、お前が帰る直前、思わずいいことしちゃったプールか」
「もう、バカ、エッチ。‥‥‥だけどすっごく記憶に残ってる。夢のような体験だった(笑)」
「あれさ、もうなくなっちゃったんだよ。中学校の建て替えで」
「えー、そうなのか? 残念」
「うん、プールはもちろんあるけどさ、今は、体育館の地下に移ってる。忍びこむのは不可能だな。また泳いでみたかった?」
「ふふふ、そうね。だけど、遠慮しとくわ。捕まったらアウトだもの。刑事法の講師が夜中に中学校忍びこんで、裸で泳いで、しかも男とあれこれしちゃったら、 『一体何やってんだ?』って感じよね(笑)。ヒデ君だってクビなんじゃないの?」
「はは、そうだな。そういうギリギリのスリルもまたいいけどな。お互い守るものが増えたんだな」
******
アパートに着いて、ヒデ君が、カートをヒョイって軽々持ち上げる。私、やっと持ち運んできたのに、すごいな。
あー、この階段、ギシギシ言う音、なつかしー。こうだったこうだった。
一番奥のヒデ君の部屋へ。あれ? ベッドがないんだな。
「こっちがリビング。ベッドは隣の部屋に移した。寝室が別で優雅な感じだ(笑)。光熱費が激増するかと思ったら、どっちかにしか居ないから、あんま関係なかったな」
「へー、なんか広々してていいねー。中身も全然変わってる。家具とかカーペットも抑えめな色で、落ち着いたいい感じよ」
「そうだろ。気に入って貰ってよかったよ。さて、すぐメシにしよう。腹減っただろ」
「うん。ペコペコ。沢山お肉食べるわよー。あとハイボールも!」
「ふふふ。カセットコンロもな、通販で買ったイシタニの『グルメの達人』になったんだ。低煙タイプだから、豚トロも自由自在だぞ。ほら、これ」
「わ、なんかデザインが洒落てる。高級版。6年の間にヒデ君が全体にグレードアップしてる(笑)」
早速、お汁温めて、ご飯盛って、ロースターにお肉並べて、ジュッジュー。
ハイボールでカンパーイ! 再会おめでとーっ!
うーん、おいしー、おいしー、バクバク食べちゃうー。前はよく焼肉やったわねー。
って、言いながら、豚トロと塩ホルモン載せたら、あれ? 炎と煙がモクモクと‥‥‥。
「ちょ、これ、燃えてるわよ!」
「あれー、何でだー? ケホケホ、これはたまらん!」
例によって部屋の半分から上に煙が充満し、二人は半分燻製となり、慌てて窓開けて換気扇を回す。
「あー、そういや下の皿に水入れるの忘れてた。ごめーん」 ヒデ君が慌ててやかんから水を足す。
「もー、また髪の毛が焼肉になっちゃったじゃないの。ヒデ君も学習しない人ねー(笑)」
「あはは、ごめんごめん。また後で一緒に風呂屋に行こうぜ」
あー、楽しいな。嬉しいな。またあの日々が戻ってきた。
うん、やっぱり私、ヒデ君が大好きよ!