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第7話 確かめる勇気

 第7話から最終話9話までは、「上海の岸辺より」から、さらに1年半が過ぎ、28歳になったチュンチュンのお話しです。上海K大学の博士課程を修了し、助手試験を受け、中国で研究者の道を歩むつもりでした。しかし、そのチュンチュンに指導教授から意外な進路が示されます。

 でも、まだヒデ君は一人でいるのか。ヒデ君がいないのでは行く意味があるのか。チュンチュンの心は千々に乱れますが、思い切って2年ぶりにラインで連絡を入れます。

 シリーズもこれで完結。二人が再会して、未来を誓い合う大団円。全ての読者の皆様に幸せをお届けします。


 なお、読者の方が書いて下さったファンアートを第1話と第5話(アートに関連する回なんです)に貼り付けましたので、まだご覧になっていない方は、是非ご覧ください。本当に素敵なアートで、私もとても気に入っています。

 こんな読者数人しかいないのに、なぜ? いったい誰? とお思いになるかも知れませんが、カク〇ムではそこそこ人気なんですよ。なろうじゃさっぱりですけどね(笑)。

~ 前話からさらに1年半後 チュンチュンはまだ上海にいる ~


 上海K大学での博士課程も最終年となり、私は、博士論文の執筆に入った。私の専攻は国際比較法で、テーマは日本の刑事訴訟法と中国法との比較検討を選択した。

 指導教授に見て貰いながら書いているから、論文で不合格になることはないはずで、博士課程を修了した後は、すぐに助手試験を受けるように言われている。

 合格したら、研究室に残り、研究を続けながら、あちこちの大学で非常勤講師をやって生活することになる。


 私は28になった。高校2年の9月に日本に留学して5年、その後こっちに帰ってきてそろそろ6年だから、もう上海の方が長いのね。ずいぶん長い時間がたったんだな。


 両親に、「もう、こっちで研究者になると思う」と伝えたら、二人ともホッと安心していた。きっとこっちで結婚して、家族を作って、落ち着いて欲しいんだろうと思う。あんまりそういうこと、うるさく言う人たちじゃないけれど、そんな雰囲気って伝わってくるわよね。


******


 と、そう思っていたんだけど、春先に、意外な話が舞い込んできた。


「チュンチュンは、うちに来る前は、日本のC大にいたのよね?」

「そうです。ゼミは刑法を取っていました」

「W大は知ってる?」

「もちろんです。日本有数の大学です。留学生のあこがれです」

「W大、うちの大学と提携してて、そこに派遣してた比較法の先生が来年60になるのね。まだ定年まで5年以上あるんだけど、頭と身体がちゃんと動くうちに後継者を育てたいんだって。チュンチュン、その話、興味ある?」

「え? それは……、W大に入って研究を続けるということでしょうか?」

「そういうことになるわね。こっちで助手試験受かってから、W大の非常勤講師で契約して、向こうの先生の弟子になって研究を続けることになる。たぶん、こっちでのキャリアは終わっちゃうけど、もともとチュンチュンは日本にいたんだし、やりがいのある仕事なんじゃないかなって思って」

「‥‥‥先生、ありがとうございます。とても魅力的なお話です! ですが、身の振りが大きく変わることになりますし、両親のこととか、いろいろ考える必要がありますから、少しお時間を下さい。‥‥‥でも、前向きに検討したいと思ってます。ありがとうございました!」


******


 いいお話を頂いた。もちろん行きたい。たぶん、両親は説得できると思う。ああ、私に妹夫婦と子供がいてよかった……。じゃなきゃ、かなりハードル高かったわよね。


 だけど……、あの人は、ヒデ君はまだ東京にいるのかしら? いや、ヒデ君、都の職員なんだから、もちろんいるんだけど、私を待っててくれるのかしら? 待ってはいないかも知れないけど、せめて今一人なのかしら?

 でも、もう2年も連絡取ってないし、下手すれば結婚してたりするかもよね……。それなら行く意味ないわよね? やっぱり、ヒデ君のいない日本に行くくらいなら、こっちで今の先生について、研究を続けたほうがずっといいに決まってるわよね。


 私、どうしよう? って、もちろん直接ヒデ君に確かめればいいだけなんだけど、……えー、でも、そんなの怖くて確かめられないよう! だって、「こっちに来るのか。そうか、いや、それはおめでとう。だけど……」とか言われたら、もう私、立ち直れないわよう!


 そうして、私は、帰り道ずっとウジウジ悩んだまま、ヨレヨレとマンションに帰り、スマホを持ってベランダに出る。そして、東の空を見上げる。東京はあっちだな。

 だけど、私、怖くてどうしてもラインを打てなくて、一旦部屋に戻って濃いめハイボールの缶を持って、再びベランダへ。そして一気にグイっと半分飲んで勢いをつけて、思い切ってスマホをタップしてラインを開く。


 ていうか、このアドレス、まだ生きてるのかしら? ケータイ番号も変わってるかも知れないし、これで繋がんなかったらそれきりなんじゃないの。あ、でも、そしたら日本に押しかければいいのか。いやいや、あのアパートにまだ住んでるか分からないわよね。


 ……ああ、もう、ドキドキする。なんて書く? ヒデ君次第では行かないかも知れないから、確定的なことは書けないわよね。


 私は、手すりに肘を置いて、ひとつ大きく息を吸い、人差し指だけで慎重に丁寧にキーを打つ。


「ヒデ君。本当に久しぶりです。2年ぶりくらいでしょうか。元気にしてるといいな。私、もうすぐこっちで大学院終えるんだけど、もしかしたら、そのあと日本の大学に助手で入れるかも知れないの。‥‥‥ヒデ君、まさかと思うけれど、まだ私のこと待っててくれたりするのかな? いや待ってなくてもいいんだけど、今一人でいてくれるのかな? 私ね、ほんとに身勝手で恥ずかしいんだけど、それ、日本に行くかどうか決めるのに、すごくすごく大事なことなの。だから、ヒデ君、このラインに気づいたら、連絡下さい。もしダメなら、既読スルーでもいいです。チュンチュン」


 って、おー、書いた、書いたぞ。あとはポチるばかりだ。


 ああ、でも、やっぱり「既読スルー」は消そう。いくらなんでもこれ余計。ヒデ君、絶対そんないい加減なことしないもの。


 さあ、いよいよ発信ボタン押す、押すわよ! いい?

 って、私、誰に声かけてるか良く分かんないけど、小声で一声かけ、でもやっぱり勇気が出なくて、「んもう!」ってハイボールの残りを一気にあおって景気をつけてから、東京の方を向いて、スマホを高く掲げ、ポチっと押した。エイっ! 行けーっ!


 ……届いたかな? あ、不着にはなってないな。大丈夫だな。


 って思ってたら、瞬時に既読がついて、わーっ! スマホが突然ブルブルとバイブしながら、ピーヒャラとライン通話が鳴り出した! ああっ、ひ、ヒデ君って書いてある! え? どこ? どこ押すんだっけ?

 私は慌ててスマホ画面をみて、通話ボタンを確認する。って、手が、手が、ワタワタするーっ! あっ、あーーーーーっ! きゃー、落としたーっ! 19階からスマホ落としたーっ!!


 見ると、はるか眼下を、スマホがキラキラ光って回りながら落ちていくところだった……。


******


 私は、ベランダの壁にヘナヘナと寄りかかって座り込み、頭を抱える。

 こ、これはダメージ超巨大。ちょっと立直れないかも。‥‥‥だってこれ、自分からラブコールしといて、返事は拒絶したってことよね。一体どういう了見なのよ、それ。

 明日、スマホのカケラ持って電気屋さんに行っても、データ復旧できるか分からないわよね。こ、これはいよいよ東京に押しかけるしかないのか?


 が、しかし、そうだ! 私は「キっ!」と上を向く。下は植え込みだったわ! もしかしたら、大丈夫かも。大丈夫じゃなくても、カケラにはなってないかも!


 私は、バっと飛び起きて、サンダル履いて部屋を飛び出し、エレベーターで1階へ。って思ったら、スルーして上に行っちゃった。25階で止まってる。なかなか動かない。んもう! 降りるとき「閉じる」ボタン押しなさいよ! 下で待ってんのよ! ‥‥‥あ、やっときた。


 閉じるボタン連打! 1階ボタン連打! 早く早く!


 ああ、ようやく着いたぞ。私はエレベーターを飛び出して、私の部屋の下へ。

 植え込みがあって、その向こうがレンガ造りの遊歩道。

 ‥‥‥遊歩道には落ちてないな。破片もないな。これは植え込みの中だな。だけど、見つかるかなー?


 って、思ってたら、右手の植え込みで、またピーヒャラとライン通話の呼び出し音が! 見れば、植え込みの間の土に、スマホが半分突き刺さってピカピカ光ってる!

 切れる前に急げ! 私は、「ターっ!」っとばかりに、空中を遊泳しながら(イメージです)、スマホに飛びついて引き抜き、「もしもし、もしもしー!」って大声で返事をした。


******


「もしもし、もしもーし! あ、出た。チュンチュンか?」

「そ、そう。ヒデ君?」

「ああ、そうだ。何度も電話したんだが、出ないんでどうしたのかと思ってた」

「う、うん、慌てて出ようとしたら、スマホを下に落としたの‥‥‥」

「なーんだ、ドジだなー(笑)。こんな大事なとこで何やってんだよー。はは」

「あはは、ほんとよねー」


 ああ、ヒデ君、全然変わってない。低くて優しい声も。全然飾らない、いつでも普通のところも。私、もう、懐かしくて、愛おしくて、泣きそう。


「それで、さっきのラインの話だけどさ」 ヒデ君が大事な話を続ける。

「う、うん!」 私は泥だらけのスマホを耳に強く押しあてる。


「お前が今一人ならな、てか、こっちに来ようって言うくらいなんだから、一人だと思うんだけどさ‥‥‥」

「う、うん! もちろん一人よ! 私!」 私は、慌てて大声で返事をして、ドキドキしながらヒデ君の言葉を待つ。


「そうか。ああ、それならよかった。‥‥‥俺はもちろんOKだぜ。俺もずっと一人で待ってた。上海のチュンチュンさん、熱烈歓迎だ。ようこそ再び東京へ」

「やった! よかったー! 私、東京に行くわ。東京で先生になる!」って叫びながら、私、嬉しくて右手上げちゃった。


 そしたら、あれれ? なんだかヒデ君が黙ってるな‥‥‥。


「ヒデ君。どうしたの?」

「‥‥‥‥‥‥いや、うん、よかった。すごく‥‥‥長かったなって‥‥‥‥‥‥」


 ああっ、ヒデ君が電話の向こうでグシグシ言ってる! ヒデ君が泣いてる! 


「‥‥‥俺さ、お前のことずっと待ってて、もうダメだって、何度も思ったんだけど、こないだ『最後にあと三月みつきだけ待とう。これで最後にしよう』って決めたんだ。お前が博士を修了して、それでもこっち来ないなら、もうそこであきらめて区切りにしようって。‥‥‥待っててよかった。本当に‥‥‥長かった」


 ああ、もうだめだ。涙が押し寄せてきた。身体が震えて、口がわなわなして、右手で口と鼻を押さえても、全然だめ。あとからあとから涙が溢れてきて、もう止まらない。手から肘を伝って、ポタポタ地面に落ちる。


「うっ、うっ……ヒデ君、ごめんね……、ほんとにごめんね。6年も待たせて、ずっと苦しめちゃってごめんね‥‥‥」

「‥‥‥‥‥うん。でもよかった。チュンチュン、帰ってきてくれて、ありがとな‥‥‥」


 しばらく、二人は、グシグシ言うばかりで会話にならず、「大好き」も「愛してる」も言えなかったけど、それで十分だった。心は強く繋がっていたもの。それが伝わってきたもの。


******


 電話を終えたあとも、私は、地面に座り込んで、東の星空を見上げ、静かに涙を流し続けた。


 泥と涙でグチャグチャになったスマホを胸に抱えて、空に祈る。


 よかった。‥‥‥神様、かけがえのないあの人を繋ぎとめてくれて、また二人を選んでくれて、ありがとうございます。


 本当に、心から、感謝します‥‥‥。




 






 


 


 




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