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第2話 ねえ気付いてよ、朝まで一緒にいたいの ~終電なんて大嫌い~

 第2話から第4話までは、第1話「黒い髪の人魚」のスピンオフ版です。

 少しボリュームがあるので、3日に分けてアップ致します。

 ヒデ君とチュンチュンが出会ってから、半年くらいたった頃のお話しです。毎週ヒデ君のアパートに遊びに行くようになったチュンチュンが、いつも帰り道に考えることとは、何でしょうか。

 人魚編からは想像もつかない、まだまだ初心うぶだった頃の二人の気持ちを細やかに書いてみました。第1話があれですから、お口直しといいますか、ハッピーエンドで暖かな気持ちになって頂ければ幸いです。

 頬を撫でる風が冷たくなってきた。季節はそろそろ冬になるんだものね。


 私は、今日もまた、ヒデ君と一緒に、駅まで歩いているところ。

 コートの襟を立てて、マフラーを鼻まで上げて、だけどヒデ君のコートのポケットで、手をしっかり握りあっている。あったかいな。

 私が指を絡めて、ギュって握ると、ヒデ君も「ニッ」って笑顔を向けて、ギュって返してくれる。


 私は、握った手に想いを込める。ヒデ君に送る。

 

 ‥‥‥帰りたくない。ずっと一緒にいたい。

 

 終電なんて早く行っちゃえばいいのに。帰れなくなればいいのに。

 

 もう、私、苦しくて、泣きそう。


 胸が、張り裂けそう‥‥‥。


******

 

 ヒデ君とは、半年前に、大学の学食で初めて会った。四階建ての学食の一階。地味な定食が中心の階で、不人気だからいつも空いてるの。


 ヒデ君は、私と同じ留学生の女の子が紹介してくれた。 

 その子には、もう日本人の彼氏がいて、それがヒデ君のクラスメイトだった。

 その子が、「彼の友達でね、もう一人いい人がいるんだけど、今彼女いないらしいから、チュンチュンを紹介してもいいかな?」って紹介してくれて、私も別に彼氏が欲しいってわけでもなかったんだけど、どんな人なのかなって、お昼に学食で会った。

 

 だけど、私、会ってすぐにびっくりしちゃった。

 私が中国人なのに、ヒデ君は全然構えたところがなくて、

「へー、それじゃ、俺も『チュンチュン』で揃えていいかな? よろしくな、チュンチュン」って、まるっきり屈託のない笑顔で話しかけてくれて、緊張がスーッと解けてきた。もう、すぐに、直感で分かった。この人は、私を、私のまま見てくれてる、って。


 私、日本に来てから、中国人が嫌いな人に沢山あってきたから、意地悪されたこととか、馬鹿にされたこととか、いっぱいあったから、初めて会う人には、いつもニコニコした仮面被って、日本大好きって顔をして、自分をなるべく見せないようにして、心の奥からじっと観察してたの。

 だけど、ヒデ君には、そんなの全然必要なかった。さっきまで、ガチガチになってた自分がバカみたいに思えてきた。


 カバンを置いて、お昼を買いに行くときも、「俺はチュンチュンと同じのでいいからさ。一緒に並ぼう」って、さりげなく私に合わせて横に並んでくれて、なんかこの人優しくていいなあ、一緒にいて心地よさそうだな、きっと楽しいだろうな、って思ったんだった。


 ヒデ君は、すごくハンサムだったし、鍛えてるのか、身体も素敵だったけど、それはオマケだったの。私、そんなの、別にどうでもよかったんだから。


******


 ヒデ君を紹介してくれた子は、割と男の子と奔放に付き合うタイプの子で、半年に一回くらい、彼氏が変わっていた。みんな日本の男の子だった。

 その子は、「私、初めて会った男の子見るときにね、いつも、『この人とできるかな?』って考えるの。それで心の中でOKサインが出たら、しばらく一緒にいようって思うの」って、なんとなくだけど、ちょっと自慢げに言っていた。


 私は、ヒデ君を見たとき、そういうことできるかなんて、全然そんな眼では見なかった。

 だけど、初めて見たヒデ君は、ちょっと低くて優しい声で楽し気に話しながら、私の目の前で長い手指を動かし、それが何だかくるくる舞ってるみたいで、とっても綺麗だなって感じてた。私、それ見ながら、この手なら繋いでもいいなあ、きっとすべすべして気持ちいいだろうなあ、って思った。

 

 きっと、それ、その子が言ってたのと同じことなのね。


 今なら分かるもの。そう思うもの。

 私、ヒデ君となら、そうなっても全然構わないのに。


 ううん、違う、もっとね。

 私は、ヒデ君がいい。

 初めてする相手は、ヒデ君じゃなきゃ、嫌だ。


******

 

 私、会ったその日に、ヒデ君とライン交換して、二人とも大学に来る火曜日と金曜日は、一緒にランチを食べた。ヒデ君のバイトがお休みの日曜日には、外で映画見たりご飯食べたりして、デートしてた。


 だけど私、すぐにヒデ君のこと、自分でも怖いくらい、すごく、深く、好きになっちゃって、そのうち毎週私がヒデ君のアパートに遊びに行くようになった。

 一緒にお買い物したり、公園をお散歩したり、ジム行って鍛えたり、図書館で本読んだり、昔の映画のDVD見たり、ご飯作って食べたりした。いつもすっごく楽しかったし、一緒にいる間中、ずっと幸せだった。

 

 もちろん、距離もどんどん近づいて行った。 

 私は、ヒデ君の部屋で、隣に座って、肩に頭を預けて、髪を優しく撫でられるのが大好きだった。まるで私の敏感なとこが全部髪に集まったみたいに、ヒデ君の綺麗な手で撫でられるたびに、指が髪の間をツーって通るたびに、身体がゾクゾクっとして、なんだか自分が自分でなくなるような変な気持ちで、すごくドキドキしてたの。もっと、もっと中まで、って。


 そのうち、どちらが求めるでもなく、そっと抱き合ってキスを交わすようになった。最初は唇が触れ合うだけでビクってしてたんだけど、そのうちそれがだんだん深く、激しくなってきて、私、自分でもびっくりするくらい大胆になっちゃって、夢中で抱き着いて自分から舌を差し入れて、なまめかしく絡みあうようになった。それはまるでヒデ君と溶け合ってるみたいで、一つになってるみたいで、ヒデ君が私の唇を優しく嚙むたび、私、身体の中心がうずいてくるのを止めようがなかった。


 そうしているうちに、ヒデ君は私の胸や身体を触ってくるようになって、私、胸を優しく揉みしだかれて、思わず、「んっ!」「いやっ」「そこ、ダメ‥‥‥」とか声を出しちゃうけど、ほんとは全然嫌じゃなくて、すごく嬉しくて、もっと、もっと、私の奥まで触ってきて欲しいって思ってた。

 

 このところは、ずっと、もっとヒデ君と近づきたい、もういっそ、早くヒデ君と合わさりたいって、心と身体が叫んでいるの。したことないから、すごく怖いんだけど、でも、ヒデ君とそうなりたいの。

 

 だけど、そこで、しばらく止まってる。

 ヒデ君も、なんか、すごく我慢して、あそこ硬くして、苦しそうにしているのが伝わってくるの。


 なのに、ヒデ君は、毎週、終電に間に合うように、私を駅まで送り届けてくれる。

 そして、いつも優しく微笑んで、ためらいがちに手を離し、改札の向こう側に、そっと、私を送り出してくれる。


******


 うん、でも、本当は私、分かってるの。私がいけないの。


 こないだ、ヒデ君と二人でご飯食べながら、ヒデ君を紹介してくれた子と彼氏の話をしてたとき、私、その子のことちょっと軽いなって、そういうのちょっと嫌だなって思ってたのもあって、眉をひそめて、

「中国ではね、付き合うって、そういう関係になるのって、もう必ず結婚するくらいの覚悟があって、初めて出来るものなの。それくらいになって、周りからも、ようやく許されるものなの。なのに……」って、ヒデ君に言っちゃったの。


 もう、バカ。ほんと、バカ。


 そんなこと言われたら、ヒデ君、怖くて私に手を伸ばせないわよね。当たり前よね。

「あ、それ、私とヒデ君のことじゃないのよ」って、すぐフォローできればよかったのに、後から気付いたの。


 それだったら、私から言い出せばいいんだけど……うん、そうね……でも、そんなの、やっぱり、私から言えないよう。

「朝まで一緒にいたい。ヒデ君とそうなりたい」なんて、女の子から言えないわよう!


 だからこうやって、必死に心で叫んでるのに。

 強く手を握って伝えようとしているのに。


 もう、ヒデ君のバカ。早く私をさらってってよ。今日は帰さないって言ってよ。

 私、絶対、嫌がらないのに。ついて行くのに……。


******

 

 コンビニの角を曲がって、線路沿いの道に入る。あとちょっとで駅に着いちゃう。


 でも、そうだ! 高架下に公園があった!


「ヒデ君! わ、わたしブランコ乗りたい! 一緒に乗ろ!」 そう言って手を引っ張る。

 そうよ、ブランコ漕いでる間に、終電行っちゃえ!


 だけど、ヒデ君は苦笑いして、

「チュンチュン、何言ってんだよー。あと5分で電車来るぞ。ブランコはまた今度にしような。次は少し早く出て、一緒に漕ごう」って、優しく笑いながらさとすように言ってきた。


‥‥‥ブランコ作戦失敗……。やっぱり思い付きじゃダメか。


 んもう、もういいわよ! もう今日はいい。大人しく帰る!


 私は、泣きそうな気持になって、シュンとしょげて、ヒデ君の腰に両手を回して、ギュってして、だけど仕方なく駅に向かって歩き出す。ヒデ君も私の肩を抱いて、ちょっと悲し気な顔で、名残惜しそうにしてるのに。

 

******

 

 駅前に着いて、高架下からエスカレーターに乗った。少し行ったところが改札だ。


 私とヒデ君は改札の前まで歩いて、くっついて、ギリギリまで、終電がやってくるアナウンスを待っている。お願い、来ないで。終電なんて、いつまでも来ないで。


 だけど、ちぇ。ホームから下りの電車が来るメロディが流れてきた。


 もう! 今日はしょうがない。帰る!‥‥‥でも次来るときは絶対に言う! 「私、今日は帰らないから! 朝まで一緒にいるから!」って。


 あれ? ここで、いつもなら、ヒデ君は、優しく微笑んで、「今日も楽しかった。ありがとう。チュンチュン、また来週な」って、手を離して送り出してくれるんだけど、今日は、なぜか笑わないな。真顔のままだ。どうしたの?


「チュンチュン、あのな‥‥‥」

「ん、何?」

「あのあと、よく考えたんだけどな‥‥‥」 ヒデ君はそう言って、横を向いて少し黙り込み、だけど何か心を決めた面持ちで、こちらを向き直って、私をギュっと抱き寄せた。


 そして、小さいけれど、はっきりした声で、

「チュンチュン。俺な、この先の事は、何年も先の事は、そのとき、お互いがどこで何をやってるか分からないし、絶対とは言えなくて、約束まではできないんだけど、……俺はお前と一緒になりたいと思っている。そのくらいに思ってる。お前を愛している」って告げたあと、大きく息を一つ吸って、私の瞳を覗き込んできた。そして、今度はすっきりした面持ちになって、ニコってしながら、


「次来るときは、朝まで、ずっと一緒にいてくれ。俺のものになってくれ」って、ようやく、やっと、言ってくれた……。


 ああ、もうだめだ。私は、こらえ切れずに、口わななかせて、両目から涙をこぼしながら、ヒデ君に向き直って、だけど、思わず、

「もう、バカ!」って言っちゃった……。


「えーっ!? 何それ。完全に想定外の答え。何で?」って、ヒデ君が苦笑いしながら聞いてくる。

「なんででもよ。バーカ、バーカ、ヒデ君のバーカ!」って言いながら、私は、ヒデ君の首に手を回して、ギュって抱き着いて、そして、

「もう……やっと言ったわね! それじゃ、次来るときはお泊りの用意してくるね! 私、ヒデ君のものになるわ! 大好き!」って言いながら、大胆にキスしちゃった。 


 そのまま私とヒデ君は、きつく抱き合って、延々と長く深いキスを交わす。

 最終に乗る乗客が、遠巻きにして「おおーっ」って、ざわめいてる。

 ふふふ、もう、ほっといてよね。今日は二人がようやく踏み出せた記念日なんだから。


 遠くから、電車がレールを踏んで近づいてくる音が聞こえてきた。

 サンキュー、終電。大っ嫌いだったけど、今日は、初めて幸せな気持ちで乗れるわ。


 私は、最後にヒデ君にチュってやって、それから胸の前で手を振って、急いで改札を抜けた。


 そして、もう振り返らず、泣き笑いしながら、階段を駈けあがっていった。


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