江津太平洋病院へ
朝がきた。朝食は昨晩のご馳走の残りを軽く食べてすました。
玄関先でお別れだ。母親と由美子の2人だけの見送りだ。昔のように駅のホームでいつまでも手を振って見送るということは今はめったにない。
「じゃあ行くよ。何かあったらすぐに知らせてよ。由美子、母さんのことくれぐれも頼むよ」
「分ってるわ。お兄さんも途中気を付けて行ってらっしゃい」
「これ持っていきなさい。簡単な弁当だけど途中で食べなさい」母親らしい気づかいだ。
「ありがとう」
こうして2人とはあっさり別れを告げた。
多くの外国ではこんな時ハグをするものだが日本ではしないのが普通だ。
宇都宮駅まで歩いて行く。今まで勤めてきた宇都宮太平洋病院は宇都宮駅のすぐそばだから、長年歩き慣れてる堤防の上を昨日までと同じようにまた歩く。
例のA4サイズの黒い物体が落ちていた所に来ると、それが入ってるバッグを見つめ、
「どうも解せんな。一体何なんだろうこれは? どうしても破れないビニールってあるんだろうか? う~ん・・ひょっとしてお宝かも? まあいいや、島根に行ってから考えよう」
宇都宮から東京駅には自由席で、東京から広島へは指定席を取った。
「新幹線に乗るのは何年ぶりだろう。そもそも西日本に行ったのも遠い昔のことだ」
気持ちは久しぶりの長距離旅行で、ちょっとうきうきする。車窓に富士山が見えてきた。快晴なのでくっきり見える。でも、あっという間に後方に消え去った。
「富士山が見えたのはラッキーだったな。まだ先は長い。母さんの作ってくれた弁当でも食べるか」
「いただきます」 弁当の定番の卵焼き、たこウインナー、それに昨日の残りのすき焼きとケンタッキー・フライド・チキンがカットして添えられていた。
「久しぶりの旅行で、それも列車の中で食べるべ弁当は美味いなあ」 夏木は子供の頃から一切偏食はなかった。親としては育てやすかったろう。 もっとも、ゲテモノは食べれない。
名古屋に着いた。停車時間は2分だ。何年後かにここにリニアが止まることになる。そうなれば東京、名古屋間はたったの40分だ。 当初、開業予定は2027年だったが、静岡県知事の反対で大幅に遅れるらしい。
「すごいなー。江戸時代は徒歩で10日かかったっていうのに・・」 比較が極端過ぎる。
その頃、宇都宮太平洋病院では大騒ぎになっていた。
「院長どういうことでしょう?あの松島さんが全快したなんて・・。私にはさっぱり分かりません。院長は私と松島さんとの相性が合ったっておっしゃいましたが、そんなんで末期のすい臓がんが治癒するとは到底思えません」
「私も本気で相性で症状が改善したって思ってないよ。夏木の話では、もう手の施しようがないと言っていた。それが君に変わったとたん松島さんは治癒した。どういうことだ? やっぱり君が治したということになる。君は魔法でも使ったか?」
「そんなわけないでしょう! ところでこの劇的な症例を発表しますか? 死にかけた患者が治ったんですから当院の名誉になりますよ」
「バカ言うんじゃない。マスコミにどういう治療をしましたか?と聞かれたらどうする。さあ?としか答えるしかないじゃないか。ともかく松島さんは完全治癒したんだから退院してもらおう。」
「は、はい」
橋田はまたしても首をかしげながら院長室を出て松島さんの病室に向かった。
コンコン、「橋田です。入ります」
病室に家族3人がいた。松島さんを見てびっくり! 松島さんは立ち上がってラジオ体操のような運動をしていた。病気が治ったどころではない。超健康体に見える。
「先生、有難うございます。主人を元気にして頂いて」 奥さんが深々と頭を下げた。
当の松島さんは笑顔で「一時は死を覚悟した私ですが、先生のおかげでこうして元気になりました。本当に有難うございました。先生はすごい名医ですね。」
「あ、いえ・・」 橋田は言葉が出てこない。なんて言っていいか分からない。それでもやっとお父さんの横に立っている謙治君に声をかけた。
「謙治君。お父さんよくなって良かったね。今すぐ退院していいよ」
「え!本当に。先生ありがとう!」
と言って、お父さんの手を握りしめて、
「お父さん、退院していいんだって。早くおうちに帰ろう」
3人は手早く荷物をまとめて、病室を出ようとした間際、謙治君が、
「夏木先生にお礼を言わなくちゃ。そして謝らなくちゃ。僕、夏木先生のこと、うそつきって言ったんだ。でも、うそつきじゃなかった。お父さんの病気は夏木先生が治してくれたんだ」
「謙治君、どうしてそう思うんだい?」
「ぼく、夏木先生に、お父さん治るよねって聞いたんだ。そうしたら先生は、うんって言ったんだ。でも、その後夏木先生にうそつきって言っちゃった。夏木先生はうそつきじゃなかった。お父さん、治ったんだもん」
それを聞いた3人は顔を見合わせキョトンとしている。夏木先生が治した? そんなはずは・・ないと、 3人は同時に思った。
新幹線は新大阪駅に止まった。夏木は松島さんが回復したことは、もちろん知らず、車窓からの眺めを楽しんでいた。
「ビルだらけじゃないか。今年開かれたった万博には行けなかったけど、いつかゆっくり大阪を観光したいもんだ」
観光したいのは大阪だけではない。新大阪を出て、神戸、岡山、倉敷・・等、通過するたびにいつかこれらの地をゆっくり散策したいという気持ちが募ってくる。
チャイムが鳴った。”まもなく広島に到着いたします。お忘れ物のございませんように・・”。
夏木はホームに降り立った。
「お、あれは広島球場じゃないか!今はたしか・・ズーム・・なんちゃらだったな」
広島駅と広島球場はほぼ隣接している。球場の観客からも広島駅に出入りする新幹線がよく見える。
それよりも夏木は原爆ドームと原爆資料館にはぜひ行きたいと思っていた。
そして夏木は空を見上げ、「この上空600メートルで原爆が、ウラン型のリトルボーイが炸裂したのか・・」
その時の医者はどのように対応したのだろう? 人類初の原子爆弾で4000度の放射線を浴びた人々を
当時の医療技術では当然治療の施しようがない。原爆が放射能をまき散らすことさえ知られていなかったのだ。その時の医者の慌てふためく様子が目に浮かぶ。そして、その医者も放射能の害を受けることになる。
「それに比べ今の医者は、俺も含めて恵まれている」
医者の所には高級外車のセールスマンがよく来てカタログを置いて行く。病院の医者専用の駐車場にはベンツだのポルシェだの、そしてフェラーリまでもがこれ見よがしに置いてあったりする。
夏木は免許はあるが車は持っていない。江津勤務が始まったら購入しようと思っている。
「国産車がいいや。故障しないから」
などと思いながら浜田行き高速バスに乗った。 中国山地の中をバスは時速70kmで走る。前後に他の車は1台も見えない。
「最高時速70kmじゃ高速とは言えないな。遅いうえに片側1車線だ。そのうえ高速料金がかかるとなると下の道を利用したほうがましだと一般ドライバーは思うだろう」
さらに悪いことにしょっちゅうネズミ捕りをやってるもんだから始末がわるい。
中国山地の山々を見て夏木は、「高い山が見当たらないんだが。低い山ばかりだ」
因みに中国地方で1番高い山は鳥取県の大山で1900メートルである。島根県で1番高いのは三瓶山で1000メートルだ。夏木が生まれ育った宇都宮市からは2700メートル級の山が三つも見える。
浜田に着いた。駅前には”どんちっち神楽時計”と呼ばれるからくり時計がある。 その時計が午後三時を告げた。
「へえ~。おもしろい仕掛けだな」 しばらくそれを見てタクシーに乗った。
「江津の太平洋病院までお願いします」
タクシーは国道9号線を北に向かって走る。日本海を直接見るのは初めてだった。夏木は左手に見える日本海を食い入るように見つめている。そんな夏木にタクシードライバーは、
「お客さんはこの地に来られたのは初めてですか?」と声をかけた。
「ええ。日本海も直接見るのは初めてなんですよ」
「そうなんですか。遠い昔のことになりますがね、日露戦争の時、この辺の海岸にロシア兵の死体が沢山流れ着いたってことですよ」
「へえ~。日露戦争ですか・・」 確かに遠い話だ。
タクシードライバーとそんな他愛のない話をしてるうちに江津の太平洋病院の入り口に着いた。3階建ての立派な病院だ。カードでタクシー料金を払うとさっそく病院内に入いって驚いた。
患者の待合スペースにはおよそ100人は座れると思われる長椅子がズラリと並んでいる。が、そこに患者と思しき人は10人もいない。
「閑散としてるなあ。病院というのはどこも混雑してるもんだが・・」
受付で自分の身分を言い院長室の場所を聞いた。3階の角部屋だ。
コンコン。「宇都宮から来ました夏木です」
院長のほうからドアを開けてくれた。
「お~!よく来られましたね。私、盆子原です。ささ、中へ。宇都宮の方から連絡は受けてます。長旅で疲れたでしょう」
「初めまして。夏木と申します。よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく。看護師長を紹介するよ」と言って内線の受話器をとった。
しばらくして、女性がやって来た。
「夏木先生。こちら看護師長の吹金原さんだ。吹金原さん、こちらはたった今、宇都宮から来られたばかりの夏木先生だ。今日は顔見せだけで、この病院のことは後でゆっくり教えてあげてください」
お互い、「よろしくお願いいたします」と言い合って、看護師長は院長室を出て行った。
院長が盆子原で、看護師長が吹金原か・・。地域独特の、ちょっと滑稽な苗字が夏木には妙に耳に心地よかった。
「夏木先生。これが用意しときましたマンションの住所と地図です。今日は来たばっかりでお疲れでしょう。マンションに行ってゆっくり休んで下さい」
「じゃあ、お言葉に甘えてそうします」
病院を出てすぐマンションに行くわけにはいかない。
「とりあえず、身の回り品を買わなくちゃ。え~と、どこかにスーパー・・。お、あれは・・グリンモール・・。大きいスーパというよりショッピングセンターか? 行ってみよう」
夏木は、そこでで下着や歯ブラシなどの身の回り品を仕入れた。大き目のレジ袋1枚に全て収まった。
「今日は、とりあえずこれだけでいいや」
地図をたよりにマンションに向かった。
「歩いて10分くらいって言ってたな。大きなパルプ工場の企業城下町って聞いたけど、え~と、人口は2万5~6千人ほどか。こじんまりとしたなかなかいい街じゃないか」
さらに歩いて行くとコンビニがあったので、朝食用のカットリンゴを買うことにした。リンゴ言えば、
「俺の部屋にあったあのリンゴ。不思議だ。母さんも由美子も知らないって言うし、と言うことは、やっぱり俺が買ったのか? 全く記憶にないぞ。この歳でボケ始めたなんて、まさか、冗談じゃないぞ」
リンゴを買ってトボトボ歩いていると、前方に車いすに乗った女性がいた。かなり辛そうだ。夏木は、医者の本能?として小走りに車いすに近づいた。
「あの、押しましょうか」
女性は、ちょっとびっくりして、
「いえ、もうすぐ家ですから。お気持ちだけで・・。どうもありがとうございます」
「そうですか・・、じゃあ・・」押すのをあきらめかけたが、どうみても辛そうだ。他人に声をかけられたら1度は警戒をして断るのが普通だ。
そう察して、夏木はもう1度声をかけた。
「はっは、心配なさらないでください。あやしい者ではありませんよ」
「いえ、そういうわけじゃ・・。ごめんなさいね。言葉がこの辺の人とは違っていたものですから、ちょっと警戒してしまいました。じゃ、お言葉に甘えて押してもらおうかしら」
「やっぱり、言葉の違いが分りますか。はっは。今日こちらに着いたばかりなんですよ。江津は初めてです」
と、言いながら車椅子を押し始めた。
「まあ、どちらから来られたんですか?」
「栃木県の宇都宮からです。ご存じですか?」
「ほっほ・・、もちろん知ってますよ。日光には誰だって1度は行くでしょう。世界遺産ですもんね。足利学校にも行きましたよ。それに天皇家の那須の御用邸や御料牧場も有りましたわね」
「よくご存じですね」
「あ、そうそう。栃木県と言えばかんぴょうも有名だわ。それに、宇都宮は餃子ね。あと、しもつかれと言う鮭の保存食もありましたわね。春日局も、確か栃木県の人でしたわよね」
「驚いたな。いろいろ知ってるんですね。びっくりだ」
「元気になったっらもう1度いろんな所を旅行したいわ・・でも・・」 トーンが下がった。
「ところでつかぬことを聞きますが、その・・、歩けなくなったのはどうされたんでしょう? あ、いえ、失礼ならお話なさらなくていいですよ」
「かまいませんわ。ギックリ腰で歩けなくなりましたの。病院に行きましたら、脊柱管狭窄症ですって」
「脊柱管狭窄症・・」
「それで、3年前に手術をしたんです。それから腰の痛みは和らいだんですけど、その後歩けなくなりましたのよ」
「3年前・・? 術後、神経がショックを受けて半年間くらい歩けなくなるのはふつうですが、3年とは長いですね。長すぎです」
「あら、お医者さんのような言いっぷりね。ほっほ・・」
「言い遅れました。私、太平洋病院に勤務することになりました夏木と申します」
「あら、お医者さんだったの・・。太平洋病いん・・」 顔が少し曇った。
「内科医です」
「私、そこで手術したんですのよ。執刀医は漆谷っていう外科医よ」
「そうですか。来たばっかりで名前は分かりませんが・・」 うっかり手術をミスったのかな、とは絶対言えない。大問題になってしまう。
「でも、もういいんです。あきらめました。太平洋病院とは縁が切れました」
夏木は返す言葉がない。
その後、5分くらい車椅子を押した。
「あ、この辺でいいですよ。そこの路地を左に入った所ですから、もう自分で行けますから」
「そうですか。じゃあ、私はこれで・・」
「よかったら私の家でお茶でも飲んでいきますか」
「いや、とんでもない、初めてあった人に。それに、来たばっかりでいろいろやることがありますから」
「そうですか。それじゃまたの機会にでもね。今日はありがとう」 と言って車椅子のハンドルを握っていた夏木の手をポンポンと叩いた。
別れた後マンションに急いだ。
「今の人、50~60歳くらいかな? うちの母親と同年代だ。可哀そうに・・歩けないなんて」
マンションは6階建てだった。部屋は5階の2DKで1人で住むには広いくらいだ。その部屋をざっと掃除をして、落ち着くと母に”無事着いたよ”と簡単な電話をした。
翌日病院に行くと、看護師長の吹金原さんがいろいろ病院内を案内してくれた。
(それにしても閑散としてるなあ) その理由を吹金原さんに聞こうとしたが、やめた。聞かなくても何となく想像出来たし、吹金原さんには答えにくいだろうと思ったからだ。
(ようするにこの病院は評判が悪いのだ。昨日会ったあの女性もそれをほのめかしている)
内科医としての勤務が始まった。患者は少なかったがいないわけじゃない。ポツンポツンと診察室に入って来た。待ち時間はほぼゼロだ。患者としては理想的かもしれない。 などと感心してる場合じゃない。
内科医のやることは大体決まってる。血圧、体温、酸素濃度、それに聴診器で肺と心臓の音を聞くぐらいだ。異常があればエコー、レントゲン、CT、MRI、など、さらに詳しい検査に進む。名医と凡医の違いはわずかな異常を見つけられるかどうかだ。
異常があるのはまれで、通常薬を出すだけですんでしまう。なので、薬の処方箋を書くのが主な仕事になる。
患者を12人ほど診た後、午後3時頃から夏木の診察室へは1人も来なくなった。そして、そのまま夕方になった。
「5時か・・。帰るとするか」
初日ということもあるが妙に疲れた。患者ががここまで少ないと気も張らない。それがかえって疲れを呼んだのだろう。
帰り道を”今晩何を食おうかなあ?”なんて考えながら歩いていたら、
「先生、夏木先生」 と後ろから声をかけられた。
振り向くと、なんと、昨日の車いすの女性が小走りに近づいてきた。夏木は驚いて、
「あ、足は大丈夫なんですか?」
「ええ、昨日から何だか調子が良くなりましてね、今朝起きたら、この調子で普通に歩けるようになったんですよ」
「・・そ、そうですか・・」 夏木は信じられないという顔をしている。
つづく
。




