結婚を断罪される公爵令嬢は、もう放っておいてほしい
光? 光が見えるわ。
暖かい。
なんだろう、このイメージは。
おかしいわね。私は死んだはず。この柔らかな光はきっとそんな私を迎えに来た天使様。そして私は次なる生を生きることになる。
そう思ったのに、どうも見覚えのある光景ばかりです……。
あの大きなお城、あっちの緑が美しい山、あの幻想的な2つの月……これは寝食だけはきっちりしたけどそれ以外の全てを費やしてやりこんだゲーム"リベンジロード "のはず。
これはもしやゲーム世界転生なの?
そう思ったらなぜか人の顔が見えてきた。あのキュートとは正反対の太った豚は国王陛下ね。その隣にいる昔は美しかった女性は王妃。そんな人たちが見えるってことは王族に転生するってこと?
いやよ。このゲームの王族はロクな人がいないのよ。
どうか主人公である凛々しくも儚い公爵令嬢ロレイヌ様になれますように。
決してロレイヌ様から王子を寝取るエイラじゃありませんように。
そこから私は突然加速して大地に落ちて行った。
途中で何か見えた気がしたけど判別はできなかった。
落ちた場所すら認識できなかったけど、身に宿った大きな力を感じる。
よくわからないけど、これはきっとロレイヌ様のはず。
彼女は王国で最も高い魔力量を誇り、えん罪で国外追放となったものの、持ち前の明るさで逆境を跳ね返し、最後は魔王を倒してしまう勇者なんだから!
どうか……
っていうか、普通こういう転生って、どこかで頭をぶつけたとか、何かの衝撃で思い出すものじゃないの?
転生前からばっちり覚えてるってどうなの?
とりあえず、誰に産まれたとしても魔力だけは絶対に高い方がいいから、生まれる前から鍛えておきましょう……。
そして私は生まれ、しばらくの月日が流れた。
私はすくすくと大きくなり、やがて全てを理解し……
悲嘆に暮れた。
「どうして……どうしてエイラなのよぉ!!!?」
「どっ、どうされたのですか、エイラ様!?」
「あっ、なんでもない。なんでもないわ」
改めて人生の悲哀を感じていたら、ついつい口から声が漏れていたようだ。
隣の部屋にいるはずのメイドがやってきてしまったので、慌てて誤魔化した。
しかし、どうしよう。
まさか転生したのがこのゲームの中で最も嫌われ、最も惨たらしい目に会う、見た目だけは美しい女・エイラだったなんて……。
天使様のバカ~!! あの時感じた暖かさは何だったのよぉ……。ぐすん。
酷い……酷いよ。
私が何をしたって言うのよ。
前世も病弱でずっとベッドの上だったし、今生は嫌われ女で略奪愛を成功させて敵であるロレイヌ様を追放するまではいいけど、そこからは理想的な転落人生。
最後はボロボロにされた状態で魔法の火に燃やされながら串刺しにされるなんて、嫌よ~~~~~~。
もう少し大きくなった。
私はもう10年も悲嘆に暮れていたが、そろそろ現実を見なければならない。
あと5年したら王立学院に入る。
そこで王子様であるレオン様と出会ってしまい、ロレイヌ様から彼を奪ってしまう。
ロレイヌ様は婚約破棄され、国外追放になる。
レオン様と私は素晴らしい結婚式を挙げたあと、贅沢な暮らしをし、圧政、腐敗、増税のトリプルコンボを決めた頃に事態は大きく変わる。
世界には魔王が現れ、人々を恐怖に陥れる。
そんな時、隣国が勇者として持ち上げるのがロレイヌ様だ。
そう。彼女は神に認められし聖なる戦士だったの。
そんなロレイヌ様を追放した私たちはあっという間に貴族と民衆にクーデターを起こされて万事休す。
レオン様はサクッと処刑され、私は牢獄に閉じ込められてしまう。
そして魔王討伐の旅の中で我が国を訪れたロレイヌ様一行への余興として火にあぶられ、処刑されるの。
酷すぎない?
パーティーの余興でいかに恨みがあるとはいえ、美女を処刑って……。
さすがにロレイヌ様のお気には召さず、以降、ロレイヌ様はこの王国に寄り付かなくなるんだけど、当たり前じゃない!
ちなみに、このゲームではプレイヤーが乗り移ったロレイヌ様が様々な選択肢を選びながらストーリーを進めていきます。
信じられないくらいの時間をこのゲームに費やした私は、普通ならやらないようなプレイもたくさんしました。
あっ、エッチなやつじゃないわよ? わかってるわよね?
そう、例えばレオン王子がエイラに気付く前に既成事実を作るとか、エイラがわざとらしくレオン王子の馬車の前で転んだのを魔法で吹っ飛ばすとか、エイラに魔法を叩きつけて気絶させてイベントをスキップする、なんてこともできるの。
開発した人たちは頭がおかしいんじゃないかしら。
でも、なにをしても運命は変わらない。
どんなルートを選んだとしても、しれっとレオン王子はエイラを見つけ、ロレイヌ様に婚約破棄と国外追放を言い渡し、エイラを娶り、死ぬ。何百回とクリアした私が言うんだから間違いない。
逃げ道は存在しない。
でも、そうも言っていられない。
私はやり遂げないといけない。できなければ待っているのは死だ。
この世界が現実になったことによって新しい選択肢、そして未来が待っているかもしれない。
それを……いや、それだけを信じて生き抜かなければならない。さもないとただただ惨たらしく死ぬだけだ。
エイラとなったことによって私の方針は変化せざるを得なかった。
魔法だけを気にしていては行けなくなった。
なにせ、レオン王子はエイラが優秀でも、バカでも興味を示してくる。
入試の段階で全体1位なら「凄いやつがいるな」。トップ10なら「子爵家の令嬢が頑張ったじゃないか」。最下位なら「これから頑張ればいい」、だ。優しすぎるけど、その優しさは今いらないのよ。
どうにかしてレオン王子の興味をひかない、適切な順位を入試の段階から取っていく必要がある。
それには運に任せてはいけない。
意図して微妙な成績を収めてやる。
私が取った方法は簡単だ。
入試会場で魔力を使って全員の得点を把握しつつ、ちょうど真ん中よりもちょっと下の点数を取るの。
そうすれば間違っても興味はひかないだろう。
私は最初の5分で試験を終え、あとはひたすら全体の探索を行い、半分以下の点数を予想し、その点数になるように調整する。
簡単よね。途中から回答をずらして書けば、その範囲は0点のはずだ。
それを全ての科目で行った。
なぜなら1科目でも優秀だったら王子が食いついてくるかもしれないから。
全てが平均やや下。誰にも興味を惹かない完ぺきなポジションね。
この学院には点数が悪いから不合格なんて制度はない。貴族は全員通う学校であり、何点でも入れてしまう。
そしてクラス分けにも使われない。本当にただただ試験するためだけの試験だった。
次の喚問は入学初日ね。
私は少しだけ早起きして馬車で移動し、校門前で降りて学院に入る。
このゲームの意味には意味が分からない仕様が3つある。
その1つが、この第一学年のクラス分けだ。
なにせロレイヌ様がよい点数の場合は成績順、よくない点数の場合はランダムだ。
そして必ずロレイヌ様とエイラは似たような成績を取る。つまりレオン王子、ロレイヌ様、エイラが同じクラスになるように最初から定められているのだ。
マジふざけんな。
そして今回私は単独で微妙な点数を取った。これなら調整はできないはずだ、なにせ、試験会場で探れたロレイヌ様の点数はほぼ満点。神様、私はレオン王子やロレイヌ様と同じクラスになりたくないの……。
さらに念のため、私は魔法で前日に教職員室に忍び込んでクラス分けの紙を書き換えた。これで完璧だ。なんで同じクラスにされてるのか分かんないけど、もういいでしょう?
なんて危ない橋まで渡ったのに、なぜか同じクラスだった。
どうしてよ!? 私書き換えたでしょ!!? なんで同じクラスなのよ!?
しかし何度見ても校門の前に張り出されたクラス分けの紙にしっかり書いてある。
最悪だ。
ここで馬車にでも轢かれて大ケガでもしたら留年させてもらえないかしら?
そんな現実逃避をしてしまいそうになるが、そんなわけにはいかなかった。
くそう、同じクラスか……。
そんな風に思考に気を取られた瞬間、つい油断してしまった。
やって来たのはとても豪華な馬車。これは間違いなくレオン王子の乗っているものだ。
私が冷静だったらただすっとよければ良いだけ、
なのに足がもつれる。
そんなにレオン王子と私を出会わせたいのかしら。
ふざけないでよ!?
この日のために修行してきた魔法を見せつけ……たら気を引いてしまうから、すぅっとそのまま自分の身体を浮遊魔法でスライドさせる。
そもそもあんな馬車に轢かれたら最悪死ぬじゃないのよ!!!
次に降りて来たレオン王子の凛々しさ、そして後続の馬車から降りて来たロレイヌ様の美しさに皆の視線が集まる中、私はそそくさと学院内に避難しようと走り出す。
「いたっ、お前!」
しかし、運悪く誰かとぶつかってしまった。
「てめぇ、待て! おい! そこの女!!! お……」
ぶつかった相手は大柄な男tの子で同級生のようだった。ここで騒がれてしまったらレオン王子やロレイヌ様に気付かれてしまう。
そう思った私は瞬時に魔法を起動し、大柄な男の口をふさいだ。
「むごぅ、もご! ぐわぁ、もぐぅ!」
その男は手を振り回して怒っているが、いかんせん何も聞こえない。
彼の口から発せられたのは小さなささやきのような音だけだったので、レオン王子とロレイヌ様に贈られた歓声にかき消されて誰も気付かなかった。
そしてみんなが王子たちに気を取られている間にしれっと教室に入って確認したら、席順に目を疑った。
中央の列の前から順番に、ロレイヌ様、レオン王子様、私……。ちょっとぉぉおおお!!! 王子の後ろに不審者がいますよ! 誰ですかこんな席順を考えたのは!!!?
当然誰も答えてはくれないから、私はしれっと席順を変えておいた。
ロレイヌ様とレオン王子は隣通しで一番前。私は廊下側の列の前から3番目だ。ここが一番目立たないはず……。
さらに、食事の席を隣にされそうだったから、同じクラス内でそこそこ可愛らしくて真面目そうな子に変わってあげたら、とても喜ばれた。
レオン王子様大好きっ娘だったらしい、へ~よかったね。
涙を流して感謝されたから、そう言うのいらないからって言っておいた。
ようやく今日という日が終わる。今日はある意味記念日だった。私の心にがっちりと刻むべき忌まわしい日。
土日祝日はしっかり休むとして、あと500日くらいこうやって耐えないといけないんだろうな。
しかし理不尽な話だった。
私は前世では寝たきりで、今生ではこうして悪役令嬢をやっている。神はどこだ?
なんとか3年間隠れないといけない。
しかしそんなにもつだろうか?
もしかしたらあの手この手で出会わせようとしてくるかもしれない。
なにせゲームだ。ある程度は想定されたルートを通るように仕向けられるだろう。
その全てを折らないといけない。
接近はダメ、接触なんて絶対ダメ。手が届く範囲に入ったが最後、どんな手段でレオン王子と触れ合ってしまうかわからない。
そしてたまに感じる視線。
巧妙に隠されているし、なぜか敵意なんかは感じないんだけど不気味よね。
それからはただただ避ける日々だった。
気付けばあと2か月で卒業だ。
ロレイヌ様は記憶にある限り最も穏やかな表情でレオン王子との婚約関係を続けている。
それはそうだ。私はこの2年半以上を耐えきった。
毎日のように襲い掛かってくる強制力に。
運動会は目立たずやり過ごし、舞踏会はしれっとデブでボッチな子爵令息とペアを組み、試験は全てそこそこを狙った。
授業でも、実習でも、遠足でも、社会見学でも、全ての場においてモブを目指し、その全てを魔法でなんとかした。
ようやくここまできた。私は目立たず、接点も持たず、ひたすらモブとして。
なのになんで?
なんで私、捉えられて目隠しされて縛られているの?
もしかして出会わなかったら略奪愛も婚約破棄も公爵令嬢追放も断罪もなにもなくいきなり殺されるの?
そんなの聞いてない!? 聞いてないよ!?
だって、主人公はロレイヌ様なんだから、ロレイヌ様を操ってもどうしようもないことは経験できないのよ。
暗闇の中で慌てふためきながら必死に頭を働かせる。
しかし、敵は私より1枚も2枚も上手だったらしい。
「ひゃっ!!?」
今誰かに触られた。ぞくっとした。この手つきは女性だ……。
気付けば私の目の前に気配がある。いつの間に現れた?
目隠しをされているものの魔力で周囲を読んでいるにも関わらず、その出現に気付けなかった。
「エイラ様……私のエイラ様ぁん♡」
「なぅ、うむぅ……」
縛られたまま、強引にキスされる。なにこれ……きもっ……。
必死に逃れようと暴れたのに離してくれない。
「もう、エイラ様。暴れん坊なんだからぁん♡」
キモい。私はなんとか逃れようと身をよじる。が、逃れられずに抱きしめられ、繰り返しキスをされる。ほっぺを舐められる。
そうしていると目隠しがずれ……私を襲ってきた相手が……
ロレイヌ様だった。
なんでよ!!!!?
「あぁ、なんて可愛いの、エイラ様あぁんんん♡」
「やめて!なんで?今まで接点なんかなかったでしょ!?」
「そう。だからよ」
「はぁ?」
「あなた。私が婚約破棄されないようにずっとモブを演じてくれたのでしょ。わかってるわ。私も転生者だから」
「へっ?」
「そんないじらしいあなたを私のものにするのよ♡ 安心して、手を出すのは王子じゃないから酷い目には合わないわ」
好き放題された……もう勘弁してほしい。
全てが終わって満足そうな顔をしているロレイヌ様……いや、クソ百合ビッチから逃げるように部屋を出た私は泣きながら走っていると、
「キミは? なぜ泣いて……えっ? 幻覚か? しかし見覚えが……ん。私はここでなにをしているんだ?」
危なかった。
レオン王子に興味を持たれてしまうところだった。
そんなことはあったが、私はなんとか無事卒業した。
やっと。やっとだ。
これで解放される。悪夢のような学院生活から。これで自由よ。もう王子様や公爵令嬢に会うことはないわ。
やったわ! 耐えきったのよ!
いえ、逃げ切ったのよ!!!!!!
卒業証書を胸に自宅である子爵家の邸宅へ戻り、父に卒業を報告した。
なんて晴れやかな気分。
1つだけ、もうお嫁に行けないかもしれないくらい衝撃的な事件があったけど、よくよく考えたら死刑よりはまし。
火あぶりよりましよ。
それにお父様は私に働く先を用意してくれたという。
これはもうゲームの世界を超えたということだろう。
そんな未来はあのゲームでは描かれていなかった。
つまり私は避難したの。
生き残ったのよ。
私はお父様と向き合う。
「無事、王立学院を卒業できました」
「うむ。よくなった。婚約相手を見つけられなかったことは残念だが、ずっとお前を評価してくれていた方がいたのだ。その方が結婚相手を見つけるまでの間に働いてみないかと言って下さった。とても良い働き先で、そこなら伴侶も探せるだろう」
「ありがとうございます!」
なんということでしょう。素晴らしい。素晴らしいわ!
やはり耐えきれば良いことがあるのね。
3年間……いえ、これまでの18年間頑張りましたわ!
どうして貴族なのに18歳卒業なのよ、遅すぎるでしょ!とは思うけど、ゲームの設定で中高生にプレイしてもらうためには仕方がない。
お父様が喜ぶということはきっと高位貴族の紹介のはず。
待遇は良いし、その高位貴族の方に見染められる可能性だってある。いや、もう見染められているのかもしれないわ!
あぁ、夢が膨らむわ。
やったわ。これで学院の彼らとは離れ離れ!
「お前の魔法の腕を見込んでとのことじゃ」
なんですって?
見ている人は見ているのね。いったい、どこで見たのかしら? とは思うものの……。
「お前は本来魔法が使えないはずの学院で大量に魔法を使っておったようじゃの。いや、もう卒業したのじゃから咎められることはない」
「えっ……?」
使えないはず?
どういうこと?
私はぽんぽん使っていたけれども……。
「勤め先はなんと王城じゃ。凄いじゃろ? うちのような子爵家には願ってもない話じゃ。なに、3年務めあげれば箔もつくわい」
「いやぁぁあああぁああぁぁぁあああああ」
それからの3年。レオン王子を徹底的に避けながら、無事にレオン王子と結婚したロレイヌ様に遊ばれる日々が待っていたのだった……。
どこ行ったのよ魔王!
早く出て来てよ!そしてロレイヌ様は旅に出なさいよね!!!!