【第79話 最後の市民合唱祭】
最終練習を終えて建物を出ると、今度は幹也が待っていた。会場まで送ってくれるという。
友紀たちは車代を払おうとしたが、幹也は一向に受け取ろうとしなかった。
「代金は、もうチケット代として頂いてます」
朱雀寮メンバーが友紀の引退を見届けることになっていた。龍神たちは何か準備があるようで、今日は来ていなかった。
実は龍神たちは、友紀がこれで完全に引退するとは考えていなかった。落ち着いたらまた合唱をしてくれるだろう——そう思っていた。
会場に着くと、友紀たちの着替えが始まった。ドレスは2年間の体の変化を克明に表していた。友紀は最終的に65キロまで落とすことができたのだ。
髪をお団子スタイルにまとめ、リハーサルに挑んだ。
成美先生が友紀の頭を撫でてきた。友紀は静かに受け入れた。
友紀のラストステージが始まった。
客席では、朱雀寮メンバーが友紀の立ち位置付近の席についていた。友紀は今回、初めてセンターに近い位置だった。
「今回は階段ではなくてよかったね」麻美が言った。
裾の長いドレスは足を引っ掛けやすい。背の低い友紀がドレスを捌けるように、千晶と特訓していたのだ。
友紀たちが入場してきた。
友紀は丁寧に歌った。その歌声は会場全体に響き渡った。
凛は普段友紀の舞台を観ても泣かないが、今日は感動で涙が出た。
友紀はラストまで泣かずに歌い終えることができた。
ステージを降りた後、友紀は静かに呟いた。「我が歌人生に悔いは無し」
納得いくステージを終えることができた。
しかし、楽屋に戻ると、仲間たちと別れる寂しさが襲ってきた。
友紀はアルトメンバーと握手を交わし、成美先生と抱き合った。彼方に持たされていたハンカチを目に当て、「お世話になりました」と一礼した。
他の団体からも拍手が贈られた。
友紀は涙を拭い、楽屋を後にした。




