ヒトボシ
夢の中で見たものを改造しました。
点々と暗闇を照らす照明、ホコリが被った家具達。
これが、エイコの普通だ。
地球は人が栄えた時代が終わり、氷河期を迎えた。地表は冷えきり、砂嵐が吹き荒れる。
生き残った人間は地面に潜り、暗い洞窟でその命の灯火が失うまでじっと耐えていた。
エイコは洞窟で生まれ、洞窟で育った。
暗闇で人間がずっと暮らせるかというと暮らせるはずはない。この場所では、キノコなど日光が必要ない食物しか栽培は出来ない。電気は地上の風車が発電しているらしいが、植物に使うだけの電力はない。外に行って農耕をしようにも砂嵐や酸性雨ではまともな植物は作ることが出来ないそうだ。
それでも何故、生きていけるのか。
それは、ヴァルハン調査班の存在だ。
ヴァルハン調査隊は、唯一地上に繋がっている階段を登り、僅かな食料や旧時代の道具などを調達に行くのだ。そして洞窟にいる住民たちへ物資を届けてくれる。ガスマスクに酸素タンクといった重装備で外へ行くのだが、平均で1週間、長い時は1ヶ月戻らない。
幼いエイコは隊長のヴァルハンに憧れた。戻ってきたヴァルハンが話す冒険の話が大好きだったからだ。砂漠のサンドワーム、大きなクラーケンなどおとぎ話のような体験ばかりだった。地上で拾ったネックレスなども貰った。いつか自分もきっとヴァルハンと一緒に旅に出るのだと目を輝かせていた。
その夢は3歳年上の姉も同じだった。15歳になった姉のルーシェは一足先にヴァルハン隊に入った。ルーシェはヴァルハン達と共に重装備をして旅に出た。
1ヶ月後、ルーシェは帰ってこなかった。
「申し訳ない、守ることが、出来なかった。」
ヴァルハンは、エイコに泣いて謝った。
エイコは、ヴァルハンのそんな姿を見たくなかった。憧れている存在が、自分に頭を垂れている。姉を亡くした悲しみよりも衝撃が走る。
エイコは、夢を諦めなかった。ヴァルハンを助けたいという思いがいっそう強くなったのだ。
それからというもの、エイコは化け物と戦うことが出来るように沢山の対抗策を考えた。喧嘩の強い爺さんに体術を学び、古い書物で爆弾の作り方を学んだ。お金を貯めて拳銃だって手に入れた。ヴァルハンに仲間と認めてもらう為に。
エイコは15歳になった。調査隊に入ることの出来る年齢になった。
「ヴァルハンさん、私を調査隊に入れてください。」
「ダメだよ。エイコはここに居てくれないと、みんな寂しがるよ。」
「みんなは私の事賛成してくれます。姉が見た景色を見たいんです。どうか……!」
エイコは姉を理由に使えば行けると思った。
ヴァルハンは少し黙ってこう言った。
「次に戻るまで待ちなさい。」
エイコは夢が叶った。飛んで跳ねて喜んだ。
近所のテントのおばあさん、体術を教えてくれた爺さん、みんな祝福してくれた。ただ1人、8つ上のラリーは反対した。ラリーはルーシェと共に旅を出た時の調査隊の1人で、ルーシェの一件の後に辞めてしまった。
「お前は、現実を見る勇気はあるのか?」
ラリーはそう言って睨んできた。
「あるよ。」
そう言うとラリーは舌打ちをしてどこかに消えた。
1週間後、ヴァルハン達が戻ってきた。エイコの装備を調達してきたらしい。エイコは泣いて喜んだ。これでヴァルハンと一緒に旅に出ることが出来る。
「じゃあエイコ、行こうか」
「はい!」
ヴァルハン達と共に地上への階段を登る。あれだけ近寄るなと言われてきた階段を自分が登っている。それだけでワクワクしている。
「実はね、エイコに僕の跡を継いで欲しいと思ってるんだ。」
「ほんとですか!?」素直に嬉しいと思った。
「世代交代ってやつ。君の熱意は素晴らしいよ。きっと君なら良い隊長になれる。」
「はい、是非やりたいです」
本当はヴァルハンさんと一緒がいいんだけどな……そう言いかけたがやめておいた。
「さぁ着いたよ」
「?」
階段を登ると、大きな四角い箱があった。ヴァルハンがボタンを押すと真ん中から左右に開く。ヴァルハン達は何も言わずに入っていく。全員が入ると扉が閉まり、箱が動き出す。
「よし、みんなマスク取っていいぞ」
ヴァルハンがそう言うと全員がガスマスクを取り雑談を始めた。
「エイコも取っていいよ」
ヴァルハンは笑ってそう言うので、エイコはゆっくりとマスクを取る。
「本当にいいんですか…?」
そう言ったがヴァルハンは何も反応しなかった。
急にベルが鳴り、目の前の扉が開いた。
ガラス張りの綺麗な建物が広がっていた。床は黒くツルツルとしている。窓からは海が見え、遠くに白いドームがいくつか浮いている。オレンジ色の空が広がっていた。
生まれて初めてエイコは外を見た。広がる海も空も。聞いていた話と全く違うその美しさに困惑した。
「ヴァルハンさん……これは?」
「エイコ、案内しよう」
ヴァルハンは歩き始める。円形の扉がパラパラと回転し入口が開いた。人が、沢山居た。
「ここが第1ターミナル」
すれ違う人はジロジロとこちらを見てくる。服装が違うからだろう。エイコはヴァルハンの袖を掴む。
遠くから綺麗な服を着た女性の2人組が歩いてくる。何やら書類を見ており、ヴァルハンを見つけるともう1人と別れた。
「ルーシェ!」
ルーシェ??死んだはずなのに、どういうこと??エイコはもう何も言えなくなった。受け入れられる理解が超えていた。
「こちら僕の引き継ぎのエイコだ。」
「エイコ……こっち、来たのね」
ルーシェは苦笑いした。
「エイコがいた場所はね、ヒトボシって言われる人間が暮らす最下層なんだ。で、今居るのがフタボシ。この上に宇宙で暮らすミツボシがある。地球は限りある資源だからね、不自由なく暮らすには限りがあるんだ。だからね、ヒトボシの人には少し苦労して暮らしてもらっているんだよ。僕達はヒトボシの人を支援したくて活動してる。実は今まで運んでいた食料や道具はね、フタボシやミツボシで使われなくなったものだったんだ。」
エイコは、憧れていたヴァルハンが虚像だった事に気がつく。
幼い頃にヴァルハンが話してくれたおとぎ話のような冒険譚は本当におとぎ話だったのだ。地上で貰ったネックレスは誰かのゴミだった。エイコは絶望した。
「エイコ、こっちで一緒に暮らそう。私こっちの生活をしたら戻れなくなっちゃった。」ルーシェが笑って言った。
「エイコ、これからは君がヒトボシの架け橋になって欲しい。たまに物資を持って行くだけでいい。ヒトボシの人の希望になって欲しいんだ。」ヴァルハンはキラキラとした目で言う。
「……例え、嘘をつき続けても?」
「「そうだね」」
「…ふざけるな!!!!!」
エイコは自分でも考えられないほど大きな声がでた。今まで生きてきてこんなにも憎しみがあふれたことがあっただろうか。ただただ、2人が気持ち悪い。
「架け橋になって欲しい?希望になって欲しい?噓をついて英雄になっているだけでただの偽善者じゃない!!!!!洞窟の皆をみんなこっちに連れてくればそれで解決じゃないの??」
おかしいよ、さっきから!!と付け加えた。
ターミナルにいた人間が一斉にこちらを見た。「何あの子…突然変異かしら」「注射打ってないんじゃないの?」「駅員さん!!」とザワザワ騒ぎ出す。
「エイコ、落ち着いて。さっき言ったでしょ、地球は限りある資源だって。人類には数の限界があるんだ。仕方がないことなんだよ。君は選ばれたんだよ。」気味が悪いことにヴァルハンはずっと笑っている。
「エイコ落ち着きなさい!!しばらくこっちに暮らせばきっと理解できる。そうなった歴史、あとで説明してあげるから。今はただ、受け入れなさい」ルーシェは怒った口調で言う。
「嫌だ!!!!!!」
現実を受け入れたらもう後戻りが出来ないことはわかっている。今の自分の感情を、受け入れる。ルーシェのようになったら人間として終わりだと思った。
「私は、私の冒険に出る。」
エイコは窓に向かって、怪物に投げるはずだった手作りの爆弾を投げた。ガラスが割れやすいことは昔の書物で学んでいた。爆発でガラスが大きく割れる。ただ思っていたよりも頑丈だったので、ヒビは全体に入ったものの人が入るほどの穴が開いただけだった。
ターミナルは大混乱になった。怒号が飛び交う中、ヴァルハンがとびかかってきた。学んだ体術で投げ飛ばす。エイコは穴に向かって走り出し、飛んだ。こんな醜い世界で噓をついて生きるくらいなら死んでも良いと思った。
落ちていく途中、穴からヴァルハンが見えた。
「やっぱり、犯罪者の血なんだね」
何をいっているのか聞こえなかったが、どうせろくなことは言っていないだろうと思った。海に落ちていくエイコは、そっと目を閉じた。
目が覚めたエイコは、砂浜に流れ着いていた。目を開くと、青く、少しだけ黒い海と綺麗な綺麗な茜色の空が広がっていた。呼吸もできる。洞窟と違って空気が美味しい。
「なんだ…ガスも砂嵐もないじゃない。」
急に涙が沢山溢れてきた。こんなことなら洞窟でラリーに止められた時にやめておけばよかったな。いつまでもヴァルハンさんに憧れていたかったな。化け物じゃなくて恩人を投げ飛ばしちゃったな。
エイコはわんわんと泣きながら立ち上がり、前を向いて一歩一歩歩き出した。
これからエイコは沢山の仲間と出会い、突然変異のイカや幼虫と戦うことになる。
それはまた、別のお話。