約束の縁側 第一話
春。紅鏡の金虎の一族の邸に産声が上がる。
その声は生まれたことを知らせただけで、すぐに静かになった。
大人たちは非常に心配したが、ただ眠っただけだったと知って安堵する。
黄色い札が何枚も貼られた白い布で包まれた赤子は、お産で疲れ休んでいる母親の横で静かに眠っていたが、宗主はどこか曇った顔をしていた。
「この子は霊力が強すぎる。このままの状態ではいずれ、」
その先を言葉にする気になれず、落胆する。早々に人払いをして、ここには赤子を含めて三人しかいない。
元々最低限の人間しかいなかったので、すぐに人払いは完了したが、目下の問題は解決策を見出すまで時間がかかりそうだ。
こんな封印符で覆われた赤子を見たら、目覚めた夫人はどう思うだろうか。力が溢れ、それを狙った悪鬼や妖、幽鬼まで呼び寄せてしまう。
それはすでに証明済みで、泣き止んで眠った途端、どこからともなく黒い靄が赤子に集まって来たのだ。
それらはすべて宗主の手で祓われ、封印符で一時的に赤子を隠しているが、このままというわけにはいかない。
(だが、どうしたものか····)
青白い顔をしている藍歌の頬に触れ、それから赤子の小さな手に指を絡める。
握り返されたその感触に、胸の辺りに込み上げてくるものがあった。
「お前の真名は、誰にも教えてはならないよ?怖いものがお前をさらっていったりしないように、隠しておかないといけない。お前の母がくれた名だ。大切にしなさい」
すぅすぅと静かに寝息を立てて眠る赤子に、優しく諭すように宗主は言う。幼すぎて解るはずもないが、それに応えるように赤子の小さな指が、もう一度力強く握り返してくる。
春。小さな庭を彩る黄色や紫の春の花たちと、桜の薄紅色の衣が美しい。
宗主は庭に降り立ち、印を結んで結界を強化する。
どんな悪しきものも入り込めないように。
(ひと月以内に、なんとかする。必ず、)
それ以上は小さな身体では耐えられないだろう。拳を握り締め、何かを決意するように頷くと、宗主は音を立てずに邸を去って行った。
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ひらひらと舞う花弁は、渦を巻くように弧を描いて空へと舞い上がると、邸の屋根の上で寝そべる者の髪の毛に数枚くっついた。
右が藍色、左が漆黒の左右色の違う衣を纏い、左耳に細長い銀の飾りを付けているその若い青年は、両手を頭の後ろで組んで枕の代わりにし、立てた左足の膝の上に右の足を乗せた。
「失せろ。今日からここは、俺の領域だ」
結界に覆われた邸の周りをぐるぐると回るいくつもの黒い靄たちが、その者の声を聞いた途端にさっと離れていった。
それを確認することもなく、眼を閉じて口元を緩める。
「この地は塵が多すぎるな。今のうちに大掃除をしておかないとね」
その夜。
とある紅鏡の外れの平地に、術士たちが手を焼いていた妖鬼や妖獣の死骸でできた大きな山が、ひとつ現れたとかなんとか。