選択肢
「今回はまことに申し訳ございませんでした!」
「はぁ……もういいよ。下がって、はい」
「あ……あの、それで契約の件は……」
「……はぁ? あんなミスしたのにまだおたくの会社と仕事続けると思ってるの!?
どんだけ面の皮が厚いんだよ。気分が悪い。さあ、もう帰ってくれ!」
「……お前、あれはないよ、まったく、はぁーあ。
謝罪は謝罪できっちりやって、仕事の件はまた後日相談しないとさぁ。
社長さん、滅茶苦茶怒り出したじゃないか」
「いや、だって先輩が言えって、さっき会社に入る前に……」
「はぁ? 俺のせい? おいおい一緒に頭下げてやったのにその態度かよ!
やってられないよ! ちょっと俺は仕事あるからお前が課長に報告しろよな」
「あ、あ……」
……クソだ。そもそもあのミスは先輩がやったもの。
そして頭を下げたというが全然下がっていなかったのは
チラッと横目で見て確認済みだ。
さらに仕事じゃなくてキャバクラに行くことはわかっている。
クソ先輩。クソクソクソ。
でも、本社のお偉いさんの息子だというから、みんな強く言えない。
そのしわ寄せが僕にきて……うっ、会社に戻ること考えたら頭が痛い。
ストレスかな。耳鳴りも……。
「大丈夫ですか?」
「……え、ええ。まぁ多分」
「やり返したいと思いませんか?」
「……はい?」
「今から貴方に選択肢を提示させていただきます」
「へ?」
「一つ、先輩のミスということが明らかになり、怒られずに済む」
「いや、あの急に」
「二つ、先輩が車に轢かれて入院する」
「ええ……」
「三つ、会社が潰れる」
「いやいやいやいくら何でも」
「四つ、一万円を拾う」
「五、子猫が寄ってくる」
「貴方が嫌う芸能タレントのスキャンダル発覚」
「課長が痴漢容疑で逮捕」
「先輩が死ぬ」
「大地震発生」
「そして最後、貴方が死ぬ。選びますか? 選びませんか?」
そう言った男は広げた手をパンと合わせ、僕を見つめた。
合わせた手をゆっくりと擦り、まるでそれが砂時計、時間はありませんよ? とでも言うように。
いや、でも、選べって言われてもどれを……。
待てよこの話、何か……そう、聞き覚えみたいなものがあるな。
ああ、そうだ。お金の話だ。
押せば自分が千円、相手が一万円貰えるボタンと
自分はお金を貰えないが、相手が千円損するボタンの二つがある。
自分が千円貰えた方が得だが、それだと相手を大得させてしまう。
お金は貰えないが相手を落として気晴らしするか
それとも自分もお金を貰い、得する事。
つまり相手の足を引っ張らず、自分の得、幸せを優先するかそのどちらか……。
この場合だと、どれを選べば僕の得になるのだろうか。やはり一万円?
先輩のミスが明らかになり、怒られずに済んだところで
あの先輩が反省するとは思えない。
そもそも、先輩のミスであることはみんな薄々わかっていることだ。
課長が大っぴらに僕を怒れなくなるだけで、それが一番かと言うと……。
二つ目、先輩が車に轢かれ入院……うーん、しばらくは大人しくなるだろうけど
想像するに、きっと意識不明の重体というわけじゃないだろう。
せいぜい足の骨折。差し入れを持ってこいってあれこれ顎で使われるのが想像できる。
会社が潰れたら……僕も困る。今の会社にはやっとの思いで就職できたんだ。
子猫……猫好きとしては嬉しい癒しだけどなぁ。
嫌いな芸能タレントのスキャンダルは……
まあ今後そのタレントをテレビで見かけなくなるのは良いけど、でもどうでもいいしな。
課長逮捕かぁ。これが先輩逮捕ならいいのだけど。
かと言って嫌いな先輩とはいえ死を願うのはさすがにな……。
大地震……不幸を大勢に振りまこうっていう腹か。
僕が死ぬっていうのはただの損。いや、安楽死的な話か? まあ論外。
「どうします? やめますか? やめませんか?」
男が顔を近づけ僕に訊く。
一体どれにすればいいんだ……と、冷静に考えれば真面目に取り合うのも馬鹿馬鹿しい話だ。
どれも起きっこない。
……でもこの男。なんだか異様な雰囲気だ。
はっきりとその顔を見ているのにどういう訳か頭に入ってこない。
後で思い出そうとしても夢みたいにその顔をよく覚えていないことが予期できる。
異質な存在。まさか本当に……いやいや、ない。
……でもだとしたら、ささやかな願いで済ますべきだ。
念には念を。後悔はしたくない。それにどんな代償があるかわかったもんじゃない。
「えっと四つ目! 一万円ください!」
「はい。では四番目からですね」
男はそう言うと瞬きの間に目の前から消えた。
まさか本当に? でも一万円はどこにも……なんだ? 頭に何か……。
あ、一万円! 偶然、上から降って来た、なんてことはないな。
じゃあ、さっきの男は本物……。
それならやっぱり先輩に入院してもらった方が良かったかな……。
まあ、これで何か美味しい物でも食べて気晴らしするかぁ……と、あれ?
今の声。そこの路地裏……?
「みゃあ」