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友達をやっかんでしまう中学生の話  作者: 端入 ちさこ
1/5

終業式

後ろからコーラのペットボトルを握った山口が追いかけてきて、僕は逃げるように鳥居をくぐり神社の参道を駆ける。小さな本殿をぐるぐると走りまわって、本殿裏にそびえ立つけやきによしかかった。

ぜえぜえ呼吸を荒げながら、追いついた山口が笑いながら言った。


「よくもやってくれたね」


自動販売機で買ったコーラを、僕がふざけて降りまわしたのだ。それを許すまいとずっと追いかけてきた。

山口は僕と同じ中学一年生で、いちばん仲のいい同級生だ。部活も同じ野球部だし、学校でも休みの日でもこうやってよく一緒に遊んでいる。どんな馬鹿話でも楽しそうに聞いてくれるし、こんないたずらができるのは相手が山口だからで、山口だって本気で怒ってるわけじゃない。だから僕は反省なんてせずに


「走ってしゃわしゃわになってるじゃん。僕のせいじゃないよ」


と言い返しておいた。

僕の声が届いているのか届いていないのか、山口はなんのためらいもなくキャップを外した。容器から泡になったコーラが勢いよくぶしゃーっと霧を吹いた。僕は飛び散る泡を危機一髪かわしたけど、山口の手はべとべとになって、それを二人して笑いあった。


「じゃあ山口が鬼!」


そう言って肩にタッチして、僕は本殿床下の空洞になったところに潜り込んだ。床下はひんやりと冷めていて、さっきまでの焼けるような暑さが嘘みたいだった。


「まってよー」


僕の意図を察した山口も入ってくる。日光が届かない影のなかを、柱をすいすいよけながら追いかけまわり逃げまわり、体力がつきて息がきれぎれになって、地面の石に腰を落とした。


「あぁー疲れたなあ」


すーっと冷たい風が背中を抜けていく。


「もうコーラぜんぶ泡になっちゃったよ」


そう言って見せた山口のペットボトルには、ほんとにしろい泡しか残っていなくて、僕たちはそれを見てげらげらと笑っていた。




燕尾服を着た校長先生がぽっこり盛り上がったお腹を突き出して、賞状を手渡した。「この学校の誇りです」とさっきのお話でも言ってたように、唇をきつく引き締め、ひどく感激した様子で、一枚一枚を丁寧にわたしていく。


受け取った生徒はお礼をして、小さく一歩さがる。

そのたびに、体育館に並ぶ生徒も先生も職員も、みんなが盛大な拍手を送った。そのあいだ僕はひとり、手をふらふらと揺らして、拍手しているふりをした。


いまステージ上で表彰されているのは、一学期に部活の大会や学力コンテストなどでいい成績を残した人たちで、例えば合唱部だったら県大会で金賞をとったから三年生の部長がステージに立っているし、数学のコンテストだったら二年生の眼鏡をかけた頭のよさそうな人が立っている。


そしてそのなかには福井もいた。僕と同じクラスで、休み時間いつも黙ってノートに何か描いているやつだった。誰に話しかけることもなく、そして誰からも話しかけられず、いることを忘れるぐらい存在感なく地味でぱっとしないあの福井が、いまステージ上で校長先生から賞状をもらっている。


絵画のコンクールで優秀賞をとったらしい。絵が好きなんだろうなということは知っていたけど、そんなに上手いなんて全然知らなかった。


僕は職員室の前に飾られた福井の絵を思い返した。……知らず知らず、奥歯を噛み締めていた。


校長先生が全員に賞状を渡し終わり、ステージ上の生徒は右側の階段から降りていく。


そのあいだ僕の前に並ぶクラスの男子二人が、身体を突っつき合ってふざけていた。先生にばれないよう小声でけらけら笑いながら、表彰された生徒たちには目もくれずに、同じ突っつき合いを何度も繰り返している。


それを見て僕も誰かとじゃれ合いたくなった。左隣には山口がいる。いつもみたいにちょっかいかけてみようかな。

山口は黙ってステージのほうを見ていた。山口なら遊びに付き合ってくれるだろう。脇をくすぐろうと左手を腰まであげたとき、教頭先生が鋭く大きな声で閉会の挨拶を告げた。びくっと身体が曲がって、中途半端にあげた左手を、すっともとの位置に下ろす。


なんだか自分のことがばかばかしく思えてきた。


いつもぱっとしない福井が、今日は全校生徒の注目を浴びて表彰されている。しかも校長先生から、我が校の誇りですとお墨付きの言葉をもらっていた。それが悔しくて、でもそれを認めたくなくて、そんな気持ちをうやむやにしてしまいたかった。


こんな自分にだんだん腹が立ってきて、いっそおもいっきり足踏みをして気を晴らしてしまおうかと思った。だけどそんなことをしたら先生から怒られるだけじゃ済まないだろう。同級生たちから一生あざけり笑われてしまうに違いない。だからそんな考えはすぐ捨てるしかなかった。


壁上の大きな窓ガラスから差し込む日差しがまぶしい。蒸し暑い体育館のなかで僕の背中に気持ち悪い汗が流れる。

前のほうでは二人の男子が今なおじゃれ合いを続けていた。


表彰式が終わり、続けて終業式に入る。

教頭先生が高らかに開式の辞を宣言して、流れるように校歌斉唱が始まった。ピアノの前奏が体育館に響きわたり、それにあわせて全校生徒が歌う。


入学式で聞いたとき、男声と女声が重奏的にハモるかっこいい歌声に感動した。全員で同じメロディーを歌う小学校までと違って、男子と女子がそれぞれのパートを歌い分ける校歌があるんだと驚いたことをおぼえている。


本格的な合唱にあこがれて、音楽の授業ではいつも大きな声を出して練習した。頑張ってる人を先生が褒めてくれて、それで僕も褒められて嬉しくなって、もっと上手く歌えるように練習した。だから授業ではとても気持ちよく歌えていた。それなのに、どうしてか、いまは思うように声が出せない。


もうすぐサビに入る。


女子の突き抜けるような高い声と、男子の重厚な低い声がハモる一番盛り上がるところだ。

練習した成果を出したくて、なんとか声を張ろうとお腹に力を入れる。調子が悪いけど、一番大事なところだから、強引に発声した。


そしたら音を外した。


たちまち僕は沸騰したやかんみたいに顔が熱くなった。視線が中空にさまよい、パクパクと操り人形みたいに口を動かして、僕の声は合唱のなかに消えた。そのまま校歌斉唱は終わった。まわりの生徒たちはなにかを気にする様子もなく、まっすぐ前を向いていた。

心のなかでよかったと呟いて、軽く息をはいた。


教頭先生が体育館じゅうにこだまするほど張り切って「学校長、式辞」と告げる。


もう一度校長先生がステージにのぼり、話し始めた。やわらかな口調で一学期にあったこと、そしてそれらを振りかえり思ったことを語っていたけど、そのうち時間の大切さについて語気を強めて説きだした。「毎日の時間を無駄にせず、勉強や部活動に励むことは君たちにとってかけがえのない経験になるだろう」と、床に立ち並ぶ僕たちに熱心に語りかけた。


僕は校長先生の話を聞きながら、その隣の松の盆栽を眺めていた。今日みたいな式典の時だけ置かれるから、近くで見たことはない。くねくねと曲がった幹に、きのこのかさみたいな形をして葉がひろがっている。ここからだとなんとなくしか形がわからなくて、本当は幹がどう伸びているのか、針みたいな葉がどう生えているのか確かめてみたくなった。表彰された人たちには、あれがどんなふうに見えたのだろうか。


そんなことを考えているといつの間にか、ありがたい校長先生のお話は終わっていた。


終業式が済んで、部活もなく昼前に解散となった。明日から夏休みだ。野球部の練習が日曜と月曜以外あるけど、午前中だけだからずいぶんと時間ができる。学校の宿題もあるけど、まさか真面目に毎日やるわけない。だから夏休みどうしようかなと考えて、一か月間もあるわけだし、なにか新しいことに挑戦してみたいと思った。


そしてそれは単に時間をつぶすために、新しい趣味を見つけたいというわけじゃなく、むしろ今日表彰されていた人たちみたいに、他人に誇れるものがほしいなと思ったところのほうが大きい。


理由はなんだっていいんだ。僕もなにか夢中になれるものが欲しいんだ。


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