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星花の茶道部

11期開始後に、10期を書くとはね......

 だんだん太陽の光がの強くなって、薫風だとか唐衣といった夏の銘が付く頃、学校の敷地内とは思えないくらいに、本格的な日本庭園は草花に満ちていた。青い葉っぱの香りがした。


「あったかいですねぇ〜」


「あったかいねぇ」


 しみじみと呟いて、抹茶を一口。うーん、いい。クラスも一緒で仲良しの花房舞と、好きなようにお茶を点てて、縁側でのんびりカジュアルなお茶会。はっきり言って最高。


 わたし、御山加奈子は2年から星花女子に転入した。そんなに長く通っているわけじゃないけど、なんだか肌に合う。それも星花での日々がとても充実してるからかもしれない。星花で入部した茶道部はとても居心地が良い。建物とか設備といった物質的なものだけじゃなくて、部員の性格とか、部の雰囲気とか、きっちりまじめにお稽古しててもくつろげる。


 飲み終えた茶碗の口をつけたところを指でなぞって雫を取り、向きを戻して置く。


「わたし下げてくるね」


 舞にそう声をかけた時、それは起こった。


「あ、てんとう虫」


「ひっ!?」


 てんとう虫といえば、可愛らしい丸いフォルムの甲虫で、マスコットやアクセサリーのモチーフとして使われることも多い。

 

 しかし、本物が可愛いとは限らない。


 わたしにとって虫はどうしても苦手なもので、怖いとか嫌いとかの以前に無理なのである。それがどんなに可愛くて綺麗な虫でも。


 そんなことに配慮してくれないてんとう虫は、小さい羽を動かして縁側の近くまで飛んできて、よりにもよって手の先にとまった。昆虫特有の、グリップのある脚の感触が人差し指から伝わる。ひぇっ。


「ま、舞、ヘルプミー......」


 小指の爪より小さい虫に制圧された私は、舞に助けを求める。舞は、手に止まったてんとう虫をじっと見て、こう告げた。


「ナナホシテントウだね!」


「観察してないで早くとって......」


 マイペースでとても優しい友人は、そう言いながらも綺麗な所作で茶碗を置くと、手の先でじっとしているてんとう虫を捕まえようと手を伸ばす。舞の手が近づくと、異変を感じたのかてんとう虫は、その短い6本脚を必死に動かして、腕の方へ登ってくる。


「ま、舞!?」


「んー、えっと、手を上げてみて。てんとう虫は高い方に移動するはずだから......」


 一瞬焦ったけれど、言われた通りに手をあげると、てんとう虫はくるりと回転して、ゆっくりと元いた手の先まで戻ってきた。そして赤くて光沢のある前翅を広げると、透明な後翅を動かして、空へと飛んで行った。


「びっくりしたぁ......」


 舞が居て良かった。てんとう虫の攻略法がわからなかったら大変なことになっていた。難儀なことに、わたしは虫が嫌いなくせに、払うことも可哀想に思えて手出しができない。周りに人がいなかったら、虫が満足するまで這いまわられて終わりなのだ。


「あ、でもね、てんとう虫って幸運の象徴なんだよ。手とかにとまるともっといいみたい」


「へぇ、幸運の象徴なのは聞いたことあるけど、とまると更にいいんだ。なんかいい事あるかなぁ」


「なんだろうねぇ、恋人が出来るとか?」


「えー、わたしには無理だって」


 「そんな事ないよ〜」と、舞はいうけれど、多分わたしはモテない。告白されたことはないし、見た目はお嬢様っぽくてそれなりに綺麗な方らしいんだけど、周りの娘みたいな可愛らしさとか、守ってあげたくなる要素はない。むしろ「黙っていれば美人」だとか言われることの方が多い。ほとんど気にしたことはないけれど。


「加奈子はそのままでいいんだよ、ギャップ最高!」


「なにそれ」


「むしろ加奈子のままかにゃこになって!」


 舞が目を輝かせて、よくわからないことを言い始めたけど、まぁいっか。飲み終えた二人分の茶碗を流しに持っていく。スポンジで洗って、キッチンペーパーで水気をとって、棚に戻した。あと少し棚を整理しておく。


 そこまでやってから縁側に戻ると、舞は難しい顔をしていた。


「どうかした?」


「いや、ね、ちょっと気になって......」


「なになに?」


「タカラガイが通貨なら綺麗な甲虫って通貨になってたのかなって」


「ごめん、なんの話......?」


 縁側に腰かけて、難解な話を聞きながら、ほかの茶道部員がくるのを待つ。しばらくすると、わいわいきゃっきゃっしながら歩く音が聞こえてくる。


 ふと、思いつく。外の彼女たち茶道部員は中に誰かいるかわからないのでは? サプラーイズで茶道部流おふざけをするチャンスなのでは?


「舞、ちょっと出迎えてくる」


 そう言ってわたしは茶室の玄関まで行くと、声を作ってスタンバイ。ドアの近くまで話し声が近づいてくるまで待つ。......今だっ!


「おかえりなさいませ、お嬢さまぁ」


 勢いよく戸を開け、わざとらしく可愛い声で部員のみんなをお出迎え。


「60点。やりなおしかなぁ」


「メイド服を着ておくべきだった。減点」


「加奈子っちはもうちょい突き抜けるべき。あと猫被るな」


「......一箇所ぐらい褒めてよ!?」


 お互いに軽口を言いながら、笑う。付き合いはまだ短いけれど、踏みこめる間合いとか、ノリの良さだとか、なんとなく理解しあえてる......ような気がする。


「おーごめんよ加奈子っち。出オチだったけど頑張った!」


「よしよし、猫被ってもなくても可愛いよ〜」


 かわいいかわいいと、抱きしめたり頭を撫でたりして、テンションが下がったように見えるわたしを慰める。それに舞も参加してきて、全員に抱きしめられた。


 「ちょっ、やめ。苦しいって。あ、どこ触ってんだやめろ、ぐえっ」


 わちゃわちゃするの、私はあんまり好きじゃないんだけど、今は別。みんなならいいかなって、もみくちゃにしたりされるの。いつもより5割り増しくらい笑っている感じがする。

 

 部活だけじゃなくて、学校外でも遊びたいな。夏になったら、皆でプールとかバーベキューとかやってみたい。楽しいだろうなぁ。ふふ。あ、ちょっと恥ずかしくなってきたかも。


「加奈子!? ちょ、きつ......力強っ!?」


「あ、ごめん、つい」


「お願いだから手加減して......」


 悪かったって。とりあえず頭を撫でてみる。すごく変な目で見られた。ちくしょう。


「そういえば、今日のお茶菓子って何?」


「えー、なんだっけ、舞?」


「えーと、羊羹のなにか......だったよ?」


「だってさ」


 そっかー、と納得する部員の皆さん。なにかってなんなんだろう。栗なのか水なのか、はたまた夜の梅なのか。夜の梅だといいなぁ。すごく餡子美味しいし。


「加奈子たちはもうお茶点てたの?」


「うん、さっき飲んだところだけど」


「じゃあ、あたしらも点てるか」


 そう言って靴を綺麗に揃えて、部室に入っていく部員たちを眺めていると、ぐいっと袖を掴まれる。振り向くとそれは舞だった。


「どうかした?」


「いや、さっきね、タカラガイの話で濁したけど......」


「濁しだったのね、あれ」


「加奈子はたぶん、恋人ができるよ。なんとなくだけど......。ああ、うん。恋人っていうか、特別な人っていうか......」

 

「まじか、誰だろ」


「わたしの乙女の勘です。多分いるよ!」


 あ、これ知ってる。乙女ゲーでよくある構図とセリフ。舞が言うと可愛いなぁ、乙女の勘。言ってみたいセリフの中にランクインしそうだわ。まぁ、わたしが言ったら微妙な感じになるけど。

 でも、色恋の話っていうのは、興味がないって思っててもドキドキしてくるもので。


「どんな奴なんだろなぁ......」


 ぐにょぐにょとした人型を頭の中でこね回しながら、いつものように、舞と一緒に茶室へ入るのだった。

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