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恋文_2017  作者: サモエド
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第五話

 

 焦げた匂い。スマートフォンの無機質なライトが、暗闇の中から木造の扉を浮かび上がらせる。

 とある神社、その地下。神社の床の隠し戸を開け、その下に続いていく石造りの階段を降りた先。物部 祓は商業施設から走り続けて、ここまでやって来ていた。その手には、途中でバッグから引き千切ったお守りが握られている。

 地下の冷えた空気を吸い込み、火照った体を冷やす。

 周りの石の壁には、焼けた跡や何らかの黒い染みが残されている。それを見る度に、祓の脳裏にあの夜が去来する。孤独が彼女の記憶の扉を叩く。あの恐ろしい夜。

 それを振り払うように、祓は目の前の扉に手をかけた。

「…ただいま、お姉ちゃん」

 扉を開く。あの夜そうしたように。


 ………


 彼女の姉は物部伽藍という。京都に住んでおり、関東に住む祓は伽藍とは三年もの間会っていない。それは伽藍がそうするように言ったからで、それを祓が忠実に守ったからでもある。祓はもちろん寂しさは感じていたが、ただ毎朝伽藍からメールが来るので寂しさが限界を越えることはなかった。そしてある種の焦燥が、忘却と慣れによって消えることもなかった。あの夜から、彼女の中でずっと続いている。

 もう一つ、伽藍が祓に言い渡したことがある。それは、『毎朝のメールが来なくなったら、私は無事ではないかもしれないが、私か、私に準ずる者たちに、そのお守りの中身を渡してほしい』というものだった。

 そのメールが今日来ていない。遅くとも昼前には毎日三年間続いていた連絡が、このタイミングで途絶えた。何かの間違いだったとしても、今自分が京都にいる以上、ここで伽藍の元に向かわない選択肢は無い、と祓は考えていた。

 祓はお守りを握りしめる。連絡が断たれた今、彼女と伽藍を結ぶのはこのお守りしかない。

(…会ったら文句の一つでも言ってやろう。これだけ妹に寂しい思いをさせたんだから)

 そう自分を鼓舞して、扉の奥に一歩足を踏み入れた。


 扉の奥には、まるでお屋敷の廊下のような空間が広がっていた。通ってきた扉は廊下の行き止まりにあり、その先に目を向けると、無限に続くような廊下と等間隔の十字路、光源の行灯が繰り返しており、その途方もなさに祓は眩暈を覚える。

 朧げな記憶を頼りに果てのない廊下を歩いていくが、右に左にと曲がるうちに方向感覚すら失いそうになる。外が見えるような窓は一つも無い。何故ならここが地下であるからだ。

 祓の記憶では、これだけ歩けば誰かに会うことが出来るはずだったが、現在では状況が違うらしい。

 歩いていくと、唐突に開けた場所に出た。その場所が開けている理由は、人の背丈の三倍ほどもある巨大な観音開きの鉄扉を開けるスペースを確保するためだろう。祓はこの恐ろしさすら感じさせる扉に見覚えがあった。けれど一度も中に入ったことはない。この鉄扉の内側には入ってはならないと、祓は幼少の頃から教えられていた。

「………」

 その鉄扉が少しだけ開いていた。開いているところなど一度も見たことのない扉が。

 祓は意を決して隙間から入り込む。


 光源は分からなかったが、内部は廊下と変わらず一定の明るさを保っていた。

「うわぁ…!」

 それでも、そこに広がっていた空間の果てを見ることは叶わなかった。横幅は鉄扉と同じくらいだが、上方と前方に空間が尋常でない規模で広がっている。天井はまだ辛うじて目視できるが、前方に道のように続くその先は、入り口からでは確認できない。そして、驚くべきことに、空間の両側に聳える莫大な面積の壁は、全て本棚になっているようだった。

 それらが本棚だと分かったのは、その壁一面の棚に本が収められていたからである。しかし、全ての棚に本が敷き詰められているわけではなく、むしろ何も入っていない棚の方が多く見受けられる。それでも収められている本の数は半端ではない。ハードカバーや革の洋書もあるが、一見して多いのは和装本であった。巻子本、いわゆる巻物なんかも相当数ある。

 そんな中に、祓の目に止まるものがあった。入り口付近の棚に平積みにされた黒い数冊の本。埃が払われており、最近誰かが読んだことが伺える。

 一冊を手に取ると、表紙には白字で『TAKAMURA:820』と書かれていた。

 飛ばし飛ばしで内容を検めると、どうやら平安の時代に起きた悲劇について書かれているらしい。最後には、主人公の妹が死んでしまうようだ。しかし所々おかしな、まるで超能力でも使ったかのような記述が目立つ。

 他の本もまた黒地に白字で、同じく悲劇の物語が記録されているようだった。

 歩き続けで疲れた祓は、ページを捲りながら一度床に座って考えをまとめようとする。

(この本は誰かが最近読んだ本だ…しかも、何か目的をもって集められたはずの物語…。誰かが、もしかするとお姉ちゃんが、ここに集めた物語に何かを見出そうとしていた…?)

 祓の呼吸が段々と深くなっていく。

(ここに何か…このおかしな事態のヒントが…何か……なんだか…空気が薄いような………)

 祓はそのまま目を閉じる。

 手から滑り落ちた本が、床に落ちてその表紙を閉じた。


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