第十四話
「…ゲホッ、うっ、…何だ…?」
副官は腹部に激痛を覚え、倒れた自分の体を見る。誰かが応急処置をしてくれたようだった。
「副官!!」
自分を呼ぶ声がするので見ると、七堂が頭の近くに膝立ちしていた。
(きっと彼女が応急処置をしてくれたのだろう…)
副官は礼を言おうとするが、うまく喋れず、咳き込んでしまう。
「安静にしていてください、八瀬童子の方々が応急処置をしてくれましたから」
その言葉に周りを見渡すと、黒を基調とした服を着た集団が、操られ身体の自由が効かない京都支局の職員たちを横にさせている光景が見えた。
その光景を前に、副官はただ、悔いた。そして目を閉じた。
七堂は副官の状態を確認し、気を失っているだけだと判断する。
(しかしこの傷、ギリギリで急所を避けている…これは一体、…いや、あるいは…)
吹き抜けになった天井から外の様子を伺う。外での戦闘が終わったのか小康状態なのか、つかの間の静寂が京都支局を支配しているようだった。
七堂は己の手のひらに目を落とし、拳を握り込む。その一連の動作の後、確信する。
(体の、意識の拘束が、少しだけ緩くなっている…動くなら、今しかない!)
未だ力がうまく入らない足を叩き、彼女は走り出す。
………
京都支局に瓦礫の山が幾つも生まれている。その瓦礫の山の一つを、ボロボロになりながら祓が登っていた。左手にはお守りを握り、血だらけになった右手で瓦礫を掴む。
ギギギ…と鈍い音がして、降り注いでいた月光が遮られる。空を仰ぐと、半分ほど身の削れた五重塔が、祓が登っている瓦礫の山に倒れ込もうとするところだった。
瓦礫の山に身を叩きつけ、バラバラになる五重塔。そのあおりを喰らい、祓は瓦礫の山を転がり落ちる。
砂利の上で丸まって痛みに耐えていると、左手のお守りがなくなっていることに気づいた。周囲を見渡しても、何処にも見当たらない。
頭を垂れ、唇を噛む。それでも、祓は立ち上がった。その目には確かな信念だけがあった。
………
愛絶の前に、桃は満身創痍で立っていた。
屋敷から抜け出し、ほとんど這うようにして愛絶の前まで辿り着いた桃は、もう立っているのがやっとだった。
愛絶は横目で桃を一瞥すると、刀を抜く。
「もう飽きた。さっさと完結するといい」
なんの躊躇いも無く右手で大太刀の切っ先を桃に向け、突いた。
永遠とも思える一瞬の中で、彼女は確かに諦め、まぶたを閉じ、
身体を衝撃が襲った。
横殴りの衝撃の最中、泥めいた体感時間の中で彼女は目を開き、バイクの座席から飛び出しながら桃の身体をしっかと抱える黒鵜の姿を捉えた。
そのまま慣性に従いバイクと彼らは横ざまに瓦礫の山の間へ突っ込んでいく。バイクは瓦礫の山に車体を半分埋めながら止まり、彼ら二人は地面を激しく転がった後、動きを止めた。
カイは大きく咳き込むと、うつ伏せの自分の身体を持ち上げながら声を絞り出す。
「テメェ………余計な仕事増やしやがって……」
桃はなんとかそちらの方向に顔を向けるが、起き上がるような力は残っていないようだった。
愛絶の追撃はない。その事実に安堵しながらも、カイは無理矢理に身体を起こし、力を使いシラウオを呼び寄せようとする。
「…!!」
そこで気づき、カイは弾かれたようにシラウオを注視する。愛絶の突きをまともに受け、車体の中程から大きく抉れてしまったメタリックシルバーの愛車を。
数瞬の呆然の後、震える手を握り締め、カイは地面を打った。
「…シラウオが、死んだ」
その姿を見た瞬間、桃は自分の中の行動指針というものを完全に失ってしまった。
(八瀬童子の再建も、母の敵も、私には何も成せなかった…ここから、何をしたらいい?)
特定の物品を操る能力者にとって、その物品というのは例外なく思い入れのあるモノである。それを桃も知っていて、それ故に彼の痛みは理解できた。
(何かを成そうとする度に、何かを失う…何かを失わせる。私は、もう何もするべきじゃない?)
そもそも身体は限界で、そして何より絶望に支配されてしまった桃は、地面の上で胎児のように丸まるとそれきり動かなくなってしまった。
そんな桃の様子をちらと見たカイは、重い体を引き摺って死んでしまったシラウオを瓦礫の山から引き抜く。引き抜かれ、その傷跡を露わにしたシラウオを前に、カイは真剣な眼差しを注ぐ。その目はまだ、諦めていない目であった。
(シラウオは死んだ…これは覆せない。だが俺はバイクの天才だ。つまり、俺の相棒の死体から、新しいバイクを創り出すことも不可能じゃないはずだ。やったことはない。否、やってやれないことはない!!考えろ、俺が力で修繕できる範囲、最適な設計、そしてこの状況を覆せるような何かを…!!!)
カイは左手で力を使いバイクの内部構造の修繕を図りながら、足りない部品を補うために桃の腰のホルダーから例の拳銃を断りも入れずに引き抜くと右手で分解する。恐ろしいほどの手際の良さで作業を継続しながら、カイは考える。
(この状況を覆すための何か…それは本当に新しいバイクなのか?何か新しい方法…別の…)
そこまで考えて、カイはハッと手を止める。
「あるじゃねェかここに…新しい方法、別の異端書が!!」
持っていた部品を放ると、カイは腰のショルダーバッグに手を掛け、開きながら叫ぶ。
「クーラの書!!代償は何だって払う、だから俺に、力を貸せ!!」
ガバリと勢いよく開けられたショルダーバッグの中にはクーラの書は無く、折り畳まれたブックカバーだけが寂しく残っていた。
「…マジかよ」
カイがその格好のまましばらく動きを止めていると、目の端にちらと動くものがあった。そちらをパッと向くと、屋敷の残骸の上に立つ衣鳩の姿が映った。カイやその他の状況など気にせず、衣鳩は残骸の上で助走をとると、一気に踏み込む。
「オイオイオイ、どいつもこいつも考え無しかよクソったれ!!!」
黒鵜の叫びをよそに、衣鳩は跳んだ。




