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恋文_2017  作者: サモエド
16/21

第十三話

「あの目…」


 ふらり、と。夢遊病めいて桃が愛絶に取り憑かれた伽藍に向けて踏み出す。


「なんかヤバそうだから一旦逃げるぞ…ってオイ!」

「あの刀…」


 黒鵜が桃を止めようとするが、その前に桃の体はふわりと浮き上がり、横の壁に着地した。


「覚えている…!!」


 桃はホルスターから拳銃を抜くと、弾丸のように壁を駆け出した。伽藍の方向へ向かいながら桃は壁を駆け上がり、天井から伽藍に向けて十字の刃を乱射する。

 それに対し、伽藍に取り憑いた愛絶は己の頭上を刀でゆっくりと凪いだ。


「!!!」


 桃の第六感がアラートを発する。ギリギリでその太刀筋を躱すが、まるで巨人の爪が削っていったかのように、太刀筋に沿って天井が押し分けられていった。その破壊の渦に巻き込まれ、桃の体は天井の外へ押し流される。


「ハハハ!!この身体良い、良いぞお!!」


 己の開けた穴から月明かりを浴びて哄笑する愛絶。


「オイ逃げるぞガキィ!!」

「…さっき物部が居たような…」

「いいから行くぞお荷物野郎!!」


 黒鵜は衣鳩の首根っこを掴むとダッシュで外に停めてあるシラウオまで戻る。黒鵜はシラウオに乗り込み、後部座席に衣鳩を放り込むと、シラウオのエンジンを唸らせ急発進する。

 崩壊しかけた建物を離れて京都支局の敷地を走行していると、唐突にクーラの書が喋り始めた。


「こんなところであの子と出くわすなんて…」

「うわっ、急に喋るなって!」

「コイツ、もう喋れるところまで回復しやがったのか!?」

「当たり前よ!そんじょそこらの異端書とは違うのよ!」


 黒鵜はシラウオを駆りながらショルダーバッグを開けてクーラの書が入っていることを確認する。衣鳩は風圧に負けないよう半ば叫ぶようにクーラの書に質問した。


「なあクーラの書!お前あのヤバいのと知り合いなのか!?」

「知り合いって言うよりライバル…かしら。あの子もあんななりだけど、広義で言えばあなた達の定義で言うところの異端書なのよ。悲劇的な愛が大好物の」

「異端書!?どう見たって本じゃねえだろ!?」


 シラウオを走らせながら黒鵜が叫ぶ。


「正確に言えば振動記録の金属情報媒体なのよ、あの子!私みたいな紙媒体の本じゃないの!人に取り憑いて、その人を操って周囲の愛や恋を悲劇的に仕立て上げるのが大好きな性悪女よ!どこかで刀に打ち直される前まではあんなにアグレッシブじゃなかったのに…!」

『そう言う貴様も人のことは言えないだろう』


 唐突に頭に割り込んできた言葉に、衣鳩は顔をしかめる。


「これが愛絶とかいうヤツってことか…!」


 同じ声を聞いた黒鵜が舌打ちして言う。同時に急カーブして直角に進路を変えた。


「うわっ!」


 衣鳩は振り落とされないように黒鵜にしがみつく。辻風めいた暴風が通り過ぎ、衣鳩が先程までの進路に目をやると、その先にあった屋敷がごっそり削り取られていた。

 黒鵜がヤケクソ気味にクーラの書に叫ぶ。


「オイ異端書ォ!!あのクソみたいな威力のチカラは何だ!?」

「あれはきっと支配下においた京都支局の能力者全員の能力を無理矢理一つに束ねて使ってるんだわ!」

「無茶苦茶なことしやがって…!!」


 黒鵜が愛絶がいるであろう方向を見ると、丁度五重塔が根本からねじ切られ、宙に浮かぶ様子が目に入った。黒鵜は唖然とし、バイクを止めた。


「…オイ、ガキ…降りろ」

「…え?」

「降りろっつってんだ!!」


 黒鵜は衣鳩の腕を掴んでバイクから引き摺り落とした。黒鵜も同時に降車し、地面に転がった衣鳩の胸ぐらを掴んで立たせる。そして至近距離で怒鳴るように言った。


「今お前に出来ることは何も無い!今お前が役に立てることは一つも無い!!だから死にたくなけりゃそこの屋敷ん中で縮こまってろ!!運が良けりゃ死なずに済む!!」


 黒鵜は衣鳩をそのまま屋敷に突き飛ばし、シラウオに乗って走り出す。


(胸糞悪いが…行動する意志を奪っておかないと、巻き込まれて死にかねない…それくらいヤバい状況だ、今回は)


 徐々に速度を上げていく。向かう先には、異能による地獄絵図が作り上げられていた。


 ………


 屋根の破壊に巻き込まれた桃は、空中で体勢を立て直し別の建物の屋根に着地していた。

 愛絶は悠然と浮遊し、桃が着地した屋根に音もなく降り立つ。

 マチェットめいた刀を構える桃の表情に余裕は無い。目立った傷こそまだ無いが、愛絶の恐ろしいまでの力を目の当たりにし、相手の強大さを痛感していた。


(下手に飛び込めば死ぬ…そもそもこれは身一つで戦ってなんとかなる相手なのか…?)


 動けない桃を見て、愛絶は思い出したように言う。


「ああ、もしやお前、あの時わざと残しておいた娘か?」


 桃の脳内にあの夜がフラッシュバックする。煙の匂い、耳鳴り、そして青い目。


「ハハハ。良い悲劇に育っておるわ」


 桃の頭の中が真っ白になった。

 桃の体は尋常ではない速度で加速し、愛絶に肉薄する。


「あああッ!!!」


 目にも止まらぬ三連撃を放つが、全ていなされる。次いで愛絶の放った袈裟斬りを、桃はかろうじて刀で受け止めた。


「ぐっ………」


 受け止めきれないと判断した桃は己の刀を屋根に突き刺す形で受け流し、同時に右足の踵で自分の腰に提げてあるニ本目の刀の鞘の底を蹴り上げる。


「ッシィッ!!」


 桃はその場でミニマルに空中横回転し、下から蹴り上げられ空中に抜刀された刀を愛絶に向けて蹴り放った。

 それを愛絶は最低限の動きで避け、クルリと回って飛び去る刀を左手でキャッチし、お返しとばかりに桃に投げ放つ。


「…!!」


 桃は地面の刀を抜いて、ギリギリのところで上空に弾いた。同時に左手で左太ももの拳銃を抜き撃ち――しようとしたが、直前に愛絶が太刀を銃口に差し込んでいた。


「チッ!!」


 暴発を恐れ拳銃から手を離し、桃は高く跳び上がる。空中に弾き上げられていた刀をキャッチすると愛絶を見下ろし、目が合う。

 愛絶はゆっくりと太刀を凪いだ。

 衝撃が桃を襲う。

 弾き飛ばされた桃の体は五重塔をぶち抜き、宙を舞った。


「―――――――!!」


 未だ吹き飛ばされながら、桃は空中で意識を取り戻す。衝撃を受ける直前、衝撃を殺す方向に最大限の力を使って「落ち」、五重塔は衝突直前に右の拳銃で爆破したおかげで死んではいなかったが、何度もできる芸当ではない。


「クソッッ…がぁ!!」


 桃は地上に向けた手を握り込む。五重塔の一つに「落ちる」能力を使い、まるでワイヤーを引っ掛けたかのように五重塔を中心に空中でカーブする。


「…ぉおおおおああアァッ!!」


 180度カーブしたところで能力を解除し、吹き飛ばされた速度そのまま、それに更に加速をかけて、愛絶の元へ突っ込む。

 地上の愛絶が別の五重塔に手をかざすと、五重塔が根本からねじ切られ、二つ三つに崩れながら桃に向けて射出された。

 桃は一つ目の瓦礫を身を捻って躱し、二つ目の巨大な五重塔の残骸の上を走り、三つ目の長大な残骸を刀で押し返す。

 愛絶は刀を構えた。

 桃は空中で刀を振りかぶり、到達と同時に振り下ろす。

 衝撃が走り、周囲一帯を土煙が覆う。

 土煙の中から弾き飛ばされたのは桃であった。そのまま屋敷の一つに突っ込み、姿が見えなくなる。

 戦場に一時の静寂が訪れた。


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