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恋文_2017  作者: サモエド
14/21

第十一話

 シラウオは爆発的に加速した。


「ォオラァ!!」


 ギィン!!と金属の擦れる音が響く。

 横を抜けざまに放った黒鵜の横薙ぎのカッターを、桃は腰から抜いたマチェットめいた刀で冷静に受け流していた。

 黒鵜はそのまま座敷を飛び出し、外の広く砂利の敷き詰められた空間でドリフト旋回し桃を正面に捉える。…はずだった。


「消えた…!」


 顔をしかめる黒鵜よりも早く、衣鳩が叫ぶ。


「上だ!!」


 桃は人間の跳躍力を遥かに上回り、黒鵜たちの上に飛び上がっていた。日が完全に落ち、深い青に変わり始めた上空から、桃はありえない速度で直滑降する。


「――シィッ!!」


 歯の隙間から息を漏らし、空中で回転を加え、刀を振り下ろす。

 ギャリギャリギャリ!!と金属が再び擦れ、火花が散った。

 先程桃にやられたように、黒鵜もまたカッターを斜めに構え振り下ろしを受け流していた。しかし、今の一撃でカッターの方は使い物にならなくなってしまった。


「頭下げてろ!」


 バイクのすぐ隣に着地した桃は衣鳩にそう叫ぶと、至近距離から黒鵜に斬りかかる。それを黒鵜はライダースジャケットの腕で受けた。傷はついたが、出血の様子はない。


「しっかり防刃だっつーの、オラッ!!」


 黒鵜はバイクに跨がりながらの鋭い蹴りを放つが、桃は下を潜るように躱しバックステップで距離をとる。


「出番だシラウオ!!」


 黒鵜が叫ぶと、シラウオの車体の両脇前方がメカニカルに開口する。けたたましい機械音と共に、開口部から左右一基ずつ、合計二基のバルカン砲がせり出した。

 桃はその様子を見て眉を顰めて呟く。


「…クソダサいな」


 衣鳩は激しい揺れに気持ち悪くなりながら、心の中で「いや、これはカッコいい」と独り言を言った。

 黒鵜がハンドル近くで何かしらの操作をすると、バルカン砲は砲身を傾け、照準を桃に合わせる。


「チィッ…!」


 バルカン砲は獲物を前に唸りをあげ始める。砲身が回転を始めると同時に、桃は走り出す。その横に追従するように黒鵜はバイクを走らせた。桃が十字の刃を撃ち、シラウオがバルカン砲を横ざまに放つが、双方当たらず、両者は速度を上げていく。速度が上がるにつれ、まるで月面で走っているかのように桃の一歩がだんだんと大きくなっていく。


「突っ込むぞ、しっかり捕まってろ!」


 黒鵜が叫ぶと共に、両者は並び立つ別々の屋敷に突っ込む。

 シラウオはバルカン砲で、桃はホルダーから抜いた例の拳銃で、眼前に迫りくる壁を破壊していく。


「―――――!―――!!」


 衣鳩は屋敷の中を抜ける際、黒鵜の耳元で何事かを叫ぶ。黒鵜はそれを聞き、壁の破片を掻い潜りながら目を見開いた。

 黒鵜はそのまま一直線に壁を破壊して屋敷をぶち抜くと、真横に追従していたはずの桃が消えた。

 ドリフトで急ブレーキをかける黒鵜。その足元に、十字の刃を紐で纏めたものが転がる。


「まずい…ッ!!」


 黒鵜は加速し距離を取ろうとしたが、爆風が衣鳩たちの体をシラウオごと屋敷の屋根の上まで浮かび上がらせた。

 飛び込んだ屋敷を抜け切らずに屋根に上がっていた桃と目が合う。例の拳銃を真っ直ぐに黒鵜たちに向け、撃った。


「ヤロウ…!!」


 黒鵜の主観時間が鈍化する。意識レベルを落とし、シラウオと同調させる。己の精神を延長し、バルカン砲の砲身を精神上でしっかと握る。


「………!!」


 左右の砲身を繊細に操り、撃ち出された十字の刃を全て撃ち落とす。

 黒鵜の主観時間が元に戻った。爆発の勢いのまま桃を飛び越え、屋根に着地する。意識レベルを通常まで戻した黒鵜が桃に何が叫ぼうとするが、桃は意に介さず、刀を抜く。そして、あたかも屋根が唐突に垂直になったかのような挙動で、黒鵜たちの方向へ()()()()()()()()


「―――シィッ!!」


 どうあっても避けられない斬撃。そう思われたが、黒鵜は能力を使用しバイクを変形、車体を沈み込ませ、ヘルメットで刃を掠りながらも回避する。その直後、滞空する桃の腕を掴み、黒鵜は屋根の上に桃を思いきり叩きつけた。


「ぐ、ぁっ…!」


 能力使用直後の隙を突いた攻撃に、声にならない呻きをあげる桃。

 バイクから転げるように降り、桃の体を押さえつけながら黒鵜は叫ぶ。


「よく聞けクソ忍者!テメエら騙されてんだよ!!」


 ………


 京都支局副官、ニ松は支局内のとある屋敷の廊下の隅で震えていた。


「ああくそ…どうなっているんだ…どうしてしまったんだ京都支局は…!人員が消えるわ、八瀬の奴らがヤケを起こすわ、私に一体どうしろって言うんだ…!」


 目の前を鬱陶しくチラつく布面を引き千切ろうと掴み、震える手でそれをやめた。彼の持つ『己に対する認知をズラす』能力は顔を隠すことによって効力を増す。だが、状況は既にその力でどうこうできる範囲を超えてしまっていて、彼にもそれはわかっていた。

 その彼の震える背に、複数の影かかかる。


「ひっ…!!」


 現れた桃たちを見て恐れおののき、副官は背を引きずって後ずさった。


「お前…黒鵜カイ…!何故八瀬童子と共に行動している…!?」


 カラン、と。その懐から、翁の能面がまろび出た。


「………」

「ほらな?」

「…認めたくないが、この京都支局副官が、エトセトラの男を名乗っていたのは間違いないのか…」


 桃は苦虫を噛み潰したような顔をして、太もものホルスターに手をかける。

 衣鳩が黒鵜の背中側から顔を出し、副官の顔を凝視して、頷く。


「…うん。あの廃ビルで会ったやつだ。それで結局、こいつは歴史書なんとかってやつなのか、エトセトラとかいうやつなのか、どっちなんだ?」


 衣鳩は屋敷の中をバイクで破壊する道中、黒鵜にこう伝えていた。


『廃ビルで会った能面の男と、今逃げていった副官を名乗る男が、同じ目をしていた』


 その言葉と、己が感じていた違和感を総合評価し、黒鵜はまず副官を名乗る男を捕まえることを優先したのだ。そのため、黒鵜は桃を説得し、八瀬童子の攻撃を一時止めさせていた。


「コイツは京都支局副官で間違いない。テメエら八瀬童子は、コイツに能力か何かでまんまと騙されてたって訳だ」


 黒鵜は口の端を上げると、衣鳩の頭を荒っぽく撫で、髪をもみくちゃにした。


「これはテメェの手柄だぞ、ガキ」


 うわクソ、やめろ、と言いながらも、何かができたことが嬉しかったのか、衣鳩は満更でもなさそうにしている。

 そんな彼らを置いて、桃は副官に一歩踏み出す。


「…私たちを、完全に抹消しようとしたのか…?」


 桃から放たれる静かな殺気に、副官は慌てふためきながら必死に逃れようと近くの戸を開き転がり込んだ。カイが舌打ちする。


「地下に入られるとメンドクセェ、追うぞ」


 桃たちもそれを追うと、そこはかなり広い板張りの大広間で、灯り一つ無いせいでかなり暗かった。大広間の真ん中辺りから副官の過剰な呼吸と転げる音が聞こえた。


「とりあえず捕まえるぞ、話を聞くのはそれからだ」


 黒鵜がそう言って副官の気配の方へ捕縛にかかろうとすると、

 ボッ、と。衣鳩たちから左の方向、広間の隅にあったらしい燈台の一つに火が灯った。今度は衣鳩たちのすぐ右の燭台に火が灯る。一つ、二つ、三つと順に燭台に火が灯っていき、広間の全景が明らかになっていくにつれ、衣鳩たちは驚きに目を見開いた。

 誰も居ないと思っていた広間の端から端まで、白装束を着た何者かが身じろぎ一つせず正座していた。彼らの開かれたままの目はガラス玉のようで、衣鳩は気味の悪さに声をあげかけ、手で口を塞ぐ。

 そして衣鳩たちが入ってきた方と反対側の壁の中央まで火が灯ると、白装束でない、豪奢な平安装束を身につけた小柄な女が照らし出された。その腰には水晶の嵌め込まれた柄に収まる鍔無しの大太刀が携えられており、その表情は読めない。

 黒鵜が驚きの声をあげる。


「ありゃ京都支局長、物部伽藍か…!噂にゃ聞いてたが、あんなに若いとは…」


 その姿を見て、副官は震える声でうわ言のように言う。


「ああ…ああ、伽藍様、違うんです、私は、私は………」


 そのままうずくまり、そして拳で床を殴りつけて叫んだ。


「私は京都支局の復権を望んだだけなのだ!!」

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