表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋文_2017  作者: サモエド
1/21

第一話

 10月の祇園四条は、各地から押し寄せた修学旅行生でごった返していた。

 日差しも流石に10月にもなればその勢いを弱め、学生たちは絶好の修学旅行日和の京都を満喫している。

 その流れから抜け出し、表通りから一つ隣の路地へ足を向ける詰め襟の男子学生が一人。彼は周りに修学旅行生が居ないことを確認すると、緊張した面持ちでスマートフォンを取り出した。画面の時刻は二時過ぎ。ロックを解除すると彼はチャットアプリを開き、トーク画面の下の方の欄をタップし、動きを止めた。


(ビビるなよ俺…今日言わないと、一生言えないままだぞ!!)


 彼の名は衣鳩(いばと)ヒロマサ。高校二年生である彼は今日、片思い中の相手に告白をすることを決心していた。

 スマートフォンを握って10分以上悩んだ末、衣鳩は片思いの相手に、消灯10分前に旅館の玄関前に来てほしい旨の最低限の文章を送信した。


(うわーっ送っちまった!!もう後戻りはできねえ…!)


 彼の顔は全力疾走をした直後のように紅潮している。スマートフォンの画面を消すと、彼はその場に座り込んだ。

 運動ができる訳でもなく、勉強ができる訳でもない。そんな平均的な彼が出した結論は、「修学旅行というイベント中に、現地で調達したプレゼントを渡し、告白する」というプランだった。一般的にイベントの最中はカップルが成立しやすいと言うし、プレゼントもないよりあった方が良いだろう、と彼は考えていた。

 日中という早いタイミングでLINEを送ったのは他に先を越されないためでもあるが、さっさと送ってしまわないと、彼自身の決心が揺らいでしまいそうだったからだ。

 彼は落ち着くためにゆっくりと息を吐くと、スマートフォンをしまい立ち上がる。

 直後、さっきまでは必死で気づけなかった雰囲気の良いお土産屋が目の前にあることに気づく。その店は表通りから一つ離れているため客も見当たらず、隠れた名店感を醸し出していた。


「すいませーん。誰か居ますか?」


 プレゼントに良いものがあるかも知れないと思い中に入ってみると、思ったより狭く、おまけに店員すら見当たらない。

 壁の陳列棚に置かれている土産は多種多様で、骨董品めいた置物から、チャチなキーホルダー、果ては得体の知れない本まで並べられている。


(…本?)


 違和感を感じた衣鳩はその本を手に取る。

 シンプルな装丁の黒い本。題字は無く、この本にだけ値札が貼られていない。そして何より、その本からは、近づいただけでわかるほどの異様な雰囲気が放たれていた。

 衣鳩がその本を開こうとすると、


「やべっ」


 手が滑ったのか、本が手から飛び出してしまう。慌てて下からキャッチしようとするが、その本が落ちてくることはなかった。


「………は?」


 本をキャッチするために中腰になっていた衣鳩の目の前で浮遊するその本は、明瞭な女の声でこう言った。


「Hello!」


 ………


 同日 午前6時 京都府上空 高度500ft


 大型輸送ヘリ2機は、目的地を目前に控え、最終着陸態勢に入っていた。前方機の搭乗人数は七名、操縦士、副操縦士、機上整備員を除いた四名は銃火器を含む各種装備で武装しキャビン内に待機している。

 そのキャビンの中心には、厳重な防護が施された30cm四方の黒いケースが設置されている。ケースに貼られたラベルには『対異端書用イデア的真空コンテナ/暦史書管理機構』という文字列。

 リーダー格らしい男が他三人に英語で指示を出し、次いで胸元の無線機に間もなく到着する旨を伝える。


『了解した』


 無線機から返ってきたのは威圧感のある低い男の声だった。

 その声を聞き取ることに気を取られ、リーダー格の男は自分のすぐ横のヘリの内壁から突き出てきた四つの刃の切っ先に気づかなかった。

 バチッ、という火花が散るような音がした。

 次の瞬間、ヘリの壁面は轟音と共に爆発し、リーダー格の男は衝撃を受けて吹き飛ばされる。

 爆発によって空いた穴から、バランスが崩れつつあるヘリに侵入した女が一人。吹き飛ばされたリーダー格以外の三人が何事か叫びながら銃口を向けるが、それよりも速くその女は三回トリガーを引き終わっていた。


 リーダー格の男は、次々に倒れ伏す仲間と片手に護送していた黒いケースを持った侵入者を霞む視界に捉える。高校生ほどの背格好で、黒いMA-1にレギンスという、この状況に一切そぐわない服装の侵入者が、こちらに背を向けて自ら開けた穴の縁に進んでいくのを最後に認識して、彼の意識は途絶えてしまった。


 背中越しにそれを確認した侵入者は少し息を吐き、肩の金属製の留め具を指先で叩いて確認する。両肩についた小さな四角い板状の留め具からはゴム状のバンドが腕と背中方面へ伸びており、それぞれ服の上のいくつかの金具を経由して腕方面は袖まで、背中方面は背中の正中線を経由して腰の両側、そこからスニーカーのかかとまでバンドが張られていた。

 侵入者はケースの持ち手を握り直すと、まるでベッドに身を放るかのように、墜落するヘリの壁の穴から宙へと落ちる。途端に襲いかかる風圧に、彼女は顔をしかめた。

 ヘリの墜落に巻き込まれない程度まで距離を離すと、落下しながら侵入者は両腕をクロスさせ肩に回し、肩の留め具を外す。その瞬間、腕から腰までの留め具が連鎖的に外れる。バンドは手首とかかとを一直線に繋ぎ、その時点で既にバンドと体の間にはモモンガの飛膜めいて布が展開されていた。展開した特殊ウイングスーツにより落下速度を落とし姿勢を安定させると、侵入者は回収ポイントへ向かうため滑空進路を変えようとする。

 そこで、彼女は不審な音を聞いた。その音は彼女の襲ったヘリの後ろに追従していた2機目の開いた下部ハッチからしていた。


「どうもキナ臭ェ仕事だとは思ったが、まさかガキが相手だとはな…最近のガキは飛ぶのか?」


 首だけで後ろを伺うと、そこにはヘッドライトをギラつかせたメタリックシルバーのオートバイがエンジンをふかしていた。騎乗者は痩身の男。ライダースジャケットにヘルメット。バイザー奥には少しも油断の無い冷徹な目。男は何の躊躇いもなく、エンジンを全開にした。


「は…!?」


 侵入者の女は驚いた声を漏らす。不可解な程の加速度でヘリから射出されたバイクは一直線にウイングスーツの元に到達する。


「危なっ…!!」


 身をひねりギリギリでバイクを躱す侵入者。一瞬前まで彼女がいた場所を通過したバイクとその騎乗者は、空中で瞬間的に反転し正面にウイングスーツを捉える。バイクが唸り声をあげると同時に排気管は後ろ20メートルを黒く染めるほどの量のガスを吐き出し、落下のベクトルを殺すだけでなく、なんと上方にいる侵入者目掛けて爆発的に上昇した。


「ふざけんな、何でバイクが飛ぶんだよ…!!」

「バイクってのは空くらい飛ぶモンだぜ」


 バイクの男の右手がハンドルを離れ、ケースの端を掴む。


「ぐっ…!!」


 グンッとケースを引っ張られ、ウイングスーツの女はバランスを崩して失速する。そのまま両者はケースを奪い合いながらキリモミ回転しつつ落下していく。


「ムササビ女ァ!!このまま手ェ離さなかったらテメェ死ぬぞ!!」

「死ぬのはアンタだけだガリガリ男!!」


 天と地が回転する視界の中、ウイングスーツの女は腰からマチェットめいた刀を抜き振りかぶる。振り下ろしたその一撃を、バイクに跨った男は咄嗟にケースを思い切り引っ張って防いだ。刀は鋭い音をたててケースに突き立てられる。

 ケースに突き刺さってしまった己の刀を見て、ウイングスーツの女は目を見開く。途端、ケースの全てのロックが弾けるように勢い良く解除された。

 回転し落ちていく2名の目の前で、ケースの中から滑り出したのは一冊の本だった。その本は開放されたことを喜ぶように1回転すると、手品のように掻き消える。


「………ああクソ!!」


 ウイングスーツの女は苛立たしげに吐き捨てると、空になったケースを手放して男の跨がるバイクに両足でバネのように蹴りを入れる。その衝撃でバイクの男と距離を離したウイングスーツの女は、再度空中で姿勢を立て直し、急旋回してその場を離れていった。

 その数秒後、山の木々をへし折る音に続いて、山道に痩身の男と枝葉まみれのバイクが転がる。仰向けになった男はしばらく動かなかったが、咳き込んで顔の葉っぱを散らすと、何事も無かったかのように身を起こす。


「危ねェ危ねェ。バイク乗ってなかったら死んでたぜ…」


 隣に横たわるバイクを起こす。枝葉を取り除くと、バイクには傷一つ付いていない。男はバイクに跨がると、ふと気づいたように呟く。


「…バイクでも、羽根がねェと流石に空は無理か…」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ