『部屋荒らし事件』の犯人はーー。◇たった4分探偵◇
室内には、ひどく物が散乱していた。
各所には激しく争ったような跡があり、今帰宅したばかりの私でさえ、そこで何かがあった事は如実に感じ取る事ができる。
「これは……」
あまりの惨状に、私は思わずそう呟く。
ーー事件の匂いだ。
私の鋭い嗅覚が、まさかそれを見逃す筈はない。
何故なら私は、この事件の謎を解くべき『探偵』なのだから。
さて、それでは実況見分だ。
まず、足の踏み場も無いほどに、無造作に床へと物が晒されている。
机や棚の上の物はそのほぼ全てが根こそぎ落とされており、卓上の花瓶さえも倒されて、中にあった筈の水がポタポタと床に滴り落ちていた。
カーテンには刃物のようなもので切り裂かれた跡もあり、本棚代わりにしていた三段ボックスに至っては、ソファーにもたれかかる形で半ば倒れている始末だ。
(……随分と酷いな)
部屋を物色するにしたって、果たしてこんな過激にする必要があるだろうか。
ふむ、これはもしかすると。
(物取りよりも、怨恨の線で捜査を進めた方がいいかもしれない)
顎に手を当てながら、私はそう考える。
そこでふと、手掛かりになりそうなものが目に止まった。
壁に貼られているカレンダーだ。
何の変哲もないただのカレンダーだが、下半分が不自然に破り取られている。
しかもその片割れは、どこ探しても見当たらない。
(犯人が持ち去った可能性がある、か……?)
犯人にとって、何か不都合なことでも書かれていたのだろうか。
それとも、何かもっと別の理由があったのか。
ーーもしかしたら、これがこの事件の謎を解くカギかもしれない。
そんな事を思いながら足元の障害物を巧みに避けて、今度は窓際へと近寄っていく。
事件当時、玄関の鍵は閉まっていた。
ピッキングなどの形跡もない事から、無理やりこじ開けて押し入った訳ではないと分かる。
ふむ、窓にもきちんと施錠はされている様だ。
こちらにも何か細工をした様子は見られない。
つまり、この部屋は密室だったという事だ。
合鍵の持ったものの犯行か、何かトリックを使ったか。
もしくは。
(まだ室内に犯人が潜伏しているか)
私が部屋に入ってから、この部屋から誰かが外に出た気配は無い。
玄関の鍵を開けたのは私だ。
そしてそれまでは密室だったのだから、犯人がまだ室内に居る可能性は十分にある。
と、その時だった。
私の視界の端を、何かが素早く通り過ぎる。
「っ! こら待てっ!!」
私は身を翻し、その影を追った。
そして遂に寝室へと犯人を追い詰める。
「ーーやっぱりお前だったか、犯人は」
私は唸る様にそう言った。
相手は『刃物』を持っているが、全く恐怖は感じない。
私ならばきっと、問題なく対処できる筈だ。
「私を恨む気持ちも、まぁ分からなくはない。でもそれにしたって、アレはないと思わないか」
部屋の惨状を思い出して、私は『彼』に抱えていた気持ちを丸ごとぶつけた。
あれじゃぁ遅くとも明日には新しいカーテンを買ってこなければならない。
でなければ、おちおち落ち着いて生活する事もできないだろう。
怒る私に、しかし『彼』は答えようとしなかった。
それどころか、ツンッとした態度でそっぽを向き、目を合わせようともしない。
そんな『彼』に、ついに私は強硬手段に出る。
「ちゃんと聞いてるのか?! しらばっくれたって無駄だからな? そのカレンダーの切れ端が何よりの証拠。言い逃れはできないぞ!」
言いながら、私は『彼』へと両手を伸ばした。
そしてその胴体をむんずと掴み、持ち上げる。
「確かに昨日のおやつをカレンダーに向けてぶち撒けちゃったのは私が悪かったけど、だからって何もエキス付きのカレンダーを狙ってあんな大乱闘しなくても良いでしょ?!」
確かに良い匂いはしたかもしれないけど、所詮は匂いだ。
あの後すぐにティッシュで拭き取ったから、エキスが残っていたとしてもほんの少しだった筈だ。
「そんなに我慢できなかった?! 猫缶」
ちゃんと約束通り、新しいのを買ってきたのに。
私はそう主張しながら『彼』の双眸を覗き込んだ。
すると、青いビー玉のような目がまるでこちらの真偽を確かめるかのように見つめ返してくる。
そして。
「にゃぁん」
パサリと、『彼』が咥えていたカレンダーの切れ端が落ちた。
損ねてしまっていた『彼』の機嫌は、どうやら猫缶アピールのお陰で治ったようである。
「……もう、しょうがないなぁ」
深くため息を吐きながら、呆れ顔で『彼』を見やる。
『彼』は気ままな狩人だ。
怒ったところであまり効果はない。
こういうのは「仕方がない」とこちらが折り合いを付けるしかないのである。
せめてもの意趣返し。
そう思って、私は『彼』をちょっと乱暴に揺さぶった。
すると宙ぶらりんになっている『彼』の、両足と細長い尻尾が揃ってゆるりと揺れ動く。
「にゃぁぁ」
抗議じみた声が、私の耳朶を優しく叩いた。
これは、完全フィクションです。
(猫は飼ったことすらありませんからね。笑)
◇ ◇ ◇
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