涙のセンベツ
キョーカは部屋を見渡して眉間にしわを寄せた。
机に一匹、壁に二匹、床にも一匹…
ざっと目視できるだけで、ハエトリグモが四匹もいる。隠れているもののことを考えると、いったい全部で何匹いることやら。
子リザベスはすっかりエリザベスと同等になり、もはや区別はできない。
キョーカは認めざるを得なかった。うちが蜘蛛屋敷になりつつあることを。
いくらハエトリグモが可愛いとはいえ、踏まないように気をつけて生活せねばならないのはごめんである。それにこれ以上増えて隣の部屋を侵略し出しでもしたら、とんだご近所迷惑である。
キョーカは極度にご近所トラブルを恐れていた。彼女はおんぼろアパートのうっすい壁を毛ほども信用せず、騒音で訴えられぬよう、テレビをつける際は音量を1にするほどである。耳をそばだてないと聞こえない。(べつに今までに何かがあったというわけではないが、用心するにこしたことはないのである)
何はともあれ…。
キョーカは腕を組んだ。
増えすぎたチャーリー一族。これは由々しき問題だ。
そこで、キョーカはとある決断を下した。苦渋の決断である。
「許せよ…」
キョーカは手近な一匹をそっと捕まえると、窓を開けて大地へと放した。
そう、彼女は複数匹が同時に視界に入った場合、一番近くにいる一匹を選んで外の世界へ旅立たせることにしたのだ。
可愛い子には旅をさせよとは言うが、季節は冬。
はたして暖かい室内でぬくぬくと育った彼らが無事に生き延び、新しい住処を見つけることはできるのだろうか。
キョーカだって本当はこのようなことを望んではいない、望んでなどいないのだ!
でも仕方がない。彼女にはこうする道しか残されていなかったのである。
キョーカはせめてもの餞別に
「ご武運を…」
と祈った。
こうして無情にもキョーカによって選別されてしまったハエトリグモたちは、寒空の下に放り出されることとなったのだった。
涙を飲んで行ったキョーカの所業は功を奏した。
チャーリー一族は徐々にその数を減らしていったのである。
今となっては見る影もない。
ここがもはや安住の地ではないと気づいて引っ越したのか、ハエトリグモの大量発生は単に時期的なものだったのか。ハエトリグモの生態に詳しいわけではないので正確なところはわからないが、とにかく彼らはいなくなったのである。(ただ単に餌がなくなったからというわけではないと思う、思いたい)
終
次は虫の話ではございません。
次回予告
新章『VS台風』編始動!
キョーカ、台風と戦う。
今までジャンルをエッセイにしておりましたが、他の作品を拝見させていただいたところ、どうもこれはエッセイという雰囲気ではなさそうだと感じ、コメディに変更させていただきました。