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深海廻  作者: めーゆー
2/5

深海に溺れて

遥か遠い通路を進んでいくとやがてひらけた場所に辿り着いた。本当に長かった。こんなに部屋と部屋が離れている必要があるのだろうか。かれこれ10分ほど歩いていたような気がする。下りの階段など途切れ途切れにあるのだが合計で200段ほどあるだろう。しかも途中で様々なトリックが施されていた。いきなり床に穴が開いたりだとか壁から水が漏れ出したり、魚が上から落ちてきたり。落ちてきた魚は地面でぺちゃぺちゃと無様に跳ねている。恐怖の感情を抱かされたのは今までこの未知の空間に迷い込んだひとは私だけじゃないということだ。その理由は明確だ。前来訪者が書いたであろうものが所々壁にあったのだ。メモが落ちていることもある。書き残しの内容はこんな感じだ。『ここは何処なんだ。元いた通路が塞がれて、帰れない。出られない。』『水族館に来たはずだった。あの化け物はなんだ。何が起きている。不安を和らげる為にここに記しておこう。』歩いている時にふと考えていた、ここは何処だろう、出口は無いのかというおそらく鯨を見た時から存在してるであろう疑問。とりあえず、戻りは出来ないので先に進むしかないだろうということは解った。水中にいる時の不思議な感覚についてもいくつか気づいたことがある。


1.鼻で息はできるが口で息は出来ない。

2.目は開けても染みないし周りも見渡せる。

3.服や髪は濡れるがリュックの中身は濡れてはいない。

4.これらがあるため、水中だと気づきにくい場所がある。現に今までがそうだった。


これだけ理解できたことがある。いや、理解できたと言っていいのだろうか。相変わらず謎だらけなのは変わらなかった。今気づいた事もまるでダイビングでもしているのかのような感覚だ。どうゆう仕組みになっているのやら。


辿りついた部屋は水槽がいくつか展示されていた。そのうちのドゴンと音が聞こえ、その発生源を見てみれば、体育館ぐらい入りそうな水槽の中に巨大な鮫が身体をめいいっぱいにぶつけてアクリルガラスを打ち破ろうとしている。大きく鋭い牙は映画に出てくる凶暴ザメを思い出させた。きっと人間など一噛で木っ端微塵だ。

「まじか…なんで」

優は顔に驚愕の色を浮かべ、口を激しく開ける。この水族館には慣れたが、未だに驚くことばかりで頭の中が追いつかなくなることも多い。

その鮫はホホジロザメに見えた。

実物を見るの初めてだ。当然ではあった。何故なら水族館で飼育出来ないほどの野性味溢れた鮫と聞いたことがあるから。だからここにいるはずはない。なのに。ドゴンドゴンと音は激しく周りに響いて、平気で水槽など飛び出してきそうな勢いだった。ここは居心地が悪い。優はそう思い、この場から立ち去ろうとする。

するとバリンと頭が割れそうなほどの大きい音が館内中に鳴り響いて、音のなる方を見れば水槽にいた鮫がガラスや溢れ出た水と共にこちらへと流れ込んできた。それはあからさまに優を狙ってその巨体は凄まじいスピードで泳いでくる。

「は………………………?」

その光景を唖然として眺めていたが水の氾濫に流されるうちに徐々に理解していった。現状、水に勢いよく流されている自分とそれを流れに乗って追いかけている凶暴鮫である。

「ああアアアアアああぁ!?!?まっ…はぁ!!??」

雄叫びのような声をあげて泳いで回避しようとするが鮫はそこら中の壁にぶつかりながらも、怯んだ様子はなく、流れてくるものを噛み砕き優を追いかける。優は死を覚悟してその洪水の勢いに乗ろうとする。鮫はみるみるうちに近づいていき、いつの間にやら数メートルまで距離を縮められてしまっていた。縦にも横にも広いそれは勿論優の身体よりも大きい牙をこちらに向けてこれでもかと口を開く。その時に尖った何かが優の足にぶつかる。

「痛い!?あ?これ」

鮫が割ったアクリルガラスだ。

ちょうどいい。どうせこのままじゃ飲み込まれるから一か八かだ。

優は身体を奮い立たせ、その割れた一欠片を追いかけてくる鮫に向かって投げつける。運が良く鋭利な部分が頭に刺さり、鮫はその場で無造作に暴れ出した。鮫の固そうな鱗から赤黒い血がどぐどぐと溢れ出す。刃物が身体に奥深く刺されば誰だって痛い。その痛みから逃れようと狂うように暴れれば壁に勢いよく身体をぶつけたり、地面に身体を叩きつけたりと、見てて痛々しい。罪悪感はあるが生きる為だ。悠長なことは言ってはられない。

「今だ!!」

鮫から距離を離し、通路だった道を得意のクロールで泳いで行く。痛さで悶えているチャンスを無駄には出来ない。全身が恐怖で震える身体に鞭を打って逃げ道を探すが食べられるのも時間の問題だろう。まだ追ってくる気配は無いが。

そうやって泳いでいくと、上の方に壁に吹き抜けのような穴が空いているのに気づいた。こんなに様々な海洋生物、標本があるのにこうして見ると割と古い建物に見える。遠くなっていくせいで水かさがどんどんと減っているので早くしないと入れない。入れば人間一人分しか入れないくらいの大きさになっているので鮫は完全に回避出来る。優はスピードをあげて穴に近づき咄嗟に穴に手を伸ばすが水かさが足りなくて届かなかった。その時にちょうど鮫が追い上げており、血みどろになりなから眼光を優に向けて尖らせている。数十本のドリルのような牙を優めがけて襲い、優は怖くなり水の中に潜って隠れた。その時に鮫が勢いよくジャンプしたのちに水の中にダイブしてその重さと鮫の激しい動きで水かさがアンバランスになり、水面が揺れる。優はそれに打ち上げられて、飛ばされた。飛ばされた時に下を見る。そうすると鮫だけじゃなく、タイやヒラメ、他にもよく分からない何百匹の魚が優に向かって飛んでいるではないか。優の顔がさっと青ざめる。壁側へ飛ばされたのが幸いなことで手を引っ掛けてなんとか穴に入ることが出来る。あまりの勢いに身体を何処かにぶつけてしまったが、大きな怪我は特別しなかった。だが、あまりの出来事に顔が青いままでがたがたと肩をならして抱え込むように両手を抱いて震えて座り込んでいた。歯がカチカチと音を立てている。優は振り返り襲い掛かる鮫に目をやったが、鮫は穴の中に入れずに何度もジャンプしては穴にめがけて体当たりをする。

「ひぃっ…!?」

ドンドンと地響きのように館内で鮫のぶつける音が響く。

「あああああ!!」

優は叫びながら穴のその先の方向へ一目散に走り出した。身体中を水で濡らし、水滴をぽたぽたと垂らしながら、暗い暗い道の先へ。




穴の先にある部屋には沢山の観客用の椅子が並べられており、舞台のような場所が部屋にあった。その時、舞台を隠していたワイン色のカーテンがいきなりばさりと千切れて落ちた。飾り気のない質素な舞台、椅子の繋がった背もたれのある観客席は100人ほどが座れるスペースがある。そこそこ広い部屋だった。動物ショーが行われる部屋に近い。真ん中にある座席にタオルが一枚取り残されたように置かれていた。優はそこへ駆け寄り立ち尽くす。リュックの中身は無事だったが身体中はずぶ濡れだ。濡れたベージュ色の帽子を取って一つで結んでいた髪を解く。背中くらいまで髪が垂れた。着ている半袖の緑のシャツをぎゅうと絞ればジャーと水が溢れる。優はタオルを手に取って服の上から身体を吹き始めた。シャツもショーパンも脱いでしまいたかったが些かそれは勇気がいる。ずっと探していたタオルが見つかったのでよしとするか。そう言ってタオル越しに頭をがしゃがしゃと雑に拭いた。雑に拭いて首をぶるると振る。

「んにしても、どうすりゃいいんだろ…多分あんなんまた襲われたら即死だよな…。てかここどこだよ…。私帰れるのかな…。」

謎の海水とガラス、襲う魚、仕組みのおかしな部屋、いるはずのない海洋生物、巨大すぎる水族館。

不安要素は有り余るくらいにはあるのだ。おまけに帰りの道は閉ざされた。あのホホジロザメもどきのいる部屋へ戻るだなんて勇気がない。それに比べればこの舞台のある部屋は危険要素はそんなに無さそうに見える。魚がひとりでに水槽を破いて襲ってくる…改めて考えても夢物語にしか聞こえないのに足の切り傷が薄いが広く残っており現実を物語っている。


優が鮫に襲われた時に擦ったアクリルガラスだ。

そこまで思い出して入り口付近にいた鰯のことを思い出した。鰯達も自分の身体を食べようとしているように見えた。気のせいでは無く、私めがけて襲っていたのだから。


この水族館は私の命を狙っている?


「正しくは人間の命を狙っている。だ。」

口に出てたのか優の思考を読み取ったようにやけに通るハスキーな声が館内に響き渡った。

「……だ…誰…。」

優は唇を震えさせながらその声がした方に顔をくるりと向ける。優がいるのは丁度あざらしショーでもやれば見えそうな中央の座席その列の一番右端にその声の主は立っていた。待ち構えていたように。

「ちょっと待ってよ!あんたも私を襲うの!?やめろ!」

拳を作り、錯乱して叫ぶとそれとは裏腹に冷静な返事が返ってくる。

「俺は人間だ。貴様と同じ。」

「…は!?…いや確かにまあ…うん。」

その声の主は確かに男の人間だった。夏なのに熱中症で倒れてしまうんじゃないかと思わせる黒いコートを涼しげな顔で着込む不気味さで人と怪物を見間違えたのか、優は開いた口が塞がらなかった。だらしなく口を開けて行き場のない手をわなわなと震わせている。コツコツと近づく革靴の音が聞こえた。男は目の前まで近づいた。20代くらいだろうか、外見に疎い優でも理解出来るくらいに美形だった。コートの襟で口元は見えないが鼻筋は通っていて目は伏し目がちの切れ長だ。睫毛が長く、時折瞳が閉じて見える。優は瞬きせずに見惚れていた。綺麗だった。少し濃い藍色の髪とそれよりと同じ色をした瞳は海底の中に潜む宝石のように、静かな佇まいを感じさせる。ずっと眺めていられる。

しかし、気になるところが一つあった。

頰にある鱗みたいな跡がクレーンのように残っている。人魚の尻尾みたいでそれも謎の清廉さを見せていた。

「ここで何をしている。」

海のように透き通る静かな声でその青年は尋ねた。そしてにこりともせずに静かな顔で優を見ていた。

「…あ……えと、迷ってるんです!迷子。なんか鰯の入り口入ったら戻れなくなっちゃったんです。」

優は狼狽えながら答えた。

「ここは深海廻だ。」

「しんかいまわり??」

「この水族館の名。」

「はあ…!?私は塩沢ラグーン水族館にいるはずだよ!てか聞いた事ない!何ですか…それ」

「貴様が勝手にここへ迷い込んだんだろうが。」

「……貴方、ここについてなんか知っているんですか。」

「言う必要が無い。」

「はあ!?困ってるじゃん!見て分かりませんか!?私戻らなきゃいけないんですよ!!こんな…いつ死ぬか分からないとこ…。」

「妙だな。ここへは地上で後ろめたいことや逃げ出したい奴が取り込まれやすいと聞く。」

「…貴方も迷っているってことですよね?鯨を追いかけて、そして鰯のトンネル入りました!?確かそこからおかしくなったはず…いや、その前にまず人がいなくてなって…ああもう!」

優はぶつぶつとひとりでに呟いているとその青年は優の右腕を掴む。切れ長の瞳を少し大きく開いた。

その手袋をしているのにそうとは思えないほどの冷えた手の温度に鳥肌が立つ。

「おい。鯨を見たのか。」

「あ?あぁ、シロナガスクジラっぽいなっていう鯨がいて、あんなの水族館にいるはずないのね、んで追いかけてたら迷い込んじゃって、でもあれは幻覚だったのかな。空中に浮いててさあ、まあ〜私には鯨間優って名前なだけあって鯨の魂を操る力とか?そんな感じの力があったり?なあんちゃってね。」

優はだんだんと得意げになってペラペラと喋る。あんな大きな生き物が自分のすぐ近くを空中に漂いながら水飛沫を上げて泳いでいった感動、震えを思い出す。あんなことは生まれて初めてだった。目の前の優より6,7歳ほど歳が上そうな男の人すらもこんな経験あるわけがないだろう。それはもう自慢したくもなった。

「鯨の居場所を知っているのか。」

「ん〜まあ私の近くにそのうち現れるんじゃなーいかなあ?でもなんでさ。」

「…憶測だが招いたのが鯨ならばそれを戻すのも鯨の務めだ。やっと鍵が見つかった。」

青年は顔に手を当てて俯き少し考え込んで、それから幾度としないうちに顔を上げ優を見る。

「俺はセイレン。其奴を見つければ何かしらの糸口は繋がるだろ。俺と来い人間。」

さっきとは打って変わっての別人の態度に目をまん丸にして驚きつつも優はセイレンに詰め寄って尋ねた。

「私にはさっきも言ったけど鯨間優って名前がありますので!ちゃんと呼んでくださいね!ねぇ、確かに貴方と行った方が安心かもしれない。だけど私はまだあんたが何者かも分かってない。だからさ、まず教えて下さい。ここは何??なんで私を襲うの?あとなんで貴方はここにいるの?」

セイレンは一つ溜息をついて、それから淡々と話し始めた。


「俺も貴様と同じ、水族館からここへ迷い込んだ。違うのは年月だ。迷い込んで1年くらい経っている。」

「1年…?凄いね…あんただって襲われるのでしょう。よく死なずに済んだね。」

「そこで分かった事しか話せねぇが、元はあの襲ってくる魚達も人間だった。しかしここにいて長い年月が経つとゆっくりだが次第に身体が魚の形になってしまった。魚化が進むにつれ徐々に最終的にはあのざまで理性が欠片も残らずに人間を襲う猛獣となった。」

「……つまりゾンビみたいなってこと…?あ!待って、その説でいくとセイレンさんの顔の鱗…ひ!冷た。ざらざらしてる…」

優はさっとセイレンの顔に手を伸ばして鱗のある部分を触った。セイレンはびくりと肩を跳ねさせて、後ろに仰け反る。

「やめろ。触られたくねえ。」

「あ、……ごめん。そうだよね。じゃあ完全な魚になる前に出るしかないんだ…じゃないと私も…。」

「…そのためには貴様が必要だ。」

「…!!」

必要。望まれている。その事実だけで胸が高鳴った。

冷えた身体は次第に熱を取り戻す。血が巡って頰が熱くなるのが簡単に分かった。


「分かった。よろしくね!」

優はセイレンの端整な顔を真剣に見つめる。セイレンは相変わらずの仏頂面だった。鱗が天井の明かりを反射して鈍く光ったので優はそれを了承の合図として受け取ることにした。


座席スペースの後ろにある海洋動物のポスターがけたけたと笑っているような気がした。

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