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桜国記  作者: 槇名新
3/3

旧部室棟にて

 人が死んでも腹は減る。

 鎮魂の聖歌を喉から奏でた少女たちも、生理的な欲求に従い、ランチボックスを片手に桜の見える中庭や、ビュッフェラウンジへと足を向ける。

 教室の窓から中庭へ出て行く少女達を見ていた美鈴は、彼女たちが楽しそうに話しているのを見て、この学園の生徒が一人居なくなった事が、少し信じられなくなる。

 美月は斗貴子の誘いを一人になりたいからと断って、写真同好会の名目で一部屋使わせて貰っている旧部室棟へと足を向けた。

 この学園の創設からあるという旧部室棟は、確かに古びてはいるが、その時代の職人達が腕を振るったであろう装飾が美しくて、美月は好きだった。

 精緻な彫刻のされた、時代を感じさせる銅の鍵を取り出して部室の扉を解錠した時、その手頸を掴まれた。

 驚いて手頸を掴んだ人物を見る。

「はなぶさ……さん?」

 サングラスを掛けたのっぽの少女。

 そんな人物はこの学園に一人しか居ないのに、美月は思わず問いかけた。

「写真はできたのか?」

「え?」

「写真だよ写真。昨日の朝、君が撮っていた写真だよ。あの写真は現像したのかと訊いているんだ」

 みたまが掴んだ手を引き寄せると、サングラスの奥の瞳と目が合う。

 かちん。

 頭の中で何かが繋がった音がした。

 美月は空いた左手でみたまのサングラスを取る。

 夜明け前の空を染める深紫。

 一度見たら、二度と忘れられない瞳。

「貴女……だったの?」

「おや、言ってなかったか?」

「一言も言ってないわよ! 何よあの後警察とかで取り調べ受けてすっごい大変だったんだから」

「そうか。それは済まないことをした。で、写真は?」

 全く悪びれていないあどけない微笑みを前にして、美月は諦めて扉を開く。

「中よ。昨日の放課後、現像したの」

 美月は木製の本棚が西の壁一面を、東の一面を写真のパネルが占める部室へと足を踏みれると、机の積んでいる写真の中で一番上に置いてある半切サイズの白黒写真をみたまへと渡す。

 受取ったみたまの周りの空気が、その写真を一瞥した瞬間、固まったかのように止まる。

 深紫の瞳が大きく見開かれ、写真を凝視する。

「どうしたの?」

 何らかのコメントを期待していた美月は、相手が無反応な事に微妙な失望感を感じて、みたまの顔を覗き込む。

 みたまが突然顔を上げ、美月の視線とみたまの視線が衝突する。

 みたまは立ち上がると美月の肩を掴み、本棚へと押しつけるように力を込める。

「えっ? ちょっと何?」

 驚き感情すら十分に出せていない美月の顔に、みたまはその端正な顔を近づける。

「脱げ」

 力強い命令。

「ふぇ?」

 脳が状況の展開速度について行けないのか、間抜けな声が美月の口から漏れる。

「いいから脱げ。ああ、だがここにはあれが無い! そうだ、第二美術部の部室に来たまえ。そこで脱げばいい!」

「ちょっと、え? 何?」

「大丈夫だ、怖いことは何も無い」

「いえ、あの、その、はなぶささんのやたら血走った目つきとか、無闇に荒い鼻息とか本当に怖いんだけれど」

「何、恥ずかしいのは最初だけだ。私の手の速度だったら、10分もあれば終わる」

「て、手の速度って何? 何が10分で終わるの?」

「私の速度を信用しないと言うのか! 君は!」

「だから何の速度よっ!」

「お止めなさいっ!」

 甲高い声と、鈍器が何かをを叩いたような鈍い音が同時に起こる。

 その刹那、みたまの目が白くなりずるずると滑り落ちてゆく。

 視界から消えたみたまの後ろに、小柄な少女が立っていた。

 みたまと同じだけれど、ちゃんと手入れの行き届いた柔らかくウェーブする亜麻色の髪。

 白皙の顔には、深い森の奥の奥に鎮座する、誰も知らない巨木の葉のような深緑の瞳が二つ光っている。

「姉が粗相を致しまして、誠に申し訳ございません!」

 少女は顔を朱に染めて、正確に90度のお辞儀をする。

「姉?」

 美月は綺麗な髪の分け目をしている少女の頭頂部に、疑問符付きの視線を投げかけた。

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