一 ギャンブラー
〈竜雄のveto参加、数日前〉
「高司、またパソコンで、ゲームやってるのかい?」
丸川家には、1人息子がいる。
名前は、丸川高司。この4月で、大学3年生だ。
ちなみに高司は、顔はイケメンというわけではないが、父親に似ず背が高くて細身の体型であった。
「母さん、別にいいじゃん。誰にも迷惑かけてるわけじゃないんだしさ。」
「まあ、そうだけどねえ…。
ちなみに、それは何のゲームなんだい?」
「あ、これ、オンラインの、ブラックジャック。」
高司は、特に気にした様子もなく、母である昌子にそう答えた。
「ちなみにブラックジャックってのは、主にカジノで遊ばれるトランプゲームのうちの1つのことだよ。」
「まあ、私も名前くらいは、聞いたことあるけど…。
でも、お金は賭けてないんだよねえ?」
「全然、賭けてないから安心して!
これは、お金を賭けないタイプのゲームだから…ルールは賭けるタイプや、カジノで遊ばれてるのと一緒だけど。」
「それならいいんだけど…。
くれぐれも、お父さんのパチンコみたいになっちゃダメだよ。」
「はーい。
あ、やった!ナチュラルブラックジャックだ!」
高司がゲームに勝って喜んでいるのを尻目に、昌子は少し用があり、入っていた高司の部屋から出ていった。
ちなみに高司は、実家の近くの大学に、実家からそのまま通っている。その大学は私大であるが、偏差値はそこそこ高く、高司も高校生の時には、必死で勉強してその大学に合格した。
しかし、そのモチベーションもどこへやら、大学へ入学してからの高司は、勉強は単位をすれすれで取るだけでほとんどせず、オンラインゲームや友達との(金銭は賭けない)麻雀などに明け暮れる、少し困った学生であった。
また、高司には、大学に入ってからできた、彼女がいた。名前は、上田美里。美里は大学に入ってからも髪は染めず、黒髪で通していた。また、背は低めで、よく、「高司と美里ちゃんって、高低差ありすぎだよな。」
と、友達から言われていた。
そして、美里は真面目な性格で、よく高司に、大学の講義のノートを見せたりしていた。
「美里、聞いてよ~。この間俺、ブラックジャックで1万ドル、勝ったんだよね~。
もちろん、本物のお金は賭けないタイプのゲームだから、儲けは0だけど…。」
「そうなんだ。
でも、その、ブラックジャックって、楽しいの?」
「もちろん!
俺、カジノゲームとか麻雀とか、ゲーム類は一通り好きだけど、中でもブラックジャックが1番だね!
知ってる?ほとんどのカジノゲームは、長いスパンでは、カジノ側がプレイヤーよりも統計的に有利にできているんだけど、ブラックジャックはプレイヤー側の選択の幅が大きくて、カジノ側の優位を縮小することができるんだ。
それが、ブラックジャックの魅力かな。」
「へえ~。
でも高司、本当にお金、賭けたりしないよね?」
「それはしないよ。
確かに俺、たまには、
『本当にお金を賭けてたら、どれくらい儲かるんだろう?』
とか、
『カジノの本場の、マカオやラスベガスに行って、遊んでみたいなあ…。』
とか、思うこともあるけど、俺、そんな身分じゃないし…ね。
それに俺、カジノとか、ゲームそのものとかの、雰囲気が好きなんだ。だから、実際にお金を賭ける、『ギャンブル』には興味ないよ。だから…、
安心して、美里!」
高司はそう言い、美里ににっこり笑いかけた。
「うん、分かった、高司!」
美里はそんな高司の、屈託のない笑顔が、大好きであった。
「でも高司って、写真撮るの、うまいよね~。
さすが、写真館の息子、って感じ!?」
「ええ~そうかな~。」
高司は美里にそう言われ、まんざらでもない様子である。
「まあ俺、ゲームも好きだけど、写真も大好きだからな~。」
「そっか。
じゃあ将来は、高司の実家の写真館、継ぐの?」
「うーん。まだそこまでは、考えてないかな…。
親は、継いで欲しいみたいだけど…。」
そう言いながら高司は、少し考える表情になった。
『確かに、俺は写真は好きだ。でも、それで実家の写真館を継ぐ、ってのは、どうなのかな…。
もっと他のことにも、自分の可能性はあるかもしれないし…。』
「高司?ゴメンゴメン。そんなに真剣に訊いたわけじゃないから、大丈夫だよ?」
「あっ、そうだね。
こっちこそゴメンね。」
高司は、美里の言葉にそう答えた。
『でも俺も、2年後には、社会人か…。
まだ2年後だ。考える時間は、十分ある!』
高司は自分にそう言い聞かせ、考えるのを止めた。
「おっ、高司。今帰って来たのか。お父さんな、今日もパチンコで、2万勝ったよ!」
「ただいま~。
そうなんだ。すごいじゃん!」
「まったく、すごいじゃないよ。」
2人のやりとりを見ていた昌子は、少し呆れた様子で、そう言った。
「2人とも、父さんはパチンコ、高司はカジノゲームって…。
まったく、私には考えられないねえ。」
「母さん、一応言っとくけど、俺はお金は賭けてないからね。」
「まあそうらしいけど…。
何度も言ってるけど高司、あんたは父さんみたいに、本物のお金を賭けるんじゃないよ!」
「それって、俺が悪いことしてるみたいじゃん。」
「悪いことだよ!
そのパチンコがなかったら、うちの家計も、もっと楽になるのにねえ。」
「でもこれだけは…止められなくって。」
「分かったよ、もう。」
やはり、昌子は呆れているが、完全に嫌がっているわけではない、高司は昌子の様子を見て、そう思った。
『何だかんだで、仲のいい夫婦じゃん。』
それが、高司が日頃から思っていることであった。
〈竜雄のveto参加前日〉
「えっ、あんた、出かけるのかい?」
「うん、今日はちょっと用事があって…。
ごめんね。」
「あんたまさか、またパチンコじゃないだろうねえ!」
「ち、違うよ。
ちょっと、仕事の用で…。」
「そうかい、分かったよ。」
その日、昌子は竜雄の言動を不審に思いながらも、竜雄を送り出した。
〈竜雄のveto参加、2日目の夜〉
「あんた、今日はどこに行ってたんだい?」
「いや、ちょっとね。」
竜雄は昌子の質問に、ぶっきらぼうに答えた。
しかし、いつもの優しそうな竜雄と、今の竜雄との様子の違いに、昌子はすぐに気づいた。
「あんた、…どうしたんだい?」
「いや、特に何もないよ。」
そう言う竜雄であったが、頭の中は、vetoにもうすぐ勝てる、という思い、そして、500万円が手に入る、という思いでいっぱいであった。
そして、竜雄の感情は単純な喜びだけではなく、ギャンブルによる高揚感、また相手を倒せるという快感を伴っており、その表情・笑いには、下卑たものが含まれていた。
「あんた、何だかよく分からないけど、変なことには、巻き込まれないでおくれよ。」
「大丈夫大丈夫。
あと、明日、楽しみにしててね。俺、明日になれば、いい報告ができると思うから。」
そう言う竜雄は、さっき少し見られた下卑た表情ではなく、にこやかで明るい、いつもの竜雄の表情を見せていた。
「えっ、そうかい。」
昌子はそう言いながらも、やはり不審感が拭えなかった。
〈竜雄、veto参加、3日目(veto終了後)の夜〉
「おかえり、あんた。」
昌子は、竜雄にそう声をかけたが、その日の竜雄は、顔面蒼白で、とてもそれに返事をできる状態ではなかった。
「あんた、いったいどうしたんだい?
顔色、悪いみたいだけど…。」
その昌子の呼びかけにも、竜雄は答えない。
そして竜雄はトボトボと、家の中に入っていく。
「あんたちょっと、聞いてるのかい?」
「うるさいよ!」
竜雄は、いつになく鬼気とした表情で、こう怒鳴った。
「ちょっと父さん、どうしたんだよ!?」
その様子を見、竜雄の声を聞いた息子の高司が、ダイニングルームから竜雄のいる玄関先まで、出ていった。
「お前は関係ない!子どもは黙ってろ!」
「な、何だよそれ?」
「そうだよ。何か、あったのかい?」
昌子、そして高司の心配そうな顔を見て、竜雄は、我に返った様子を見せた。
「…ごめん。
今日あったことは、後でちゃんと話すから、とりあえず今日は、休ませてくれるかな?」
「あんた、それって…。」
「…分かった。いいよ。」
心配して声を発した昌子を制するように、高司はそう言った。
「本当にごめんね。
ちょっと、寝室で休んでくるよ。」
竜雄はそう言って、2階の寝室への階段を上り始めた。
「まさか父さん、パチンコで大敗したんじゃ…。」
「多分、そうだと思うよ母さん。
でも、今日は父さん、話せる状態じゃなかったし、明日、ゆっくり話を聞こう、ね?」
そう言って高司は、落ち込む昌子を励ました。
しかし、この時の高司には、まさか竜雄が「veto」なるゲームで500万円程の借金を負い、以前の借金と合わせて、1,000万円程の借金を背負わされているとは、知る由もなかった。
その夜、竜雄は寝室で、一旦眠りにつこうとした。しかし、いややはり、竜雄は寝ることができなかった。
竜雄が目を閉じたときに瞼の裏に浮かんで来るのは、vetoのゲーム会場、狂乱する観客、そして、何より態度が変わった時の、マサキの薄ら笑い…。
「アァー!」
竜雄は、それらを思い出し、目を閉じるのが怖くなった。
しかし、今から何かを始める気には、到底なれない。竜雄は、電気を消した部屋の中で布団にくるまり、目を開けてしばらくたたずんでいた。
そうしてしばらくした後、竜雄の携帯電話の着信音が、鳴った。
『もう、誰だよこんな時に!』
そう思い竜雄が携帯を見ると、それは見知らぬ番号からの電話であった。
竜雄は、その時全く電話に出る気分ではなかったが、仕方なく、そして電話を手にとってからは半ば吸い寄せられるように、その着信に応答した。
「もしもし、丸川竜雄ですが…。
どちら様でしょうか?」
「おっ、夜分遅くにわりぃなあ、オッサン。
俺は、タツヤだ。」
そして竜雄は、「タツヤ」と名乗る男に、ある話を持ちかけられた。
「おや、あんたまた、出かけるのかい?」
「うん、ちょっとね。」
「また『ちょっと。』かい!
その前にあんた、昨日の話、まだ聞かせてもらってないよ!」
「そうだよ父さん。出かける前にちゃんと話、してから行きなよ。」
昌子、高司は、そう竜雄に声をかけたが、竜雄は聞く耳を持たない。
そして、竜雄の表情は、昨日に比べて、幾分か晴れやかな様子であった。
「ごめん、ちゃんと帰って来たら、今まであったこと、全部話すよ。
これからもうちょっと用事があるから、先に、出かけるね!」
「そうかい…。」
「分かったよ、父さん。」
竜雄は2人にそう言い残し、出かけていった。
「すみません…丸川、昌子様の携帯電話でしょうか?
警察の者ですが。
昌子様、竜雄様の奥様で、間違いないですか?」
昌子の携帯に警察から電話がかかってきたのは、その日の夕方であった。
「け、警察の方ですか?
どういったご要件で?」
昌子は「警察」という2文字を聞き、動揺を隠せない。
「すみません…実は、丸川竜雄様が、遺体で発見されました。
現場は西駅で、遺書も残されています。今から西警察署の方に出向いて頂きたいのですが、可能でしょうか?」
「い、遺体って…、死んでるってことですか?」
昌子はそれを聞き、あまりのショックに大声を出した。
そして、その昌子の声は、別の部屋にいた高司にも、はっきりと聞こえるものであった。
「奥さん、落ち着いてください。
とりあえず、署の方へ…、」
昌子は警察に再度そう言われ、放心状態になりながらも、何とか答えた。
「この度は、ご愁傷様です。
ちょうど、快速列車が西駅を通過する時に、『人がプラットフォームから落ちて来た。』と報告の電話がありまして…。
その報告は、列車の運転手からだったのですが、その後運転手の方は列車を止め、その人に近づいて蘇生を試みたのですが、結果は残念なことになってしまいました。
それで、捜査の方ですが、竜雄様の内ポケットから、遺書が見つかりました。
その内容は、これです。」
そう言って警察は、遺書の現物を昌子たちに見せた。そこには、
『もう、生きていくのに疲れました。
さようなら。』
とだけ、印刷された文字で書かれてあった。
「もちろん、自殺と決めるにはまだ証拠が不十分ですので、我々は、自殺・事故・他殺の線で、捜査をしています。
ちなみに、西駅は無人駅、また列車の方にも乗客はほとんどいなかった、ということで、その運転手の方以外の、目撃情報はありませんでした。
それで、竜雄様のこの遺書に、心当たりはありませんでしたか?」
「母さん、落ち着いて!」
昌子・高司は、最寄りの警察署に出向き、竜雄の遺体確認をした後、任意の事情聴取を受けていた。しかし、警察の質問に、昌子は答えられる状態ではなかった。
『ここは、俺がしっかりして、母さんを守らないと…。』
高司も、竜雄の死に大きなショックを受けていたが、それを何とかこらえ、そのように思った。
「すみません。では、息子の高司さん、何かありませんか?」
「実は…。
昨日の父の様子が、変だったんです。
家に帰って来るなり、母に怒鳴りつけて、その後母には謝っていたんですが、何か、『明日、全部話す。』的なことを、言っていて…。
あっ、でもその前から、父はどこか、知らない所に出かけていたみたいでした。それがどこかは分かりませんが…。」
「なるほど。その場所が、今回の事件と何か関係がある、そう考えられなくもないですね。
その場所に関しては、息子さんも奥さんも把握はされていない、ということでしょうか?」
「はい、私も知りません…。」
昌子は、必死に声を振り絞り、そう答えた。
「分かりました。
今日はお疲れの所、署に来て頂き、ありがとうございました。
これから、捜査を本格的に開始していきますので、ご協力、よろしくお願い致します。」
「分かりました。」
そう言って高司・昌子は、その日は家に帰った。
「まさかあの人、パチンコで借金作って、それで自殺したんじゃ…。」
昌子は、家に帰るなり高司にそう言った。
「母さん、それは分かんないよ。確かに遺書は発見されたけど、証拠は不十分だって、警察の人も言ってたじゃん。
とにかく、頑張ろう、ね?」
「そ、そうだねえ…。」
高司は、落ち込む昌子を必死に励ました。
次の日、高司は大学に通学した。しかし、ネット等で嗅ぎつけたのか、「高司の父親が死んだ。」というニュースは学生の間で広まっており、
「あの子が、死んだ人の息子らしいよ。」
「遺書も、見つかったらしいよ。」
と学生たちは噂し、自然に高司は注目の的となった。
「おはよう、高司!」
「…おはよう、美里。
何か、ごめんね。今日は俺といると目立つみたいだから、離れた方がいいよ。」
そう言う高司に、美里は強い口調で、こう言い返した。
「何バカなこと言ってんのよ!高司は何も悪くないじゃん!
私、そんなの全然気にしないよ。だから高司も、気にしちゃダメ!
今、大変かもしれないけど、私にできることがあったら、何でも言って、ね?」
「分かった。ホントにありがとね、美里。」
そんな美里の優しさが、今日は特に胸に染みる、高司なのであった。
そして、その日も講義が終わり、高司と美里は、大学を出て帰路についた。すると、(しばらく自宅の方へ歩いた後)1台のリムジンが止まっている所があり、その脇には、老紳士が立っていた。
『何だあれ?こんな場所にリムジンなんて…。』
高司はそれを見てそう思い、そのまま通り過ぎようとしたが、途中で、その老紳士に、声をかけられた。
「丸川高司さんですね。
少し、話があるのですが…。
丸川竜雄様の件で。」
「えっ…!?」
高司は、その老紳士から父親の名前を聞き、身構えた。
「先に言っておきますが、我々は怪しいものではありませんし、あなたに危害を加えるつもりもありません。
ですが、お連れの方には、お引き取り願えないでしょうか?」
それは、美里のことをさしている。なおも高司は、警戒を緩めない。
「もちろん、いきなりそのようなことを言われても、あんなことがあった後ですし、信用できないのは当然です。
でも、ここでの立ち話なら、死角もないですし、逃げようと思えば逃げられる条件ではないでしょうか?
もちろん、繰り返しますが我々はあなたに危害を加えるつもりはありません。
ただ、あなたに少し、話があるのです。」
「…分かりました。ではここで、立ち話をしましょう。
美里、今日はお疲れ。また明日ね。」
「で、でも…。」
「大丈夫。このおじさんの言うこと、一理あるから。
心配しないで。」
「…分かった。じゃあまたね。」
美里はそう言い、高司を残して先に帰った。
「ありがとうございます。
では単刀直入に。我々は、あなたのお父様、竜雄様を殺した犯人に、心当たりがあります。」
「…えっ!?」
高司がその老紳士から聞いたのは、意外なことであった。
「…気になりますか?」
「そ、それは、もちろん…。」
「では、あなたに我々の握っている、情報を伝えましょう。
しかし、それには条件があります。」
「条件、ですか?」
「はい。
その条件とは、
竜雄様が我々に対して背負った借金、500万円を、返済して頂くことです。」
「と、父さんが、借金…。」
高司は生前の竜雄の様子から、竜雄が借金をしているとは予想していたが、それを他者の口からはっきりと聞き、驚愕の表情になった。
『500万円の借金なんて…。』
「一応その証拠ですが、こちらに竜雄様の印鑑と、サインの入った契約書がございます。
説明が全て終わった後で、この書類のコピーは高司さんにお渡しします。
追加ですが、我々の調べでは、竜雄様はさらに他の所から、500万円の借金をしていたようです。
ということは、丸川様には、計1,000万円の借金がある、ということになりますね。」
「そ、そんな…。」
「話を続けます。
もちろん、丸川様は生命保険等には加入されているとは思いますが、それでも計1,000万円の借金は、簡単に返済できるものではありません。
そこで、我々から提案があります。」
「提案ですか…。」
「はい。
それは、丸川高司さんへの、我々からの、『veto』への招待です。
こちらが、その案内になりますので、お持ち帰り頂いて、ご検討ください。
また、この、vetoに興味を持たれましたら、その案内に地図も付いていますので、その場所に後日、お越しください。
それでは、今日はこの辺で、失礼します。」
老紳士はそこまで言い、リムジンに乗って、去っていった。
『veto?何だそれ?
でも父さんが借金をしていたのは、本当みたいだな…。』
高司はそう思い、とりあえず家に帰って、その書類を読んでみることにした。
「丸川高司様ですね。お待ちしていました。」
翌日、高司は地図に書いてあった、ビルへと向かった。そして入口から入り、受付嬢に書類を見せてしばらく待っていると、前の日に初めて会った、老紳士が奥からやって来た。
「高司様、書類を見て頂けたかとは思いますが…。
ここにお越しになった、ということは、vetoへの参加をご決断頂けた、ということでよろしいでしょうか?」
高司は老紳士の質問に答える前に、こう言った。
「その前に確認なのですが、これは本当に、公営ギャンブルなのですね?」
「はい、もちろん。
警察庁の印鑑も、見て頂けたかと思います。」
「それと…、
父、竜雄は、このギャンブルに負けたのですね?」
「はい、それで我々に対しての、500万円の借金があります。
ただ、先に言っておきますが、竜雄様を殺したのは、我々vetoの運営部ではありません。
一応、犯人に検討はついているのですが、まだこちら側も、はっきりした情報をつかんだわけではないので、その情報を今ここでお伝えするわけにはいきません。
そこで、我々からの提案です。高司様には、このvetoに2回参加して頂きたいと思います。
そして、1回目のゲームの賭け金は、丸川様の借金分、1,000万円でどうでしょうか?もちろん、控除率はありますが、このゲームに勝利した場合、借金のほぼ全額が、返済できるということになります。
控除率については、カジノに詳しい高司様なら、ご存知ですね?」
高司は、老紳士にそう言われ、
『相手はそこまで、調べているのか…。』
と、相手をやや不気味に思う気持ちになった。
「そして、1回目のゲームに勝利した場合、2回目のゲームに参加して頂き、それにも勝利すると、我々の情報を高司様にお伝えする、という流れになります。
こちらからの提案は以上です。
どうです、参加されますか?」
高司は、前の日にvetoなるギャンブルの書類(ルールブック等)を見、父・竜雄の契約書のコピーを見てから、
『俺は、このゲームに参加して、父さんの借金を返し、父さんを殺した奴を、捕まえなければならない。』
と、思っていた。しかし、いざこの場で参加の有無を訊かれると、高司の足はすくんだ。
『警察庁の印鑑もあることだし、このおじさんの組織は、直接は父さん殺しには関わっていないんだろう。だから、俺がこのゲームに参加して、殺されることはない、はずだ。
でも、このおじさんが言うように、賭け金1,000万円で勝負して、もし俺が負けたら、さらに家には1,000万円分の借金が追加されることになる。そうすると母さんにもさらに迷惑がかかるし、それだけは絶対に避けなければいけない…。
俺、写真とギャンブルには自信はあるけど、本物のお金、それも1,000万円なんて賭けたことないしな…。』
「高司様、聞いてます?」
高司は老紳士にそう言われ、我に返った。
「あっ、すみません。」
『でも、ここで参加しないと、結局1,000万円の借金を、自力で返さないといけない。
だったら…。』
「分かりました。俺、vetoに参加します!」
「さすが、竜雄様の息子さんですね。分かりました。
では、次回のゲームの高司様の、対戦相手を紹介したいと思います。
もう少しで、このビルに到着するはずですが…。
あっ、来ましたね。」
老紳士は、外のドアを見ながらそう言った。そこに現れたのは、パーカにジーンズという、ラフな格好の、30代半ばくらいに見える男であった。
「よう。俺の名前は、タツヤだ。お前は?」
「丸川、高司です。」
「そうか。タカシか。
見た所、俺より若いなあ。
何歳だお前?」
「もうすぐ、21歳になります。」
「そうか。まあそんなことはどうでもいいけどよ。
言っとくけど、俺は容赦はしねえからな。まあ、楽しくゲームしようぜ!」
そう言って「タツヤ」と名乗る男は、高司に手を差し出した。
「はい、お手柔らかにお願いします。」
高司はそう言い、タツヤと握手した。
「では、今回のゲーム参加の、ご署名をお願いします。
…また、ゲーム開始は、明日の午後1時から、場所はこのビルの別室となりますので、よろしくお願い致します…。」
高司はその日、タツヤとゲームについての説明を受け、その後帰路についた。




