プロローグ
『こ、こんなはずじゃなかった…。』
丸川竜雄は、勝負が終わった時、そう心の中で叫び、激しく後悔した。しかし、時は既に、遅かった。
「では、今回敗者となられました丸川様には、規定通り500万円を、お支払い頂きます。」
〈1週間前〉
「あんた、またパチンコ行って来たのかい!?」
丸川竜雄はその日、意気揚々と、自分の家兼職場の、「丸川写真館」に帰って来た。
そして、妻である昌子に、
「今日は4万、勝っちゃった!」
と、悪びれもせず報告したのである。
「やっぱりパチンコは、これがあるから止められないね~!」
「あんた、何言ってんだい?そんなもん、長い目で見りゃ負けるに決まってるよ!
うちもやりくりが厳しいんだし、そんなもんにうつつをぬかしてる暇があったら、仕事して欲しいもんだねえ!」
「まあ、そう言わずにさ。
俺、もちろん仕事は好きだけど、パチンコも、それとおんなじくらい好きだね。
何か、パチンコがないと、仕事にも精が出ない、って言うか…。」
「あんた、そんな言い訳ばっかりしても、ダメだからね!」
竜雄は昌子にそう言われ、ただでさえ低い身長がさらに、縮こまるようになった。そして、まだ4月で決して暑い気候ではないのに、体中に汗(冷や汗)を、かいていた。
しかしその低い身長の割にふくよかな体型は(当然だが)隠れることはなく、すぐに現れた竜雄の開き直りの精神、悪びれもしない様子と共に、「明るいおじさん」の印象を、竜雄は与えていた。
竜雄は普段、「丸川写真館」の、店主として働いている。それは、片田舎にある写真館で、主に竜雄は、履歴書用の写真や、七五三、成人式、またウェディング用の写真などを、扱っているのであった。また、竜雄はその気さくな人柄から、
「竜雄さん、今度、うちの孫が七五三を迎えるんだ。綺麗な写真、撮っとくれよ!」
と頼まれるなど、地域の人たちに愛され、写真館を営業しているのであった。
さらに、竜雄は写真の腕前は抜群で、客に頼まれる写真だけでなく、自分用の写真を撮ることも好きであった。そして、休みの日にはよくどこかへ出歩き、(そこそこ高価なカメラで)風景やそこで出会った人などを、撮ることが多かった。そんな時も、
「兄ちゃん、いい表情してるねえ!俺、ただのオッサンだけど、写真の腕前だけは自信あるから、この写真、現像したらプレゼントするよ。
また、ここに来てくれる?」
など、写真を撮らせてくれた人と会話をし、仲良くなることが多かった。
そして時々、竜雄は撮った写真を、コンテストに出品することがあった。すると、その写真は必ずと言っていい程入選し、その度に、
「竜雄さん、あんた写真館なんかたたんで、東京にでも行って、プロのカメラマンになった方がいいんじゃないかい?」
と、周りの人から言われていた。
しかし、その度に竜雄は、
「いやいや、俺はそんな柄じゃないよ。賞とれたのも、たまたまたまたま。
それに、俺には先祖代々の、この写真館を守る、責任があるんだ。」
などと言い、上京する気はないようであった。
「まあ、何かもったいない気はするけどねえ。
でも、あんたいい人だよ!」
これが、周りの人の竜雄に対する、評価であった。
しかし、そんな竜雄にも、困った欠点があった。それは、
「パチンコが好き。」
ということである。
何でも、竜雄に言わせれば、
「俺、特にギャンブルが好き、ってわけではないんだよね。競馬も競輪も、興味ないしさ。
でも、パチンコだけは特別。何か、あの玉が出てくる感じとか、リーチの感じとか、たまんないんだよね~!」
との、ことであった。
また、根は正直で、嘘はつけないタイプの竜雄であったため、
「ああ、今日は3万、負けちゃったよ…。」
と、負けた時には正直に妻である昌子に報告し、その度に昌子から、
「あんた、また負けたのかい!
もうそろそろ、そんな遊び、止めにしたらどうだい?」
と、言われる有様であった。
そんな丸川家であったが、竜雄のパチンコ以外、特に気になることはなく、夫婦仲は、良い方であった。
「あなた、丸川竜雄さんですね?」
竜雄はその日、パチンコの帰りに、ある老紳士に、声をかけられた。
「え、あ、あなたは…。」
その老紳士の脇には、片田舎には似つかわしくない、リムジンが停まっている。
「私は、名を名乗る程の人間ではありませんよ。
単刀直入に伺います。
あなた、500万円の、借金がありますね?」
いきなりの老紳士からの失礼な質問に、竜雄は、動揺した。
「ど、どうしてそれを…。」
「何、そんなことは私たちが調べれば、すぐに分かることです。
私は、あなたにある提案を、しに来ました。
その提案は、あなたの500万円の借金を、帳消しにできるかもしれない、提案です。
興味がおありでしたら、後日、この地図の場所に、来てください。」
そう言って老紳士は、一方的に竜雄に地図が描かれた紙を渡し、脇のリムジンに乗って、去って行った。
『ここが、その場所か…。』
次の日、竜雄は地図に示された、ビルに来ていた。
『それにしても、綺麗なビルだな…。
写真に撮りたいくらいだ。』
そのビルは竜雄が思った通りの綺麗さで、建設されてからまだ新しい雰囲気、またエリートビジネスマンが仕事をしていそうな雰囲気を、醸し出していた。
『でも、あのおじさんのこと、信用してもいいんだろうか?
あの人、リムジンに乗ってて、お金持ちの雰囲気だったけど…。
何か、怪しいことに巻き込まれなければいいんだけどな…。』
竜雄はそのビルに着いてから、(いやその道中から)そう思ったが、やはり、
「500万円の借金が、帳消しになるかもしれない。」
という提案は、竜雄にとって魅力的だった。
そして、竜雄は意を決して、そのビルの中に入った。
『このビル、内装も綺麗だな。
まずは、受付の人に訊いてみよう。』
竜雄はそう思い、受付の女性に声をかけた。
「あの、私、丸川という者ですが…。」
「丸川様ですね。少々お待ちください。」
受付嬢は、そう竜雄に伝えると、すぐにコールをかけた。
「いやいや丸川さん。お待ちしておりました。」
そう竜雄に声をかけながら、前回と同じ老紳士が、快活な雰囲気でビルの奥から、竜雄に近づいて来る。そしてその隣には、スーツ姿の青年がおり、竜雄の方を見ながら軽く会釈した。
「丸川さん、あなたなら来てくれると、思っていました。
それで、例の件ですが…、
その前に一応言っておきますが、私たちはあなたに危害を加えるつもりは、一切ありません。
でも、いきなりあんな提案をされても、信じられないですよね?当然です。
そこで、今日は契約書を、持って来ました。
マサキ、書類を出してもらえるかな?」
その老紳士の呼びかけに応じて、「マサキ」という名の青年は、カバンから書類を、取り出した。
また、その青年は身長はそんなに高くない(だが竜雄よりは高く、170cm程と見受けられた。)ものの、きりっとした目を持っており、「男前」の部類に入る顔だろう、と竜雄は思った。また、かけている黒縁の眼鏡も似合っており、
『歳は俺の息子の高司より上だろうな…30前かな?
それにしてもこの子、見た目もいいし、いかにも仕事ができそうな子だな…。』
と、竜雄は思った。
「これが、私たちとあなたとの、契約書となります。
さあ、立ち話もなんですから、あそこのソファーで、話をしましょうか。」
そう言って老紳士は、ビルの自動ドアのすぐ近くの、ソファーとテーブルがあるスペースへ、竜雄を促した。
『あの場所なら、何か危ないことになっても、ドアまで走れば逃げられそうだな…。』
竜雄はそう思い、老紳士の言葉に応じた。
「さて、私の方から、この契約の条件、『veto』への参加についての、説明をさせて頂きます。」
老紳士の説明を聞きながら、竜雄は契約書に、目を通した。
「あの、私、難しいことはよく分からないので、説明して頂けますか…?」
「かしこまりました。もちろん、あなた、丸川様にとっては初めてのことですので、分からないことも多いかと思います。質問があれば、遠慮なくなさってください。」
老紳士はそう言い、契約書を見ながら説明を加えた。
「あなたにしてもらうことは、簡単です。私たちが主催している公営ギャンブル、『veto』へ、参加してもらうことです。」
「ギャ、ギャンブルですか…。」
その老紳士の言葉に、竜雄は少し、たじろいだ。
「はい。
契約書の2枚目には、その、vetoのルールが、記載されています。」
竜雄は、その言葉を受け、契約書をめくった。
・このゲームは、1対1での、対戦形式のゲームとなる。
・最初に賭け金を設定し、ゲームの勝者が、敗者からその賭け金を受け取る、という形式である。また、控除率(主催者側の取り分)は、賭け金総額の5%とする。
・ゲームの参加者(プレイヤーと呼ぶ。)は、自分で撮った写真を用意し、それを主催者の用意した専用スクリーンに写し、お互いの写真を見る。
・審査員は、その写真(自分と対戦相手)2枚分の点数を、それぞれ10点満点でつける。
・その写真は対決(バトルと呼ぶ。)に使用され、そのバトルにおいて点数が大きい方にのみ、その点数分のポイントを、その写真を撮った側のプレイヤーが獲得する。
(例)8―7の場合、8点を獲得、もう片方のプレイヤーは0点。
・また、相手の写真を見、審査員が点数をつける前の段階で、その1回分のバトルを、降りる権利が与えられる。その場合、残った側のプレイヤー(降りた方の対戦相手)に、審査員がつけた点数の半分が、ポイントとして与えられる。
(例)8点の場合、4点が与えられる。
・プレイヤー両者が同点の場合、その回のバトルでは両者無得点となる。
・これを複数回繰り返し、最終的に点数の多い方を、勝者とする。
・また、このゲームにおいて、サレンダー(ゲーム途中での降参)をした場合、それをした側(敗者)は、賭け金の全額を、相手プレイヤー(勝者)側に支払わなければならない。
「なるほど…。」
竜雄は、何となく、このゲーム、vetoの流れが、分かった様子である。
「でも、これって…、本当に公営ギャンブルなんですか?
もしかしてこれ、違法なんじゃ…。」
「ご安心ください。この契約書の最後のページに、警察庁の印鑑が、押されていますよ。」
そう言いながら老紳士は、契約書のページをめくった。するとそこには本当に、
「このvetoは、公営競技である。」
という一文と、警察庁の印鑑が、押されている。
「なるほど…。警察が認めてるのですね…。」
竜雄はそれを確かに見たが、まだ不信感が拭えない。
「あと、ゲームの流れの確認なんですが、
要はお互い写真を用意して、その点数が多い方が勝ちで、ポイントがもらえて、点数がつく前に負けそうだと思ったら、その対決を降りて、その場合は相手に写真のポイントの半分が入る、ってことですかね?」
「その通りです。飲み込みが速いですね。
それを複数回繰り返すのですが、大抵の場合、バトルは3回となっております。
まだルールの続きがあるので、読んでください。」
竜雄は、続きを読んだ。
・「veto(ベトー・拒否権)について」
・このゲームでは、各プレイヤーに1回ずつ、veto(拒否権)が与えられている。
・この拒否権は、プレイヤーの動きや、点数などを、「拒否」できる。
・ただし、相手のvetoを拒否する、「veto返し」は禁止とする。
・「魔法について」
・各プレイヤーは、ベット(賭け金)を追加し、写真に関連した、魔法を使用することができる。
・この魔法は、ベットを追加しさえすれば、何回でも使用することができる。また、1度効果を出した魔法は、「異議あり」の魔法(後述)を使用しない限り、取り消すことはできない。
・魔法の効果(強弱等)は、追加するベットの量を鑑み、審査員・観客の同意を得て、発動されるものとする。
・「異議ありについて」
・相手の魔法を取り消したいと思ったプレイヤーは、魔法が発動されてから2分以内に、ベットを追加し、「異議あり」を宣言することができる。
・この「異議あり」は、相手の写真に関連した、「魔法」扱いとする。(細則は、魔法のルールに準じる。)
・「対抗魔法について」
・vetoを宣言した後、宣言された側のプレイヤーは、vetoが発動されてから2分以内に、対抗魔法を使用することができる。
・この、対抗魔法に関しては、ベットは不要である。
・この「対抗魔法」は、「魔法」扱いとし、細則は、魔法のルールに準じる。
「その、ベトーは分かるのですが、『魔法』の意味が、よく分かりません…。」
「まあ、これは気になさらなくても良いかと思います。写真の出来・不出来による有利・不利を、是正するものですので。
このゲームの基本は、とにかくいい写真を撮ることです。そうすれば、高得点がつき、ゲームを有利に進められます。
どうです、参加されますか?」
「そうですね…。」
竜雄はまだ、迷っているようではあったが、このゲームへの参加を完全に拒否しているわけではないようだ。
「では、条件を少し変えましょう。今回の丸川さんの対戦に関しては特別ルールとして、3回のバトルのうち、2回目以前の段階で、『自分に合わない。』と思われた場合、ゲームを降りる権利を認めましょう。そして、その場合はこのゲームは、ノーゲームとしてなかったことにします。」
「そうですか…。」
「そして、このゲームの賭け金ですが、500万円はどうでしょうか?」
「えっ…、1回のゲームで…!?」
それを聞いた竜雄は、心が揺れ動いた。さらに老紳士は、たたみかける。
「もちろん控除率はありますが、この金額は丸川様の借金の、全額ですよね?なら、このゲームに勝てば、その借金のほとんどを、返済することができますよ。」
「…。」
「ちなみに、対戦相手ですが…、
この、マサキが対戦します。」
そう老紳士は告げ、隣のマサキという青年が、挨拶した。
「はじめまして。マサキです。
実は、僕もお金には困っていまして…。その関係で、本名はご容赦ください。」
『この子、お金に困っているようには、見えないけど…。』
竜雄はそう思ったが、とりあえず話の続きを聞いた。
「それで、このおじさんから話を聞いて、『僕、写真好きだし、お金返せるし、とりあえずやってみようかな。』
って、思ったんです!
あ、それと僕、実は求職中だったんですけど、このおじさんに、このvetoの運営の手伝いの仕事をもらって、スーツとかも借りて、ここで働いてるんです。」
「そうなんですよ。彼が困っているのを見て、うちも人手が必要だったので…。
あと、こういう仕事ですから、身なりも重要でね、彼が安物のスーツしか持っていない、というものですから…。」
さらにマサキは続けた。
「僕も、契約書にサインしました。見てください!」
その後、マサキは、「マサキ」とだけ書かれた署名欄と、指紋の印を見せた。
「まあ、これは公営とはいえ、ギャンブルになりますから、本名での契約でなくても大丈夫、ということになります。
ただ、その場合は指紋が必要になります。
もちろん、本名でのご契約の場合は、通常の印鑑で大丈夫ですよ。」
『なるほど。
でも、俺がこの青年に、写真で負けるとは、思えない。と、いうことは…、
これで、借金が返せるかもしれない!
それに、相手は、2回目までのバトルなら、このゲームを降りてもいいって言っているんだ。なら…、
何とかなりそうだ。』
竜雄はそう考え、
「分かりました。俺もその、vetoに参加します。
その前に確認ですが、本当に2回目までのバトルなら、降りてもいいんですよね?」
「ありがとうございます!
もちろんです。」
「なら、そのことも契約書に書いて頂けませんか?」
「これは抜け目ない。
分かりました。書きましょう。」
そう言って老紳士は、ポケットから取り出した万年筆で追記し、運営側の印鑑を押した。
「では、早速ですが明日から、ゲームを開始します。
明日、今日と同じ時間に、このビルまで来てください。」
「分かりました。」
そう言って竜雄は、契約書の署名欄に、「丸川竜雄」と本名を記入し、借金に関することと聞いて持って来ていた、印鑑を押した。(指紋を押すことに竜雄は抵抗があったので、竜雄は本名をフルネームで記載した。)
「あと、余談ですが、この、vetoというゲーム名の由来は、賭けに使われる『ベット』と、『フォト』とをかけた言葉の組み合わせです。まあ、ベットの英語のつづりは、正確には『v』ではなく『b』ですが…。
また、vetoは英語で、『拒否権』を意味します。この、拒否権の使い方は、このゲームで重要となってくることを、お忘れなく。」
竜雄はその言葉を聞き、そのビルを後にした。
『さて、どんな写真を持って行こうか…。』
竜雄は家へ帰りながら、思案した。
「ようこそ、丸川竜雄様。会場はこちらになります。」
次の日、竜雄は同じビルに来ていた。そしてビルの中に入ってから、受付嬢と思われる女性の、案内を受けた。
また、昌子からは、2日続けての外出を不審がられたが、
「ちょっと、仕事の関係で、写真頼まれてるんだ。」
と言い訳し、この、vetoの会場となるビルに来たのであった。
そして、竜雄は受付嬢について行き、エレベーターに乗った。受付嬢は、手慣れた雰囲気で、地下へ下がるボタンを押す。また、(いややはり)竜雄の心拍数は、初めてのことをする緊張感と、「借金が完済できるかもしれない。」という期待感とで、上がっていた。
エレベーターを降りると、
「veto・会場」
と書かれたドアが、目に入った。また、その前には、金属探知機が置かれている。
「ようこそ、我がveto会場へ!」
その会場へのドアの脇に立っていた、昨日と同じ老紳士が、にこやかに挨拶する。
「き、金属探知機ですか…。」
「ああこれですか。
これは念のため、武器などが持ち込めないようにしているのですよ。
いや、公営とはいえこういう商売をしていると、中には反社会的勢力、平たく言えば暴力団なんかが、入ってくることもありますからね。
もちろん、一般の参加者の方や、お客様には縁のない話ですが…。
それとも、あなたは武器等をお持ちですか?」
老紳士は冗談のつもりでこう言ったが、今の竜雄の心境では、そういった冗談は通じない。
「い、いえ、もちろん持っていません。」
「真剣に答えて下さり、ありがとうございます。少し、緊張されているようですね。
では、カメラ等貴金属類はこのカゴに置いて、ゲートをくぐり、中にお入りください。」
竜雄は老紳士にそう言われ、中に入った。
「こ、これは…すごいな。」
その中の部屋は、この勝負を見に来た、観客と思われる人たちでぎっしり埋まっており、それはざっと見て、100人程であると思われた。また、そのほとんどは男性客で、部屋には「男のにおい」が充満している、そう竜雄は思った。さらに、部屋の中は薄暗い照明になっており、「賭博場」の雰囲気を、十分に醸し出している。
「さあ丸川様、こちらです。」
老紳士が、竜雄を部屋の奥に案内する。その部屋の奥には、写真を写すための、大型スクリーンが、あった。
「あっ、丸川さんですね。マサキです。
今日は、お手柔らかにお願いします!」
多くの観客でざわついている会場内でもはっきり聞こえるように、マサキが少し大きめの声で、竜雄に挨拶した。マサキは、今日は昨日とは違い、ネイビーのスーツに、茶色のネクタイを合わせている。しかし、そのスーツも、暗がりでも分かる程高級なものに見え、
『このスーツも、あのおじさんに借りてるものなんだろうか?』
と、竜雄は思った。
「いえいえ、こちらこそお手柔らかに。」
竜雄は、マサキの挨拶にそう答えた。
「では、お二方が揃いましたので、まずはスクリーンについての説明をしたいと思います。
私は、このゲームの司会を務めさせて頂く、松葉という者です。よろしくお願いします。
このスクリーンは、お手持ちのカメラと直接ケーブルをつないで、写真を見ることのできるタイプのものです。ですから、お二方はそれぞれバトルに使う写真を指定して、ケーブルにつないで頂ければと思います。
また、1度スクリーンに写し出されますと、その写真は変更不可となっておりますので、くれぐれもバトル用の写真にお間違えのないよう、お願い致します。
何か、ご質問はありませんか?」
「あ、あの…。」
そこまで聞いた竜雄は、松葉と名乗る男に、質問した。
「すみません、シャッタースピードや、絞りの値、それからISOの値は、報告するのでしょうか?」
「いえ、それは結構です。審査は、それらの値ではなく、あくまでスクリーンに写し出された、完成形の写真のみで行います。」
『そんなんで、本当に写真の審査なんて、できるんだろうか?』
竜雄はその説明を聞き、そう思った。
「では、そちらの若い方は、質問はありますか?」
「いえ、特にありません。」
松葉と名乗る男は、さらに話を続ける。
「次に、今日の審査員を、紹介させて頂きたいと思います。
審査員は3人です。右から、丈秀・元和・井庵と、なっております。」
松葉がそう告げると、その3人の男性は、審査員席であろう椅子から立ち上がり、礼をした。また3人とも、歳はさっきの老紳士よりさらに上に、思われた。
『何か、変わった名前の3人だけど、ペンネームだろうか?
あと、この3人は、写真の腕前はいいのかな?
何か、『長老』って感じがして、写真には詳しそうだけど…。』
竜雄は、そう思った。
「私からの説明は、以上になります。では、ゲーム開始まで、しばらくお待ちください。」
竜雄、マサキは、松葉にそう言われ、少しの間、待つこととなった。
「さて、今からゲームを始めます。お二方、心の準備は、よろしいですか?」
「はい。」
「はい。」
2人は松葉にそう声をかけられ、返事をした。
そして、元々薄暗かった室内が、照明を落とされ更に暗くなる。
「レディース・アンド・ジェントルメン!
お待たせ致しました!ただいまより、本日のvetoのゲームを、始めさせて頂きたいと思います!」
「オォー!」
松葉が威勢良く挨拶し、観客はそれを聞き、地鳴りのように歓声を響かせる。
「今回のゲームの参加者は、竜雄さん!そして、マサキさんです!」
天井から周りをさまようように映していたスポットライトが、ちょうど狙いを定めたかのように、2人の所で止まり、2人を照射する。
すると、観客もそれに応え、地鳴りをさらに強くする。それはたった今地震が起こっても、それに気づけないのではないか、そう思う程の歓声であった。
「さて、ではゲーム開始前に、このゲームにおけるレギュレーション(細かいルール)を皆さまにお伝えします。
今回は、バトルは3回。1日ごとにバトルを1回ずつ行い、3日にかけて、ゲームを行います。
そして、特別レギュレーションとして、今回がゲーム初参加の竜雄さんには、2日目までならこのゲームを降りる権利が与えられ、その場合は賭け金なしのノーゲームとなります。」
「何だよそれ!」
「ブー!ブー!」
ゲームを降りるレギュレーションのくだりになると、観客はそんな罵声を浴びせ、ブーイングをする。
『これ、途中でゲームを降りても、大丈夫なんだろうか?
いやでも、これは認められた権利だ。』
竜雄は瞬時に、そう思った。
「まあまあ皆さん、ご安心ください。
もしノーゲームになった場合は、竜雄さんとマサキさん、どちらに賭けている場合でも、一定の払い戻しは致します!」
「オォー!」
その一言を聞き、歓声が復活する。この時竜雄は、
『観客は、俺たち2人のどちらが勝つかに、賭けている。』
という事実を、知ることとなった。
「そして…気になる今回の賭け金ですが…、
なんと、500万円です!」
「すげーな!」
「オォー!」
観客のヒートアップは止まらない。自分もパチンコで人のことは言えないが、人は、「お金」というものが絡むと、こんなに理性をなくし、熱狂するものなのであろうか。竜雄は、そういった思いに支配された。
「あと、魔法使用時のベットは、一口1万円からと、なっております。
説明が長くなりましたね。それでは、今から、ゲーム開始です!」
スポットライトの光が消え、スクリーンに写し出された、青い光が異様に輝いている。これから観客は、このスクリーンに写し出される写真を見て、熱狂するのだろう。それは竜雄にも、容易に想像できた。
〈バトル1〉
「では、バトル1です!お二方の写真を、一斉に…ドン!」
そのかけ声と共に、スクリーンに写真が写し出された。
「まず、マサキさんですが…これは、犬の写真ですか?」
「はい、そうですね。」
松葉のマイクを使った呼びかけに、ピンマイクをつけていたマサキがそう答える。(竜雄とマサキの両者には、観客に声が聞こえるように、ピンマイクが支給されていた。)しかし、その写真はピントも定まっておらず、はっきり言って、ド素人のレベルだ。
「何だよこれ~!」
観客の中には、そうマサキに罵声を浴びせる人もいた。
「続きまして…竜雄さんの写真ですが…。」
竜雄はこの日のために、田舎の夜の星空の写真を用意していた。そして、その写真の出来ばえは、写真に詳しくない者が見ても、素晴らしいと思えるものであった。
「これはすごい。まさに、息を呑むような写真ですね…。
これは、どうやって撮ったのですか?」
竜雄は松葉にそう訊かれ、ややヒートアップしてこう答えた。
「そうですね。これはまず、暗い所での撮影ですのでISO感度を上げて、絞りの値も小さくして、シャッタースピードも遅めにしました。あと、もちろんですがマニュアルフォーカスにして…、」
「…詳しいことはよく分かりませんでしたが、とにかく、これは良い写真です!素晴らしい芸術作品を、ありがとうございます!」
得意の写真についてということもあり、やや早口で説明した竜雄を松葉は途中で遮り、こう言った。すると会場の観客たちも、写真が映し出された当初はその出来に驚き、写真に見入っていたが、徐々に、
「いいぞ~オッサン!」
「ありがとう!」
と、男性の低い声で、歓声がとぶようになった。
そして、少し意地悪な心が芽生えた竜雄は、マサキに質問をした。
「ちなみにマサキさんは、ISOや絞りやシャッタースピードの値は、どうされました?」
「僕、詳しいことは分からないんで、とりあえずオートで撮りました。
でも、カメラはかなり良いの、使ってます!」
「ハハハ!」
「何だよそれ~!」
観客は、そんなマサキを嘲笑うかのような、ヤジをとばす。
『観客の言う通りだ。この子、写真の基本がなっていない。
この勝負、もらった!』
竜雄は、心の中でそう呟いた。
「ではお二方、このタイミングで、バトルするかどうか、決めて頂きます。
お二方、バトルするなら、挙手をお願いします!」
そう言い終わるか言い終わらないかのうちに、竜雄が思いっきり、手を挙げた。その表情は、まさに勝ち誇ったものであった。それに続き、マサキも手を挙げる。
「おっ、いいですね~!
お二方、いきなりのバトルです!」
松葉が、そんな2人を見て観客をさらに煽る。竜雄は行ったことはないが、海外での高級美術品を扱うオークション会場などでは、このような雰囲気になるのだろうか、竜雄の頭に、そんな思いがよぎった。
「さて、では写真の点数の方を、このゲームの審査員の丈秀・元和・井庵の3人の合議で、決めて頂きます。
…どうやら、点数が決まったようです。では、本日の代表の、丈秀の方より、点数を発表させて頂きます!」
丈秀は、そう言った直後の松葉から、マイクを受け取る。
「では、発表させてもらう。まず、マサキ氏の点数は…、5点!」
「はは、半分か!」
「だっせえの!」
点数発表と同時に、そんな罵声が、マサキに浴びせられる。また、顔には出さないように努めているが、やはりマサキの身体からは、落胆の色が見てとれる、と竜雄は勝手に思った。
「そして、竜雄氏の点数は…、10点、満点!」
「すげーぞオッサン!」
「やるう~!」
そう言う観客と共に、竜雄はこの結果を喜んだ。
『あと2日、この調子でいけば、借金500万円は完済できる!』
竜雄も表情に出さないようにしたが、どうしてもそんな思いから、笑いを完全に抑えることができない。
「さて、お二方、veto、魔法の方はよろしいですか?」
「はい、使いません。」
マサキは、ピンマイクをつけておらず、マイクを松葉から借りていた丈秀から、マイクを再度受け取った松葉にそう訊かれ、答えた。
「では、竜雄さんの方は?」
「僕も使いません。」
竜雄も、見よう見まねでそう答えた。
『そういえば、そんなルールもあったな…。でも、この写真の出来ばえの差じゃ、そんなの関係なさそうだ。』
竜雄はそう、思案した。
「では、この時点で、竜雄さんに10ポイントが入り、10―0で竜雄さんリードとなります。
バトル2は、明日、同じ時間となります。本日は、本当にありがとうございました!」
松葉はそう呼びかけ、その日を締めた。
〈バトル2〉
「ではバトル2を開始致します!お二方の写真を、一斉に…ドン!」
この日、マサキは何の変哲もない風景写真を、そして竜雄は、昨日の帰り、夕方に撮った、花のアップの写真を、用意していた。
『あの子、昨日よりは写真、マシになってるな…。
でも、俺に比べればまだまだだ。』
竜雄は、その写真を見た瞬間、そう思った。
「では、お二方、バトルをする場合は、挙手をお願いします!」
そう松葉が告げると、竜雄はまたもや威勢良く手を挙げ、マサキも、少し自信があったのか、手を挙げた。
「お二方、バトルということです!
…では、本日の代表の元和より、点数を発表致します!」
「まず、竜雄氏だが…、今回も10点、満点!」
「オッサン、マジですげえ!」
2日連続の10点満点に、観客はさらにヒートアップする。
「そして、マサキ氏は…、7点!」
「あれ、今回はいけると思ったんだけどな…。」
マサキはそう言い、悔しそうな表情を見せた。
『何が『いける』だ。確かに昨日よりはマシだけど、この子、写真の基本が、相変わらずなっていない。』
竜雄はそう思い、それを危うく口にしかけたが、すんでの所で、思いとどまった。
「ではお二方、veto、魔法の方はよろしいですか?」
「すみません、僕、vetoを使用します!」
マサキは、そう答えた。
「分かりました。では、何をvetoされますか?」
「さっき入った、竜雄さんの点数をvetoします!
竜雄さんの今回のバトルの点数を、0点にしてください!」
『な、何をする気だ!』
竜雄は危うくマサキに罵声を浴びせそうになったが、何とかこらえ、とりあえず様子を見ることにした。
「では、マサキさんのvetoにより、竜雄さんには対抗魔法を使う権利が与えられます!
対抗魔法の制限時間は、今から2分以内となります。」
しかし、いきなりそんなことを言われても、竜雄には何も、思い浮かばない。
「…2分経過しましたが、竜雄さん、今回は対抗魔法は使わない、ということでよろしいでしょうか?」
「は、はい…。」
自分のポイントをフイにされた竜雄は、力なくそう答えた。
「それでは2日目は両者ポイントなし、現時点での途中経過は、10―0で、竜雄さんがリード、となります!
このゲームも、残す所あと1日です!皆さん、明日、最終日も、よろしくお願いします!」
「オォー!」
観客は、松葉の煽りに応える。しかし、竜雄はマサキの一手に対して、怒りが拭えない。
しかし…、
『待てよ?俺の方にだって、vetoをする権利はあるはずだ。
それで、今は10―0で、俺の方がリードだ。それで、仮に…本当に仮にだけど、明日あの、マサキが10点満点を出しても、それをあいつが今日やったようにvetoすれば、あいつのポイントは0になる。そうすれば、僕が0点だとしても、あいつ、マサキに10―0で勝てる!』
竜雄は、そう考えを巡らした。そして、
『間違いない!500万は、俺のものだ!』
そう考える竜雄の目は、完全にこのギャンブル、「veto」の虜になった、ギャンブラーのものであった。
〈バトル3〉
「さて、今日はこのゲームの、最終日です!では早速、お二方の写真を…ドン!」
竜雄はその日の前日、「自分がもし0点でも、vetoを使えば勝てる。」と考えたが、それでも、
『俺の写真の実力を、最後に見せつけてやる!』
と思い、とっておきの、古風な民家の写真を用意した。
「オッサン、やっぱりすげえなあ!」
「オォー!」
相変わらずの竜雄の写真の出来ばえに、観客は歓声をあげる者、感嘆して息を呑む者に、分かれた。しかし、その者たちに共通しているのは、
『このオッサンは、只者ではない。』
という、認識であった。
そして、マサキの写真は…、
「これは…、絵画の写真ですかね?」
その写真は、洋画をカメラに収めた物であった。しかし、その写真の画素は荒く、パソコンのインターネットから引っ張ってきた画像を、写真に収めたということがまる分かりの物であった。
『何だこの写真は?あいつ、ヤケを起こしたのか?
これじゃあ観客も、笑うだろうな。』
しかし、そんな竜雄の思い・予想とはうって変わり、観客は、沈黙している。
『あれ、今日の観客、おかしいぞ?
昨日はあんなにあいつの写真をバカにしてたのに、今日はこんな写真に、声一つもあげないなんて…。』
と竜雄は思ったが、
『もしかして、呆れて物も言えないのかな?』
と思い直し、特にその反応を、気に止めることはなかった。
「それではお二方、バトルをする場合は、挙手をお願いします!」
『ふん、これであいつも終わりだ!』
竜雄はそう思い、力強く、最後の挙手をした。そして、マサキもそれに遅れて、手を挙げる。
「オォー!」
「いいぞいいぞ、やれやれ!」
金銭を賭けているであろう観客たちは、最後のバトルを前に熱狂し、その熱は大きな渦のようになって、会場を旋回している。
「…では、最後のバトルの点数を、本日の代表の井庵の方より、発表させて頂きます!」
井庵は松葉からマイクを預かり、それに応える。
「…まず、マサキ氏の点数は…5点!」
『チッ、あの写真が5点か。はっきり言って、あんなもの0点、100歩譲っても3点だ。』
竜雄はそう思ったが、声に出さず、自分の点数が出るのを待った。
「そして、竜雄氏の点数は…、10点、満点!」
「さすがオッサン!いい腕してるねえ!」
観客のうちの誰かが、そう叫んだ。そして、竜雄はそれを聞き、
『500万円は、頂いた!』
と思い、笑いを噛み殺すのに必死になった。
「ではお二方、veto、魔法の方はよろしいですか?」
マイクを返してもらった松葉がそう2人に問いかけた瞬間、マサキの方が、声を出した。
「…すみません。10ベット、10万円分追加で、魔法を使用したいと思います!」
観客は、マサキのその宣言を聞き、固唾を呑んでマサキの方を見守る。
「マサキさん、ここで魔法を使用します!
それで、魔法の効果は?」
「はい、この洋画の女神は、『向こう』を向いています。
だから、この勝負、『無効』にできないかなと、思いまして…。」
「分かりました。では審査員の方、ベット数を鑑みて、この魔法は有効ですか?」
その松葉からの問いかけに、丈秀・元和・井庵の3人の審査員は、少し話し合った後、
「魔法は有効である。」
と、宣言した。
「と、いうわけで、このゲームは『無効』、ノーゲームとなります!」
『な、何?
俺の500万円が、無効!?ノーゲーム!?
そんなのあんまりだ!せっかくのチャンスだったのに!
あんな奴の寒いダジャレのせいで!』
竜雄は、その瞬間、呆然とした。
しかし次の瞬間、
『待てよ?確か、俺にはvetoの権利が残っている。ここで相手の魔法を、vetoで拒否することは…可能なはずだ!
それに、そうしたら…10ベット、10万円分も、手に入る!
ということは、510万円から控除率を引いた分が、今回の俺の取り分だ!
何だかんだで、金額が増えた!バカだなあマサキも。多分そこまで考えず、苦し紛れにあんなダジャレの魔法を使用したんだろう。
そうだ!俺の写真の腕と知恵が、あいつ、マサキに勝ったんだ!
これで本当に、この勝負、俺のものだ!』
竜雄は、そう頭の中で言い終わるか終わらないかのうちに、大声を出していた。
「待て!その魔法、vetoだ!」
「…分かりました。では竜雄さん、マサキさんの魔法を、vetoします!」
「待ってください!」
マサキも、それにつられてか大声を出した。
「僕は魔法で、この勝負に勝つのではなくて、あくまで『無効』、ノーゲームを選んだんです。
ということは、お互い、受け取り金はなし、ということなんですが…、ダメですか?」
しかし、金の亡者と化した竜雄は、聞く耳を持たない。
「いいや、500万と10ベット、10万円は俺の物だ!
そんな卑怯な手、許さない!
vetoだ!」
その時の竜雄の表情からは、鬼気迫るものが感じられた。それはまさしくギャンブルによるものであるが、竜雄がパチンコをやっている時には、見せなかったものであった。
「もう1度訊きます。
この勝負、無効ではなく、vetoを使われるのですね?」
「ああ、何度も言わせるな!」
そのマサキの声色は、さっきまでとは打って変わり、落ち着いたものであったが、興奮した竜雄は、そのマサキの変化に気づかない。
「…竜雄さん、vetoを使用しました!
というわけで、勝負は有効となります!
そして、マサキさんには、対抗魔法を使う権利があります。
マサキさん、対抗魔法は使われますか?」
マサキは、薄ら笑いを浮かべて、こう告げた。
「ええ、もちろん。」
「対抗魔法だ!」
「オォー!」
観客は、マサキの宣言に、さらに色めき立った。
「突然ですが竜雄さん、この洋画の女神の名前は何だか、ご存知ですか?」
「な、何だよ急に。知らねえよ。」
「でしょうね。
実はこの女神は、ギリシャ・ローマ神話に登場するものです。そして、その名前は…、
『マイナス』と言います。
したがって、僕からの対抗魔法はこうです。
『マイナスの女神により、それぞれの持ち点を、マイナス換算とする』!」
「では審査員の方、この対抗魔法は、有効ですか?」
松葉からの問いかけに、審査員の3人は、
「もちろん、有効だ!」
と答えた。
「では3日間の合計点数を、発表したいと思います!
まず、本日のバトル3ですが、10―3で、竜雄さんに10ポイント。合計、20―0の所を、対抗魔法により、0―マイナス20となり、このゲーム、マサキさんの勝利となります!」
「マサキ、そこまで考えてたのか!」
「すげえなあ!」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
観客の感心をよそに、竜雄が大声を出した。
「そ、そんなのあんまりじゃんかよ!
写真の腕なら、俺の方が上なのに…。
何が『マイナス』だよ?」
マサキはそれを聞き、元々浮かべていた薄ら笑いを維持しながら、落ち着いてこう答えた。
「竜雄さん。このvetoは、写真の腕前を競うゲームではありません。
もちろん腕前は大事ですが、それよりももっと大事なのは、魔法など、先を読む力ですよ。
まあ、10ベットは僕が賭けたものなので、竜雄さんには関係ないですが、500万円の方は、お支払い、よろしくお願いしますね。
それとも、ベットを追加して、魔法を出されますか?
でも、魔法の読み合いなら、負けませんよ。」
「竜雄さん、魔法は、いかがなされます?」
マサキの発言の後、松葉がそう尋ねたが、竜雄にはそんな知恵はない。
「この勝負、決まりのようですね。」
マサキはなおも薄ら笑いを浮かべている。その様子の、最初の頃との変化に、竜雄はようやく気づいた。
「わ、分かったぞ!マサキてめえ、こいつらとグルだったんだな!
こんなの、イカサマだ!ぼったくりだ!何が公営ギャンブルだ!お前ら全員、訴えてやる!」
竜雄はそうわめき散らしたため、警備員に両腕を塞がれた。
「は、離せよ!」
しかし、いやもちろん警備員は竜雄を離そうとはしない。
そして、マサキは竜雄に、こう言い放った。
「竜雄さん、だから言ったじゃないですか。
『この勝負、無効ではなく、vetoを使われるのですね?』
って。
その時点であなたが勝負の無効を受け入れていれば、こんなことにはならずに済んだのですよ。
だからこれは、イカサマでも何でもありません。ただ、欲に目がくらんだあなたの、負けです。」
「ああ!そんなの俺は認めないぞ!離せ、離せ!」
マサキの言ったことは、正論であった。しかし竜雄は、それを認めようとはしない。いや、認めることができない。そして、最後の力を振り絞り、あらん限りの声で叫び続けた。
「マ、マサキ、お前!。」
精神が狂い、闘牛場の牛のようになった竜雄を、警備員が出口の方まで引っ張っていく。
そして、出口の所には、老紳士が待っていた。
「では、今回敗者となられました丸川様には、規定通り500万円を、お支払い頂きます。」
「て、てめえもグルだったんだな!」
竜雄はそう言ったが、老紳士はビクともしない。そして竜雄は次第に気が萎え、その目からは、涙が自然と出始めた。
『こ、こんなはずじゃなかった…。』
竜雄は、勝負が終わった時、そう心の中で叫び、激しく後悔した。しかし、時は既に、遅かった。
「では、丸川様を、よろしくお願いします。」
老紳士は警備員にそう言った。そして、竜雄は、会場の外に、放り出された。
※ ※ ※ ※
「いや、今回の勝負、特にマサキ様の前半の演技には、脱帽致しました。」
「いえ、大したことではありませんよ、宗像。」
宗像とマサキに呼ばれた老紳士は、恭しい表情を崩さない。
「丸川竜雄、とかいったかな、あの男性も、さぞや後悔したことでしょう。
それにしても、今回も、完璧なゲーム運びでしたね。」
「まあ、あの男性、丸川竜雄も、最後は金に目がくらんだんです。自業自得ですよ。
さて、次の対戦相手になりそうな人物は、見つかりましたか?」
「それがですね…、」
こう言って宗像という名の老紳士は、マサキに説明を始めた。
そして、そのゲーム、vetoが終了してからしばらくした後、
丸川竜雄が、遺体で発見された。