2-4
僕はショータ。ヒューマン、剣士、15歳。
ホワイトワールド2回目のダイブですが、目の前に熊が立っています。
アイ姉が基本的な剣の使い方を教えてくれて、突きのスキルを入手。
そして冒険者ギルドで周辺パトロールの依頼を受けて数日。
ノラ犬くらいなら単独で倒せるようになり、調子にのって街道から少し離れた森に入ったら熊に出会ってしまった。
「ショータ!相手の攻撃が届く範囲を考えて!」
「攻撃を受けちゃだめ!避けて!」
「大きい攻撃のあとに足を突く! 隙があったら横腹!」
剣をかまえて固まっている僕に離れた場所からアイ姉がアドバイスをくれる。
「突いたらすぐ抜いて離れる!」
熊が突進してきて、右手を振り上げた。
左後ろに下がって回避。
熊はこっちを見てる。隙がない。
さらに僕の方にダッシュしながら左手を横なぎにしてきた。
さらに後ろに下がって回避。
熊が止まってこっちを見る。
ゆっくり近づいてくる。
気おされて下がると木にぶつかった。
意識が木に向いた瞬間、熊が迫ってきた。
気づくと目の前に熊。両手を挙げている。
「ひっ!」
叫びながら剣を手放し、頭をかかえ、右前方に転がった。
一回転して振り返ると、こっちを見ている熊と、熊の攻撃で倒れる木。
「ショータ!」
「アイ姉!」
アイ姉が剣を構えて走ってくる。
「アイ姉!!」
アイ姉の方に逃げようとする。
「ショータ!ダメ!!」
「えっ?」
アイ姉の視線が僕の後ろに向いていた。
振り返ると完全に振りかぶった熊の左手が見えた。
もう一度アイ姉を見た。
「ショータ!!」
アイ姉の叫び声が聞こえると同時にブラックアウトした。
目を開くと、ベッドしかない部屋にいた。
キャラクターメイクした部屋だ。
あっけにとられていると、音声がはじまった。
『あなたはリタイアしました』
『どうしますか?」』
画面が3つ現れた。
左はリバイブとあった。
秒数がカウントアップされている。ゲーム内でも時間が経過中らしい。
今はアイ姉が一人で熊と戦っていて、俺は横に倒れてる状態。
課金すれば復活して戦闘に再参加できるのだろう。
真ん中はコンティニュー。無料。
次の日の朝、最終ログアウト地点でスタートするとある。
右はログアウト。
「アイ姉を助けにいかないと…」
意識をリバイブに向けるが選択できない。
まだ実装されていないようだ。
少しの間ほかの方法がないか考えたが、選択肢はなく、仕方なく真ん中のコンティニューを選ぶ。そして意識が再度ブラックアウト。
次に視界に入ってきたのは、木でできた天井だった。
ギルド宿舎の部屋だ。
「ショータ……」
小さな声が聞こえてきた。僕は寝たまま顔を声の方向に向けた。
アイ姉と目が合った。
泣きはらした目をしていた。
「ショータ……おはよう。よかった」
「ん…と、アイ姉?」
「うん。熊は私が倒した。助けてあげられなくて、ごめん」
「そんなことないよ。僕がまずかった。心配かけてごめん」
少し沈黙がながれた。
僕はベッドから体を起こして、アイ姉の方に向かって座りなおした。
「これ、ショータの剣」
「あ、そうか。拾ってくれたんだ。ありがとう。アイ姉」
「大丈夫?疲れた?」
アイ姉が顔を近づけて聞いてくる。
顔が近い、近いよ。
「う、ううん?大丈夫」
「良かった……」
顔が熱い気がする。
血が上ったり顔が赤くなるエフェクトって実装されてるのかな?
「でも、顔が赤いけど」
実装されてた。
アイ姉の顔がどんどん近づいてくる。
右手が僕の髪の毛をかき上げ、おでこをつけてきた。
「!!!」
「熱は、、無さそうだけど、、、」
近い、というかくっついてる。
温かい、いいにおいがする。
とはいえ、この状態は女性に慣れてない心臓に悪すぎる。
アイ姉の両肩を手でつかんで、離そうとする。
「ショータ?」
逆に、手をさらに後ろに回して抱きしめてしまった。
「んっ……ショータ?」
アイ姉の顔の横、肩に顔をうずめる。
いいにおいだ。
温かくて、やわらかい。
アイ姉も手を僕の背中に回してきた。
腕に力をこめると、アイ姉も力を入れ返してきた。
アイ姉の髪の毛が僕の耳に当たってくすぐる。
左腕をアイ姉の背中から腰の方に下ろしていく。
そこから体をひねって、アイ姉をベッドに押し倒した。
「ショータ、だめ」
アイ姉は僕の肩を押し返そうとする。
僕はアイ姉を見つめる。
アイ姉の両手首をつかんで、ベッドに押し付ける。
「ショータ、だめ、できないよ」
アイ姉は困ったように少し笑って言った。
僕の心臓はこれ以上ないってくらいバクバク言っている。
足の間のものもこれ以上ないくらいに…
……!?……無い?
「無い!!!???」
アイ姉から離れて立ち上がり、叫んだ。
「ショータ?」
本来あるべきものがない股間に手を置きながら、数秒呆然とした。
「ア、ア、アイ姉、きょ、今日はもうログアウトするから」
「ごめん、というわけで、そういうわけで」
左手は股間を押さえたまま、右手でアイ姉を部屋から押し出した。
「え?ちょっと、ショータ?」
「またすぐログインする。なんでもないから」
「え、う、うん、じゃ、じゃあね」
「うん、また」
アイ姉を部屋から追い出したあと、僕は慌ててベッドに横になる。
ログアウトログアウト、ログアウト―!
……
ヘルメットが外れて、照明の光が目に入ってきた。
手足を動かそうとするが、固定されていて自由にできない。
「ちょっと待って待って。ぷっ。今ハーネス外すから」
右手の拘束が外れた!
急いで股間に持って行く。
「ある…あった…」
左手、両足と自由になって、椅子の上で上半身を起こす。
「くっっっ、ぷっっ」
コウヘイが笑いをこらえている。
助手と思われる女性がこちらに背中を向けてうつむいている。肩が小刻みにゆれている。
とりあえず自分が笑われていることはわかった。
「何がおかしいんですか?」
怒った声になる。
「ゴメンゴメン、伝えなかったのはこっちの落ち度だ。すまない」
「何がですか?」
「『無い』というか、『できない』こと」
「え?……見てたんですか?」
「ああ、倍率はまだ1倍運用でね、ゲーム画面をモニターしてたんだ」
モニターを見ると宿舎の天井から部屋を映した画像が表示されていた。
「!!」
「ほんとゴメン」
さっきよりも顔が赤くなる。
「事前に説明しておけば混乱させずに済んだ。申し訳無い」
「……はあ」
「それでね、そのー、そういった機能は実装されてないの。できないようにしてあるの」
「……どうしてですか?」
「いや、シンプルな理由なんだけどね」
「翔太君も答えを聞いたらなるほどってなるよ」
「はやく教えてください」
「風俗法に引っかかるからなんだよ」
「あ、はい」
思わぬ方向からの理由であっけにとられた。
「そういった機能を実装すると、ここが性的サービスを提供する場所になっちゃうわけ。ゲームにログインできる場所が」
「そうなると、プレイヤーが接続する場所、ダイブセンターを建てる場所が制限されたり、申請する相手や書類がとんでもなく面倒になったりする」
「周辺住民から反対も出るだろうし、警察もなかなか許可をくれないだろう」
「ビジネスを広げていく上で足かせになるんだ」
「だから、実装してないし、今後実装する計画もない」
「なるほど。そうなんですね」
「そうだね、それこそ2~3年くらい後、ダイブシステムが普及したら海外でそういったサービスが始まるだろうね」
「日本からの体験ツアーも出るだろう。そういった動きは止めようがない」
「あらかじめ説明していなかったのは本当にごめん。ダイブ2回目であんな流れになるとは思ってなかったんだ。僕たちの認識が甘かった」
「もういいです。というか、モニターはこれからもあるんですか?」
「これからは君の脳波とか健康面のモニターだけだよ」
「2倍速に対応した社員がゲーム内に常駐してるけど、個々のプレイヤーを見張ってるわけじゃあない。異常が検知されたときにすぐ対応できるようにしているだけさ」
「というわけで安心してくれ。自由にプレイしてくれたまえ」
「……」
コーヘイの目をじっと見ると、目をそらされた。
助手らしき女の人は、それを見て、また後ろを向いて肩をふるわせた。
「わかりました。でも、今日はもういいですよね」
「あ、いいよ。とても興味深いデータがーいやなんでもない」
笑いをこらえている二人を後ろに、ダイブ部屋を後にした。
2回目のダイブはいろいろ散々だった。