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「ショータ、ショータ、起きて」
目を開けると、アイ姉の顔があった。
俺はさっきと同じ椅子に横たわっていて、今度はアイ姉が横にいて、のぞき込むようにこっちを見ていた。
「ショータ、大丈夫?立てる?」
アイ姉に背中を支えられて上半身を起こし、体の向きを変えた。
服装が仕事着からゲームの服に変わっている。
アイ姉と同じような布の服と皮の靴だ。
「変な感じはしない?」
部屋にはドアが一つ、今座ってる椅子があって、目の前にアイ姉がいるだけだった。
「じゃあショータ、立ってみて」
言われるまま立ち上がった。
「お、おはよう、ア、アイ姉」
「うん、おはよう。ショータ」
にっこりと微笑むアイ姉。
「大丈夫?おかしなところはない?」
「ああ…うん。大丈夫っぽい」
「そう、良かった」
一段と明るく微笑むアイ姉。顔が近い。
顔が赤くなっているかもしれない。
「じゃあ、行こ。ショータの冒険のはじまりだよ!」
「……ああ……うん!」
部屋のドアを開けると50mほどの暗いトンネルが続いていた。
アイ姉が前を歩き、僕は後をついて行く。
「今日の予定は、まずギルドに行って冒険者登録。それから、必要なものの買い物だよ」
「わかった!」
「冒険者の先輩、つーまーり、私がいるから安心して」
「うん、ありがとう。よろしく。アイ姉」
トンネルの終わりが近づいてきた。
外の景色は逆光でホワイトアウトしている。
トンネルの出口でアイ姉が立ち止まり、僕に先に行くようにポーズを取った。
僕は、そのまま歩いて、光に飛び込むように外へ。
「ショータ!」
「ホワイトワールドへようこそ!!」
アイ姉の歓迎を受けながら、僕はトンネルから外へ、真っ白な光の中へと足を踏み出した。
一気に目の前に広がる世界。
僕は小高い丘の上に立っていた。
川沿いの町が眼下に見える。
青空には太陽、雲が少し浮かんでいる。
鳥や虫の声が聞こえる。
風が吹いてきた。
……信じられない。
……これがプログラムの中だなんて。
周りを見回すと、自分の背後は結構高い緑の山だ。
トンネルの出口は無くなっていた。
アイ姉の髪が風にゆれている。
髪の毛も、目もキラキラと光っている。
……信じられない。
……これがプログラムだなんて。
横顔に見とれていると、アイ姉がこっちを向いた。
「何見てるの?」
「あ、いや、えーっと」
「ふふ、ぼーっとしてちゃダメだよ。さあ、行こ!」
俺はキョロキョロしながら歩いた。
林の中を道が通っている。
舗装はされていないが、車輪の跡が残っているから馬車のようなものがあるのだろう。
虫の声がするが、その姿は見えない。
木や植物の種類はさすがに現実より少ない気がする。
とはいえ、全身で感じるこの世界は、すごくリアルだ。
前をサクサク歩くアイ姉の足音が聞こえる。自分のザクザクとした足音も。
木漏れ日が地面に模様を作っている。
日光が肌に当たると温かいし、日影は涼しい。
「すごいなあ」
思わず声が出た。
「すごいでしょ?って、私が作ったわけじゃないけどね」
「うん、すごい」
「それでね、いま向かっているのがクリサンタっていう町」
「今日はクリサンタの町にある冒険者ギルドに登録するのが一番の目的よ。それから町の商店に行って、冒険や生活に必要な道具を揃えるってわけ」
「僕は買い物するお金持ってないけど?アイ姉が持ってるの?」
「ギルドで準備金が貰えるから大丈夫」
クリサンタの町は木の柵で囲われていた。
入口に門番が立っていたけど、アイ姉が手を挙げただけで通してくれた。
「町の周辺や街道沿いは割と安全よ。冒険者が定期的にパトロールするから。逆にモンスターと戦いたいなら村とかその先に行くのが良いわね」
話ながら町の中央近くまで来て、周辺で一番大きな建物に入った。
建物に入ってすぐにはテーブルセットがいくつか。
壁には紙が貼ってる。広報や依頼のようだ。
部屋の一番奥にはカウンターがあり、カウンターの内側には女性が何名か立っていた。
アイ姉は迷わずカウンターに向かっていく。
僕もその後をついていく。
「ハーイ」
「あらアイじゃない。元気?」
「ええ。今日は新規登録に来たの」
「え?あ、後ろの子?弟?」
「そんな感じ」
「じゃ、弟さん、こっち来て」
「いや、弟じゃないから」
ギルドの女性が意地悪く笑った。
「じゃあ、恋人?」
「え?、いや、そういうわけじゃない…けど…」
「あはは、冗談よ。新規登録ならこの書類を書いてくれる?」
書類は自分の名前と年齢を書くだけのごく簡単なものだった。
「書いたらちょうだい。えーと、ショータ、ヒューマン、15歳、職業なし、冒険者ランクはEっと」
「ショータ。冒険の世界へようこそ! ギルドを代表して歓迎するわ。まず、これを受け取って」
短剣を手渡された。
「これが支給武器であり、登録の証明でもある剣。冒険者の剣っていうよ」
「無くすと再登録の手数料がかかるから注意ね」
「初心者向けの宿舎はこのギルドの裏。最初の3日は無料だけどその後は料金取るから。食事もおんなじ。町にある宿に泊まってもいいわよ。ここより高いけどね」
「次にギルドに来たときはぜひ依頼を受けてちょうだいね。依頼をこなすとお金がもらえて、冒険者ランクが上がっていくわ」
「あとの細かい話はアイに聞いてね」
冒険者登録はあっという間に終わった。
「じゃ、ショータ、次は買い物に行こ」
ギルドを出てしばらく歩いた後、アイ姉がふと立ち止まって僕の方を向いた。
「ショータ、右手を前に出して、それを右に動かしてみて」
言われたとおりに手を動かすと、半透明のウィンドウが出た。
「ステータス、インベントリ、イベント…」
「このメニュー画面は、今みたいに腕を動かしたら表示されるし、慣れたら意識するだけで出すことができるよ」
「最初にステータスを見てみて」
「えーと、ステータス、と」
「ちなみに画面は他人からは見えないから」
「ステータスではショータの職業とか強さとかいろんな数値がわかるわ」
「職業は戦士とか魔法使いとかいろいろ。職業ごとにスキルがあるよ」
「例えば、剣士ならバトル関係のスキルが充実していて、スキルの習熟度が上がると攻撃力が上昇したり新しいスキルが手に入ったりするの」
アイ姉から基本的な職業やスキルを聞いて、自分の職業に剣士を選んだ。
「剣士ね。いいと思うよ。ゲーム序盤で確実にお金と経験が稼げる職業だし、剣士スキルは初期装備のナイフでも使えるから転職しても有用よ」
「それに、私も剣士だから、いろいろ教えてあげられるしね」
アイ姉がにっこり笑った。
「う、うん」
アイ姉の笑顔に見とれて返事が遅れてしまった。
「それから、インベントリは持ち物。便利なアイテムボックスだよ。冒険は基本的に手ぶらでOK。今はお金と冒険者の剣だけだよね」
「イベントには、請け負っている依頼や参加しているイベントが表示されるの。今は『チュートリアル』って書いてあるはずよ」
「あとは冒険しながら教えてあげる」
「じゃあ、今度こそ買い物。剣士だったら長剣を買わなきゃ」
「うん」
アイ姉に連れられて、町の装備屋で買い物をして、消耗品を扱う雑貨屋、食品店をぐるっと回って、宿舎にもどってきた。
「ショータ、気分は悪くない?疲れた?」
「ううん?全然」
「良かった。それじゃあ、今回のダイブはここまで。次回はスキルの練習とバトルよ。大変だと思うけど、いっしょにがんばろ」
アイ姉が僕の両手を包み込んで握ってくる。
「うん、よろしくね」
「まかしといて!」
「それでログアウトの方法だけど、ベッドに横になって」
「ログアウトは自分の部屋、宿屋、テントの中でできる。次にログインしたときは、ログアウトした場所から始まるわ」
アイ姉がベッドにかぶさるような姿勢で説明してくれている。
髪の毛が少し垂れている。
腕を伸ばして抱き寄せたらどうなるだろう。
「ショータ、聞いてる?」
「う、うん」
「今言った場所以外でもログアウトできるけど、それはイレギュラー扱いになるわ。次のログイン時は最後に正しいログアウトをした場所から始まることになるから気をつけて」
「分かった」
「じゃあショータ、目をつぶって」
「うん」
「ログアウトをイメージすると、まぶたにボタンが浮かぶから」
「ほんとだ。浮かんできた」
「じゃあ、そのままボタンを押して。ショータ、また明日。おやすみ」
「おやすみ。アイ姉」
……頭からヘッドセットが外された。
さっきまでの木の天井が、無機質なものに変わっていた。
頭を動かすと、コーヘイが机越しにこっちを見ている。
「気分はどう?」
「あるくない」
こうしてホワイトワールドの初ダイブが終わった。