8-3
探索2日目、これといった変化も手掛かりもないまま時間が過ぎ、最後のキャンプ場所を探していたときだった。
「ワフッ」
ジョーンが小さく吠えた。
何かが落ちている。
数メートルの寝袋のような何か。
筒状で、しわくちゃで、半透明で、節がある。
「なにかしら……ショータ?」
「……抜け殻のように見えるけど……」
「虫の抜け殻だとするとずいぶん大きいわね」
この抜け殻が体の一部とすると、数十メートルはありそうだ。
脱皮するたびに大きくなるのなら今はもっとあるかもしれない。
「ヴィー?」
「うむ。間違い無い。奴じゃ。今は虫に化けておるんじゃろ」
「ヴィーが探してる奴だとすると、ヴィーよりはるかに大きいんだけど」
「問題無い。見つけたら、ワシが、やる」
ヴィーはできると断言した。
「近くにいるのか?」
「私の把握できる範囲にはいないわ」
アンの探知範囲に動くものはいないらしい。
しばらく沈黙が続いたのち、ヴィーが話し始めた。
「……のう、皆に頼みがある」
「契約違反よ」
アンが間髪入れずに答えた。
「うむ、わかっておる。申し訳無いと思っておる」
「それでも?」
「それでもなんじゃ」
「奴のせいで町、いや、国が滅びかねんのじゃ」
「逃してしもうたのはワシの落ち度じゃ。その落ち度をお前達にかぶせるのはお門違いもいいところじゃ。その上で頼む」
「頼むから助けてくれ」
「そうね、明日以降も探索を続けたいというなら、二つ、いえ三つね、確認したいことがあるわ」
「うむ、言ってくれ」
「一つ目、ショータ君にアイさん、水と食料はどれだけ持ってきてる?」
あと4日は探索できるだけ持っていた。
「二つ目、洞窟の中でリタイアする覚悟はある? 気持ちのいいものじゃないわよ」
僕とアイ姉がうなずいた。
ジョーンがアンのすねを鼻でつついた。
「ジョーン、あなたもね。ありがと、わかったわ」
「最後に三つ目、報酬は上乗せでもらうわよ」
「わかった」
これはヴィーが答えた。
「シカジャーキーも付けてね」
アンが僕にウィンクした。
「わかりました」
「…………ふう。じゃ、もうちょっと頑張りましょう」
探索2日目が終わった。
翌日、洞窟探索3日目もなかばを過ぎたころ、一つのドームに入った。
「うわぁ…………」
アイ姉が絶句した。
地表に近いらしく、天井に小さな穴があって光がサーチライトのように入ってきている。
その光に照らされた場所には緑色のコケが生えていて、銀色の植物が一本だけ立ち上がっていた。
触れたら折れそうな銀色の細い茎、その茎の先には薄い氷でできたような、銀色のドレスをまとったバレリーナのような花が咲いていた。
「すごいな。私も初めて見る」
アンさんも言葉を失う。
「葉緑素が無い。これって下のコケに寄生してるんだな、きっと」
「お主はつまらない男じゃの」
「ワフッ」
ヴィーに続いて犬にもバカにされた。
「きれい……」
「……アイ姉」
「……なあに? ショータ」
「これ、ミドリお祖母ちゃんのところに」
「持って行けるわけないじゃない!」
想定外の厳しい言葉が返ってきた。
「ここに一本だけしか生えてないんだよ! そっとしておこうよ」
「アイさんの言うとおりよ。ショータ君」
「言われんとわからんのか」
「ワフンッ」
全員に怒られた。
ここにきての新機能『スクリーンショット』をアイ姉から教えてもらい、記録を取りまくってからこの場を離れた。
さらにしばらく歩いているとアンがつぶやいた。
「風向きが変わったわ。それに……待って、声が聞こえる。話し声みたい」
僕には全くわからないが、大きな変化があったらしい。
声がするという方に進んだ。歩く速度が心なしか上がっている。
「本当、話し声がする」
アイ姉も気づいた。僕にも聞こえてきた。
グネグネと曲がる洞窟をさらに進むと、光が見えてきた。
最後のカーブを曲がると、明るいドームが目に入った。
火がたかれている。
「誰だ!!」
男が僕たちに向かった剣を突きつけてきた。
「北の町から洞窟をもぐってきたの。怪しいものじゃないわ」
アンが答える。
「洞窟で来ただと? この洞窟の先がどこかに繋がっているのか?」
男がすごく食いついてきた。
「ええ、そうよ。町がある。抜けるのに3日かかるわ」
「3日で行けるのか? 道は安全か?」
「私が案内すれば安全よ」
「わかった。すまないが少しここで待っていてくれ!」
男が集団に戻っていった。
集団は大人の男が数人、あとは高齢者、女性、子供ばかりだった。
服装は一言でいうと和風、作務衣のような服を着ている。
「待たせてすまなかった。こっちで話がしたい。来てくれ」
男が僕たちを呼んだ。
「さっきは剣を向けて悪かった。俺はツブリという」
「この洞窟を抜けた先に俺たちの国がある。俺たちは逃げてきたんだ」
「北の町とやらに安全に抜けられるならそちらに逃げたい。洞窟がどうなっているか教えてくれないか?」
「その前にお主たちに訪ねたいことがある」
「ニワトリ?」
ツブリ達が驚いた。
「うろたえるでない。非常事態じゃ、飲み込め!」
ヴィーが言い放った。
「化け物がお主達の国を襲ったんじゃな?」
「あ、ああ、その通りだ。ムカデだ。ムカデの化け物が襲ってきたんだ」
あれはムカデの抜け殻だったんだ。
「そやつは今どこにおる? 何をしておる?」
「わからん。あるとき突然やってきた。街を襲って、牛や馬、人を次々食って、満足したのか山に戻っていった。それからだいたい月に1回やってくる」
「兵をそろえて迎え撃ったこともあるが、やられた。王も食い殺された……」
「そろそろまた来る頃なんだ。皆殺しにされるわけにはいかんから逃げてきたんだ。そ、そうだ、あんたたち強いのか? あのムカデを倒せるのか?」
「あ、いや、僕はそこまでは……」
「ワシが、やる」
ヴィーが言い切った。
「あんた、やれるのか?」
「やる! やらねばならん!」
断言した。
ツブリを中心に、また集団で話し合いが行われた。
「頼みが、ある」
ツブリの頼みは二つあった。
一つはアンに。
集団の代表者を北の町まで連れて行ってほしいというものだった。
道のりや行った先を確認して、問題なければ全員を避難させたいようだ。
「その依頼を受けるかどうかの前に……ショータ君?」
「はい」
「私への依頼は達成してるってことで良かったかしら?」
「うむ。奴の居所はわかった。感謝する」
僕の代わりにヴィーが答えた。
「依頼達成の一筆、もらえる?」
「はい。いま書きます。あとこれ、シカジャーキーです」
「ふふ、大切にいただくわ」
アンは男達の依頼を受けて北の町に戻ることになった。
もう一つの依頼はヴィーに対するものであった。
「今、城に姫と近習だけが残っている。姫はムカデと相打ちする覚悟だ。助けて欲しい。カイ姫が生きていれば国が再興できる」
「うむ。もとよりそのつもりじゃ」
ヴィーは力強く返事すると、僕たちの方を見た。
「ショータとアン、今まですまなんだの。助かった」
「え?」
「ん? 奴の居場所はわかった。お主たちのおかげじゃ。ありがとう」
「ヴィーさん?」
「ああ、謝礼の件じゃが」
「ヴィー!」
「なんじゃ、人が話しておるのに」
「ヴィーこそなんだよ!」
「ん?」
「さっきから僕とアイ姉はヴィーについていく前提で話をしてるんだけど!」
「んん?」
「そうだよね、アイ姉」
「そのとおりですよ。ヴィーさん」
「私もさっき、ショータ君とそのつもりで話してたわ」
「フンスッ」
「……お、おお。皆……そうか……すまぬ。ありがとう」
「ヴィー殿、それにショータ殿、アイ殿。恩に着る。明日俺が城まで案内する。頼む。国を、姫を助けてくれ」
ツブリの頼みに僕たちがうなずいた。




