7-2
お互いの能力の説明や戦い方のシミュレーションをした後、僕たち6人は北の山に向けて出発した。
「なあ、ショータ、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「なんですか?」
上り坂を歩いていると、大柄の女性戦士ツブラから小声で話しかけられた。
「あんたとアイって恋人どうしか?」
「えっ?」
後ろを振り返ると少し離れていたアイ姉がなあに? と首をかしげた。
「いやな、うちのマドカが気になってしょうがないらしいんだよ」
ツブラの後ろにはマドカがくっついていて、困り顔でツブラの服を引っ張っている。
「えーっと、アイ姉は僕の近所のお姉さんで、幼なじみで、冒険仲間で、えーっと」
「恋人?」
「いや、えーっと、そーゆーわけじゃないんだけど、うーん」
「わかったわかった。わかったからもういいよ。ありがとね」
ツブラは何をわかったのか、礼を言って離れていく。
マドカもツブラについて行ったが、僕をにらんでいる気がした。
ちょっと気まずくなったので、イアンに話を振る。
「そういえばイアンさん、男で回復役って珍しいですね」
「それは偏見です」
冷たく言い返され、さらに気まずい雰囲気に。
「はっはっは。ショータ」
スティーブが笑いながら話に加わった。
「君にとって回復役はシスター服の銀髪巨乳美人が良いのかもしれないけどな」
振り返るとふくれっ面のアイ姉が僕をにらんでいた。
両手を上げて慌てて首を振る。
そんなことを大声で言って、これ以上気まずくしてどうする。
「俺の年代だと回復役は男、おかっぱ頭でさ、カロッタっていう帽子をかぶった男の僧侶がなじみ深くってね。それ以外イメージできなかったんだよ」
「へー、そんな時代があったんですね」
ジェネレーションギャップの話になって気まずさが薄れた。ナイススティーブ。
道はそのうち林に入り、薄暗くなった。
皮が一周めくれた木がそこかしこにあり、枯れた木も目立つ。
道には湿った落ち葉が広がっている。
突然、探知スキルに無数の小さい何かがひっかかった。
「みんな止まって!」
他の5人が止まって僕を見る。
僕は空中を見て、探知に集中する。
トッ
何か小さいもの、軽いものが地面に落ちる音がした。
全員で音のほう、道の先の地面を凝視する。
何か小さいものが動いて見える。
ミミズのような細い生き物が、頭を持ち上げて左右に動かしている。
「ヒルだ」
僕が声を出したとたん、マドカが回れ右して全力で逃げ出した。
「あ、マドカ、待って」
ツブラが追いかけた。
「おい、ショータ、これ……」
「うん、山ビルだと思う」
目の前のヒルが、ゆっくり、シャクトリムシのようにこちらに近づいてくる。
よく見ると周辺に何匹もいる。
鎌首を上げ、左右に振り、何かを探している。
「スティーブ、いったん下がろうか」
「そうしよう」
森の端まで戻ったところで、ツブラとマドカが待っていた。
ツブラが責めるような口調で話しだした。
「おい、ショータ、何なんだよあれ」
「あれが山ビルだ。先生が言ってただろ」
「あんなにたくさんいるって聞いてないぞ」
「僕だって知らなかった。きっとナチュラリストの影響が広がっているんだ」
「あん?」
「皮のめくれた木があっただろ、前はもっと山の奥だった。シカが広がってるんだ」
「ショータ、お前はどうしてだと思う?」
「正しくはわからない。山の餌が無くなったのか、それとも」
「熊……レッドメットが移動しているか、か」
「うん、スティーブ、そのどっちかだと思う」
「既に敵のテリトリーって感じだな」
「それよりどーすんだよ、ヒル。アタシはあんなとこ歩きたくないぜ。探知スキルで迂回できないのか?」
「それは無理です。この辺いったいに山ほどいるはずです」
「どうしようも無いじゃないか。アタシ行きたくないし、マドカもそうだってよ」
ツブラの後ろでマドカがうなずいている。涙目だ。
「ヒル対策をしましょう。先生から聞いています。多少動きづらくなるけど仕方がありません」
「先生によると、ヒルは木の上から降ってきて地面から這い上がってきます。上からのヒルは帽子で受け止めます。自分だけじゃなく仲間の帽子も注意深く見てください」
全員でつばの広い帽子をかぶった。
「下から上ってくるヒルに対しては服の内側に簡単に入れないようにしてください。今度は、首元まで上がってこようとしますので、それまでに気づいてください」
シャツはズボンにイン。ズボンの裾も靴下の内側に入れた。
「あとはこれを」
塩水を染みこませた布を、細く切って首や足首に巻いた。ヒルは塩が嫌いらしい。
「行きましょう。大きな声は出さないで。レッドメットに気づかれます」
全員で湿った森の中に入っていった。
マドカは両手で口を押さえている。涙があふれんばかりだ。
ツブラはマドカ後ろに立って、マドカの帽子や足元を注視している。
スティーブとイアンは横にならんでいる。
「ショータ。私が見てる。ショータは探知に集中して」
「アイ姉は?」
「私は大丈夫。それよりも探知が重要でしょ?」
「うん、ありがとう。お願い」
「うん、行こ」
折れた木が多くなってきた頃、探知範囲に大きな赤い丸が現れた。
「みんな、レッドメット。だいたい400メートル」
「まだ気づいてないけど、警戒してます。動きを止めた」
「いったん、少し戻りましょう」
100メートルほど下がった。
「戦い方は事前の打ち合わせどおりだろ。他になにかあるのか?」
「はい。ここに罠をしかけます」
「罠?」
「はい。逃げるときの時間稼ぎ。場合によって反撃のきっかけになります」
「逃げるのが前提か?」
ツブラが気分を害したらしい。
「いいえ。でも、もしもの備えはあった方が良いです」
「そうだな、ショータ。手伝えることがあったら言ってくれ」
「わかったよ。アタシ達にもなんかあるかい?」
前回よりも深い落とし穴を掘った。
レッドメットがまるまる入るくらい。
前回は足元だけだったロープは、今回は高いところにも張った。
僕たちにはかからないが、レッドメットの首あたりにくるはずだ。
罠地帯の通り道を全員で確認し、改めてレッドメットに近づいた。
先頭を歩いていた僕がふりかえり、みんなを制止した。
「ここで準備していてください。レッドメットまで250メートルです。僕がもう少し近づいて、釣ってきます」
「ショータ」
「大丈夫、アイ姉。安全な距離は分かってる」
「それよりツブラさん、大丈夫ですか?」
「ああ、最初の一発、アタシが絶対に受け止める」
「スティーブも」
「腕が鳴るね」
「イアン、そしてマドカさん」
「分かってます。安全な場所で頑張りますよ」
「…………」
「アイ姉」
「まかせて。ショータ」
「じゃあ、行ってきます」
レッドメットがいる方に、静かに、ゆっくりと歩き始めた。




