6-3
「シカを5頭、狩ってきてほしい」
「はあ」
「簡単に聞こえるかもしれないが、ここからが問題だ」
「はい」
「北に1日ほど歩いたところにある山で狩ってきてほしい。この北というのが問題でね。ナチュラリストの影響力が強いエリアなんだ」
「ナチュラリストが強いとどうなるんですか?」
「今回のシカについて言えば、肉に食中毒を起こす菌が入っている可能性がある」
「はあ」
「シカ刺しが食えないだろうが!」
「確かに、そうですね」
適当な返事をしたら怒られた。
「この近辺のシカと比べて良くない差異が生まれていないか、それを確認したい」
「それ以外にも、人間にとって不快な生物、不快なだけならまだましだが、有害な生物が生まれてきているかもしれない」
「君には、シカを狩ってくるとともに、周辺を注意深く観察して、それ以外の変化も見つけてきて欲しいんだ」
「そうなんですね」
「それから、これは可能性の話だが、君自身が生命の危険を感じるような変化があったらその場で帰ってきてくれ。依頼は成功扱いにする」
「そんなに危ないんですか?」
「可能性の話だ。ただ、あり得る。注意深く回って、そして帰ってきて欲しい」
「それから、念のためにこれを渡しておこう」
先生は丸い玉を渡してきた。
「なんですか?」
「緊急脱出用のアイテムだ」
「私が独自に開発した唐辛子を微粉末にしたものだ。1000万スコヴィルある」
「1000万?、スコヴィル? 何の数字ですか?」
「辛さの単位だ。日本の唐辛子で4万程度、現実の最も辛い唐辛子で約300万スコヴィル程度だ。1000万スコヴィルは直接吸い込むと命に関わる」
「毒劇物じゃないですか。ホワイトワールドにあって良い物ですか?」
「違う。これは食品添加物だ。そして、このボールの中にある分には問題無い」
「もしもの時はこれを敵のどこかにぶつければいい。顔を狙う必要はない。近くの地面でもいい。そして全力で逃げること。いいね」
僕とアイ姉はギルドに戻り、依頼受託の手続きをしたあと、北の山までの道のりを聞いて出発した。
歩く人が減っているのだろう。草が生え、少し荒れが見える道を半日ほど歩くと、反対側から10人ほどの集団が歩いてきた。
「君たち、これから山に向かうのかい?」
集団の一人から声を掛けられた。
そのとおりだと答えたら、行くのは止めた方が良いと忠告された。
「私たちは商人でね、北の町に行こうとしたんだが、戻ってきたところなんだ」
「どうしてですか?」
「途中に熊がいて、襲いかかってきたんだよ」
「熊…ですか?」
「ああ、ただの熊じゃない。普通の奴の3倍は大きい」
「……」
「こちらも護衛の冒険者を4人つけていたんだが、3人があっというまにやられてしまってね。慌てて戻ってるところなんだ」
「ああ、あの熊はんぱないぞ」
熊にやられたとおぼしき冒険者からも忠告が入った。
「毛皮が硬くて刃が通らない。動きが速くて魔法が当たらない」
「おまけに腕の一振りでうちの盾役が吹っ飛ばされた」
「ちょっとやそっとじゃどうにもなんねーぞ、あれ」
「そうですか…」
先生はこれを予測していたのかもしれない。
「情報ありがとうございます。僕たちは偵察を依頼されているものですから、できるだけ情報を集めて町に戻ります」
「それはそれで有り難いが、十分気をつけなよ」
熊が出そうな範囲を教えてくれた後、商人集団は町へと戻っていった。
「アイ姉、怖い?」
山に向かうことを一人で決めてしまったことに気づいて、アイ姉に聞いてみる。
「ううん。ショータが守ってくれるんでしょ?」
「え?ああ、うん。もちろん。もちろん守るよ」
「うふふ、私もショータを守るよ。だから全然怖くないよ」
「ありがとう。じゃ、行こうか」
その日は山の入口でテント泊。
夜明けを待って出発した。
しばらくは街道を歩いたが、道が谷筋になってきたため道から離れて山登りを始めた。
しばらくは薮が続き、切り開いたりもぐったりと苦労したが、それを抜けると高木の森に入った。
木は多く立っているが、意外と見通しが良い。
「ショータ。皮が」
「うん」
木の皮がめくれている。
熊の爪痕、とは違う。
木の幹、皮がぐるっと一周、きれいに無くなっている。
「なんだろう」
視界にある木、そのほとんど全ての木の皮がそんな状態だった。
不思議に思いながら僕とアイ姉はさらに進んでいった。
途中でシカの群れを見つけたので、2頭仕留めた。
ロゾ湖からの道で仕留めたシカと比べると、随分と痩せていた。
歩を進めると、それまでよりも明るく、さらに見通しが良くなった。
「!!!」
僕はジェスチャーでアイ姉を止めた。
木が折られている。
傷口は新しく、今度は熊の痕跡のようだ。
よく見ると、周りは折られた木、倒れた木だらけだ。
探知スキルに集中してみた。
自分を中心としたレーダーの円を広げるイメージ。
いくつかの小さい赤い点が円に浮かんだ。
シカよりも小さい。
ネズミか、そのくらいの生き物だ。
さらに広げる。距離はどのくらいまでいっただろう。
赤い大きな丸が現れた。
「!!!!!!!」
点の大きさはイコール脅威の大きさだ。
こいつはその辺の動物とは桁が違う。
商人達が話していた熊に違いない。
ここからでは視認できない。
もう少し近づいてみよう。




