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スマホのアラームが鳴った。
いつものように一時停止。
二度寝するかどうかを少し悩んでいたら昨晩のことを思い出した。
はっと体を起こして部屋を見回す。
「テレビが消えてる…」
ノートパソコンはキーボードを叩いても反応がなかった。
スマホもいつものホーム画面が表示された。
「なんだったんだ……っと」
近くにあった紙に覚えていた電話番号をメモした。
妖精が示していたフリーダイヤルだ。
「……なんだったんだ?」
立ち上がって玄関に向かったがドアの鍵はかかっていた。
部屋の反対側、窓もしっかりしまっていた。
そのまま冷蔵庫から牛乳を取り出してこたつに戻る。
パソコンを立ち上げる。
牛乳を飲みながらメモの電話番号を検索してみた。
web検索、掲示板検索、SNS検索、迷惑電話データベースと試してみたけど、これといった情報は見つからなかった。
結局、電話番号については何もわからなかった。
「……かけてみるか?」
このまま放っておくのも気持ちが悪い。
最寄りの駅まで行って、公衆電話から電話をかけることにした。
メモを見ながら番号を打ち込む。
「お電話ありがとうございます!」
呼び出し音が鳴るか鳴らないか、とにかく一瞬で電話がつながった。
女性の明るい声だ。ニコニコしている雰囲気が受話器越しで伝わってくる。
沈黙を続けてみた。
「お電話いただきまして、ありがとうございます!」
電話の女性がくり返した。
「また、昨晩は驚かせてしまい、誠に申し訳ありません」
今度は声のトーンが低くなった。
声の調子から女性が頭を下げていることが伝わってきた。
昨晩? もちろん金縛りにあった夜のことだ。そこまではわかる。
いろんな人に一斉にあのメッセージを送ったのか?
いや、ネットで検索しても全く出なかった。
俺を特定してる?何者だ?疑問が次々と浮かんだ。
「重ねて申し訳ありません。こちらの情報は、今はお伝えできません」
俺の思考を読んだかのような言葉が続いた。
「その上で、翔太様にお願いしたいことがございます」
「な!?」
驚きで声が出た。
俺の名前を知ってる! それだけじゃない!
公衆電話なのに特定されてる!
監視されてる?
受話器を持つ手に冷や汗が出てきた。
周りを見回しながら、受話器をゆっくりと電話本体に戻そうとする。
「お待ち下さい! 翔太様にお時間をいただきたいのです! お願いします!」
離れた受話器から必死な声が聞こえてくる。
少しの間固まったあと、受話器を耳元に戻した。
「……続けてください」
「……ありがとうございます!」
「翔太様に短期アルバイトの勧誘をさせていただきたいのです。ここで詳細はお話できないのですが、詳しく説明する時間を下さい。もちろん、いただいた時間の対価はお支払いします」
「目安として、まず守秘義務の説明に30分、この段階でお断りになられても5万円お支払いします」
「5万円」
「はい。さらに、秘密保持にご理解いただいて説明を続けさせていただける場合、時間のめやすは2時間。お時間代として10万円お支払いします。説明の後でお断りいただいてもお支払いします」
「10万円」
バカみたいに金額をオウム返ししてしまった。
「はい。それで勧誘をお受け頂ける場合は、説明でお示しするアルバイト代による契約となります」
「いかがでしょうか。翔太様。説明する時間をいただけないでしょうか」
女性が緊張している。
声のトーンで受話器の向こう側の様子がいちいち伝わってくる。
きっと素直で素敵な人なんだろうなあ、と思う。顔はわからないけど。
「お姉さんが説明に来るの?」
「申し訳ありません。説明には専門のスタッフが伺います」
謝っているが、顔はちょっと笑っているっぽい。
気の利いたイケメンなら仕事が上がる時間を聞くんだろう。
「……わかりました。いいですよ」
悩んだ時間は意外と短かった。
お金は魅力的だし、電話の向こう側の女性を喜ばせたいというサービス精神もあった。
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
女性はピョコンと立ち上がって深くお辞儀をしているようだ。
「それで……その説明はいつから?」
「あっ、そうですね、翔太様のご都合をお聞かせください」
「今からでもいいの?」
「もちろんです!今すぐ手配します」
そのあとの話はとんとん拍子で進んだ。
近くの珈琲店でモーニングを食べながら待っていると、黒いズボンにワイシャツネクタイ、グレーのウィンドブレーカーを羽織った男が店に入ってきた。
男は店を軽く見渡したあと、迷わず俺に向かってきた。さすがにもう驚かない。
「こんにちは。翔太さんですね。来てくださってありがとうございます」
俺が何かを言う前に、男が対面に座って言葉を続けた。
「さっそくですが、これ、お時間いただくお礼です。どうぞ」
男は封筒を差し出してきた。
「どうぞ、お納めください」
封筒には電話の女性が言ったとおり5万円が入っていた。
「すみません。それでね、最初に難しい話をさせてください」
男はそう言って、カバンから一枚の紙を出した。
紙には、「これから話すことは何ひとつ外に漏らさないで欲しい」ということが書いてあった。
そして、親兄弟であっても万が一漏らした場合は「可能なあらゆる措置を講じる」という脅し文句が続いていた。
「可能なあらゆる措置」は大きく太文字下線で強調してある。
なお、相手の個人名・社名・団体名などは何も書いていなかった。
「…で、そちらさまは、どちらさまで?」
対面の男は苦笑いをした。その先がもう守秘義務の対象らしい。
「もう少しお話させていただきます。電話のオペレータから、短期のアルバイトと説明があったと思います」
「ええ」
「アルバイト期間は1ヶ月、その間の衣食住は全てこちらで用意します。住み込みの仕事です」
「はあ」
「仕事の内容は現時点では申し上げられませんが、誰にでもできる仕事ではありません。翔太さんだからできる仕事です。それなので、このような強引な勧誘をさせていただいています」
「ん~、なるほど、さっぱりわかりません」
「そうですよね。そうだと思います」
対面の男は少し笑った。
「もう少しだけお話しますと、当方は誰でも名前を知っているような企業です。それ以上は本当に言えませんが」
「我が社の重大プロジェクトに参加していただきたいのです」
「なんで俺?」
「……申し訳ありません。お話できる内容はここまでです。なお、アルバイト代は十分にお支払いします」
「話を続けて良いかどうか、ご判断ください」
……第一関門らしい。
「今までの話は守秘義務対象じゃ無いんですよね?」
「ええ、ここまでの内容は秘密ではありません。ネットで拡散というのは控えていただきたいところですが、それも強制ではありません。お願いレベルの話です」
男はまっすぐこちらを見ている。
1ヶ月の住み込みバイト。
今は大学4年の冬。卒業は確定していて、むしろバイトを入れて引っ越し代を稼ぎたい。
守秘義務は、まあ、守れば良いだけだ。
「……わかりました。続きを聞かせてください」
「……守秘義務を守るということでよろしいでしょうか?」
「はい」
「ありがとうございます」
男はしばらく頭を下げたあと、レシートを持って立ち上がった。
「では、場所を変えさせてください」
1月27日 文字を削ったりしました。内容に変更ありません。