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パム

 第十二回魔王戦争が齎した荒廃。

 魔王の死と共に訪れた平和は、絶望の中での平和であった。

 

 弾圧される魔人族。

 迫害される獣人族。

 そして、居場所を失った人間族。

 

 ベルパスパ王国の第二王子であり、闇の勇者【虚剣 イスカル】と。

 魔王の娘であった、瑠璃将軍【奏者 ノイノ】。

 

 二人が指揮を取って広大な戦場跡の荒野に一つの町を作り上げた。

 

【パム】


 それは戦争前にかつてあった町であり、戦争後に新しく生まれた町でもある。

 

 十二年の歳月を経て、交易の要地として栄え十万人が暮らすまで発展した、戦後の象徴となった町。

 

 * * *


 パムの町を望む丘、そこにはアッパネン王国の簡易陣地が構築され、篝火が夜の闇に揺れていた。


「おい、ゾバヌートの野郎はまだどっかで遊んでるのか」


 七千の兵を数えるアッパネン王国聖チチト騎士団の団長ベットリオ。

 大柄な白亜の鎧の騎士であり、青色の目は鋭く研ぎ澄まされている。

 

「はっ、ゾバヌート閣下は異端共の追撃から戻られて無いようです」

「チッ。オヌルスもどっか行ったままだし。あいつら置いて帰るか」


 本来パムの町は七千の兵で落とせるものではない。

 だからこそ、入念な準備を行い、迅速な奇襲を行った。

 協力者からの情報提供と虚剣の不在が合わさり、瞬く間にパムの町は陥落したのだ。

 

「目標の魔王の娘は逃げたまま。あとで怒られるのは団長ですよ」


 傍らの副官が面倒臭そうに進言する。

 

「分かってるよクソが。でも虚剣が戻ってきたらこっちは全滅だ」



 かつてベットリオも第十二回魔王戦争に参加した。

 

 魔人族に出現した魔王率いる、無限とも思える数の魔獣の群れ。

 民も貴族も王も、分け隔てなく死んでいった。

 強者だけが生き残る地獄の戦場で、派遣された五万のアッパネン王国軍の中で生き残ったのはたったの千人。

 

 同僚も友人も、そしてベットリオの師匠も死んだ。

 アッパネン王国でも五指に入る強者であった彼がベットリオに遺した言葉がある。

 

『【虚剣】とは、決して戦うな』


 クシャ帝国の光の勇者【金獅子 オルゴトン】。

 太陽神殿の聖女【審理の曙光 クラネリス】。

 そしてベルパスパ王国の闇の勇者【虚剣 イスカル】。

 

 多くの英雄や勇者よりも抜きん出た力を持っていた三人。

 金獅子は勇者に相応しい偉丈夫であり、太陽の聖女は麗しき美女であった。

 それに対して、虚剣は顔立ちこそ整っていたが凡庸な雰囲気の青年だったとベットリオは覚えている。

 

 山を砕いた。

 湖を蒸発させた。

 平原の魔獣の群れを消し去った等、金獅子も太陽の聖女もその成した武勇伝には事欠かなかった。

 

 それに比べると虚剣の伝え聞く功績はとにかく地味であった。

 結果だけが伝わり、その過程が語られない。

 虚剣本人の覇気の無さとも相まって、前線以外の場所では、闇の勇者である虚剣(イスカル)は人々から軽んじられていった(高い身分の者は『詐欺師』だと嘲笑してさえいた)。

 また、彼の周囲にいたのが亜人や平民といった者達であったのもイスカルが軽んじられた一因であったが……。

 

 

『あんなんでも勇者になれるんなら、俺が代わってやるよ』



 その言葉をベットリオが聞いたのは一度や二度では無かった。

 そして調子に乗ったベットリオも彼の師匠の前で同じ事を言った。

 

 その結果。

 

 ベットリオは師匠に殴り飛ばされた。

 魔王戦争で団結しているが、アッパネン王国とベルパスパ王国は長年の仇敵同士である。

 そのベルパスパの王子を庇うような師匠の行動に、ベットリオは抗議した。

 

『【虚剣】とは、決して戦うな』

 

 それが師匠の答えだった。

 納得がいかなかったベットリオは(しばら)くの間不機嫌であった。

 

 そして。

 

 魔王戦争の終盤。

 地獄の蓋が開いた悪夢の戦場で。

 ベットリオは【虚剣】の意味を知った。

 

『【虚剣】とは、決して戦うな』

 

 そう言った師匠はその戦いで死んだ。




 頭を掻き毟る。

 

 王命故にこの場所にいる自分が本当に馬鹿に思える。

 自分は、あれほど肝に銘じた縛めを踏みにじってその(虚剣の逆鱗)上でタップダンスをしているのだ。

 

 腰の道具入れからパイプを取り出し口に加える。


「火」

「ラジャ」


 副官の魔導杖がベットリオの眼前に突き付けられ、パイプの煙草に火を付ける。

 

「すー……ぷはー。お前上官に敬意は無いの?」

「敬意を持って火を付けましたが何か?」


 これだから侯爵家のボンボンを部下にしたくなかったと思うベットリオ。

 男爵出身では幾ら部下と謂えども天秤はあっちに傾く。

 

「制圧までどれ位かね」

「さあ?」


 パムの町からはいまだ剣戟の音や爆発音が響いているが、それも時間共に減っていった。

 

「もう殆ど瓦礫ですからね。パムを完全に更地にして『目標は瓦礫の中に埋もれて死にましたマル』で良くないですか」

「それで生きていたのが判明した時、審問喰らって更迭されるのは俺だがな、クソ。ストレスで煙草が不味い」

「安い葉だからでしょ」


(このボンボンがっ)


 パイプの灰を捨てる。

 取り出した懐中時計を見て、後ろの兵士に告げる。

 

「あと一時間で撤収する。町にいる奴らに伝えろ」

「はっ」


 兵士は伝令の為に走り去って行った。

 

「いいんすか?」

「言ったろ。虚剣が来る前に逃げるって。これでもギリギリだ」

「まあ俺は知りませ……」

 

 ドサリ。


「!?」


 副官が突然倒れた。

 彼へ手を伸ばそうとしたベットリオは、その動きを止めた。

 

 篝火に照らされて、副官だった青年の身体は頭部を失って、溢れて飛び散った血で赤く染まっていた。


(……っ)


 周囲にいた兵達は、皆が副官と同じ姿になっていた。

 ただ刹那の時間。

 歌劇の場面転換さえこうも早く変わる事はない。 


 ベットリオは口をきつく結び、気配を探る。

 この場所で生きているアッパネン王国の者は、彼一人になっていた。


「我らの領域でよくも好き放題してくれた」


「そこだっ」


 無詠唱で放った風の槍。

 木々の葉の影を撃ち抜くが手応えは無い。


「最早貴様らの是非は問わぬ」


 篝火の炎に揺れる影から、一人の少女が姿を現す。


 忍び装束を纏った銀色の髪のエルフ。

 彼女の紫の瞳は冷たく研ぎ澄まされた殺気に満ちている。


 ベットリオは彼女を知っていた。

 いや、アッパネン王国の軍人で彼女を知らぬ者など無い。


「【将狩り ミカゲ・リーシェルト】。ベルパスパ王国の裏の支配者がよくこんな田舎まで来たもんだ」


 悪態を吐きながらもベットリオは彼女の隙を探る。

 身体中を冷や汗が流れ、自分の心臓の鼓動さえ聞こえて来る。


(お助け下さい聖ボルヌギスッ聖ボルヌギスッ聖ボルヌギスッ)

(っと、落ち着け。俺は【心道位】を得ているだろ。武人として位階は同じだろ。やれるやれるやれる。集中しろ。観察しろ。勝機を見出せ)


 腰の魔導剣を抜こうとして、違和感を覚える。

 剣の柄の感触が何処にもないのだ。


 ボトッと何かが落ちる音がした。

 それは転がり、ベットリオの前に現れた。


(俺の、右手!!)


 同じくして左手が宙を舞う。

 血を撒き散らすそれを、瞠目しながら見続ける。


 足の感覚が消えた。

 

「ぐっ」


 這い蹲る様に地面に投げ出され、強かに顔を打ち付けた。


 何をされたのか全く解らない。

 ただ、隔絶した実力の差は実感した。


「貴様らの命……一つも残ると思うな」


 激痛の中で僅かに上げた頭、それが捉えた視界の中。

 森の闇の中から無数のベルパスパ王国の兵士達が現れる。

 

「行くぞ。アッパネンの害虫を全て駆逐する」

「「はっ!!」」


(あーあ、馬鹿な事をした)


俺達(アッパネン王国)は間違った)


 その思考を最後にして、ベットリオの意識は消えた。

 

  



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