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リーシェルト騎士団陣地 二

「私はリクス・リーシェルトと申します。東部の領土を預かるリーシェルト公爵の長女であり、星の神殿から聖女の位を賜っています」

 

 あれから少しの時間が過ぎた。

 目を覚ましたルルヴァはリクスの給仕によって食事を終えた。

 リクスの謝罪と自己紹介。

 所作から溢れる気品は、高位貴族の子女というだけではない、彼女自身の高い品格を感じさせる。

 

「僕はルルヴァといいます」


 パムの町で生まれた、嘗ての勇者と魔王の娘の子供。

 

「はいルルヴァ様。不束者ですが、これからよろしくお願いします」

「はい? それでリーシェルト様……」

「リクス、と呼んでください」

「え、でもリーシェルト様は公爵家の方で……」

「リ・ク・スです」


 微笑む顔は、しかし剣呑な雰囲気を放っている。

 ルルヴァはゴクリと唾を呑み込み、そして呼吸を整えてから口を開いた。

 

「リクス、様」

「はいっ」


 嬉しそうな微笑みを浮かべたリクスに左頬を優しく撫でられた。

 

「ついでに様も不要です。年齢も私が一つ上というだけですし、私達はこれから共に歩むのですから」

「……はい。微力ながらも僕の力を役立てて下さい」


 ルルヴァはリクスの言葉を『共にこの窮地を潜り抜けよう』という意味で受け取った。

 その真意の誤解をリクスは察したが、一先ずはそれで良しとした。


(彼も私同様に恋愛経験は無さそうね)

この手のマニュアル(小説や歌劇)にも書かれている)

(『押し過ぎて引かれるのは避けなければならない』)

 

「ときにルルヴァ様にお聞きしたい事があります。とても大切な事です」

「はい。僕も様は付けないでいただけると」

「じゃあルルヴァ君。あなたは恋人、もしくはそれに類する人がいる?」


 リーシェルト公爵家はベルパスパ王国でも最高の情報収集能力を有している。

 彼らに掛かれば殆どの国民の情報は丸裸も同然だった。

 しかし人の心は類推できても、正確に解することはできない。

 

 ルルヴァに許婚や婚約者がいるという話は無かったが、リクスは念を押してその問いを発した。

 

「いえ、いません」

 

 よっしゃとガッツポーズを取るリクス。

 それをポカンと眺めるルルヴァ。

 

「えーと、リクスさん?」

「おっと。いきなり不躾な質問、失礼しました。うん、良かった良かった」


 どんどん『星の聖女』という姿(ベール)が剥がれていく。


(素はこんな人なんだ)


 ルルヴァ目は、遥か高みに座する公爵家の聖女を見る目から、少し年上の女性を見る目になっていた。

 

 * * *

 

「じゃあもうしばらくここで安静にしていて。あとでまた来るから」


 にっこりと手を振る荘厳な法衣を纏った一つ年上の少女。

 

「うん。ありがとう」


 リクスが去った後。

 ベットに横たわるルルヴァは右手を上げ、その掌に魔力を集中してみた。

 力の集まる感覚はあるが、それはあまりに微々たるものだった。

 当然、魔力が魔法の形を取った時に顕れる『魔力洸』は一切無い。

 

(魔力切れか。久しぶりになったな)


 勇者の血と魔王の血は争いを呼ぶ。

 だからルルヴァはこれまで訓練を絶やした事は無かった。

 

 争いは苦手で。

 だから戦う力を磨きながらも、この力を使わずにいられればいいなと思っていた。

 

 いつまでも続くと思っていた故郷の日々は終わった。

 心は空っぽで。

 身体は剣を拒絶した。

 目をつぶると、恐怖の顎門に呑み込まれそうになって、すぐに目を開けた。

 噴き出る冷たい汗。

 揺れる視界の中で両手が震える。

 

(……、……、……)

 

 口も舌も、ただ震える。

 不規則な呼吸が、天幕の中に響く。

 

(誰か、助けて)

 

 ルルヴァの手を、何かが握った。

 硬く冷たいそれ。

 涙の先に見えたのは一体のゴーレム。

 

『ルルヴァ君大丈夫。私は見ているから』


 ゴーレムから聞こえるリクスの声。

 ポンポンとゴーレムの手がルルヴァの頭を撫でる。


『できるだけすぐに戻るから。待っててね』


「うん」


 ルルヴァの震えが止まった。

 そうしたら麻痺していた強い疲労感が襲って来て、瞼が自然と降りてきた。

 恐怖は、もう感じなかった。

 

「ありがとう……リクスさん」





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