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リーシェルト騎士団陣地 一

【武剣評価基準】


 個人の能力の評価を公的な機関が行ったもの。

 申請すれば誰でも小額の手数料で審査を受ける事が出来る。

 

『小剣、中剣、大剣、真達、心道 / 位』となる。

左からそれぞれ開拓者のDCBASに対応。 


 EX : 小剣位 = D級、心道 = S級 

「ここは……?」


 目覚めたルルヴァが見上げたのは仄かな明りに揺れる闇。

 

 ルルヴァの視界に入ったもの。

 揺れるランプの灯り。

 視界の先を遮るのは天幕の影。

 

「僕は……」


 記憶がはっきりしない。

 

 パムの町。

 

 夕暮れ。

 

 紅い陽の光に混じる、煙……。

 

「!! 母さんっ、ペローネ!!」


 重く感じる身体を起こし、掛けられていた布団をはねのける。

 倒れるように地面に立ち、そしてそれが目に入った。

 

 剣。

 

 簡易テーブルに置かれた、刃の折れた剣がルルヴァの目に映る。

 それは魔導機構の無い、普通の剣。

 ルルヴァの脳裏を次々と敵の姿が過って行く。



(アッパネン王国の兵士)


 パムの町の住人達が血溜まりに横たわる。

 

(黒狼)


 口腔に生えそろう鋭い牙が向かって来る。


(魔獣)


 嘲笑いながら、おぞましい魔力を振り撒く。


(黒衣の騎士)


 まるで傷口を刃物で抉られるような感覚。

 そして心が凍てつく程の殺気を放つ騎士の姿と、ルルヴァの剣が砕けた音が重なる。

 

 強い眩暈がルルヴァを遅い、倒れ込むように土が剥き出しの地面へと跪く。

 

 口の奥からせり上がってきた不快感。


「オエエエエエエ」


 勢い良く吐き出された吐瀉物が地面へとぶち撒けられる。

 ただ、地面に向けて這い蹲り続け。

 寝巻は汚れ、胃の中が空になっても、涙と嗚咽が止まる事は無かった。

 

 * * *

 

「大丈夫ですかっ」


 新たに天幕に入った人影が、蹲るルルヴァの背中に手を当てる。

 暖かい魔力の流れがルルヴァへと入り込んで行く。

 ルルヴァを支配していたとても強い不快感が消えていった。

 

「はあ、はあ、はあ」


 荒い呼吸を繰り返すルルヴァ、その汗に濡れた額を柔らかいハンカチが拭き取っていった。

 

「……っ、ありがとう、ございます」


 横に見えた顔は、紫の瞳を心配そうにさせていた。

 

「お気になさらないで下さい。それとルルヴァ様。まだあなたが戦われてから少ししか経っていないのです。ですから安静にしていて下さい」


 リクスの生み出した霧がルルヴァの身体と寝巻を綺麗に洗い、地面に撒き散らされた汚れと共に土の中へ消えていった。

 

「御食事をお持ちしました。さあベッドにお戻りになってください」

 

 天幕の中へと進むリクスの後を、食事を乗せたトレイを持った石のゴーレムが続く。

 リクスがルルヴァを横たえるように抱え上げ、その身体を優しく椅子の上へと降ろした。

 

「そのままではご不快でしょうから此方にお着替え下さい」


 テーブルの横にある木箱から寝巻の替えを取り出す。

 大人しく椅子に座るルルヴァの着替えを、リクスは甲斐甲斐しく手伝った。

 

「あの、ありがとうございます」

「どういたしまして♪」

 

 楽しそうにルルヴァの着替えを終えさせたリクスは、再びルルヴァを抱え上げる。

 その自身と殆ど同じ身長のルルヴァを軽々と運び、優しくベットへと横たえた。


「お姉さんは力持ちなんですね」

「ふふふ」

「っ痛。あ、ご、ごめんなさい」


 ルルヴァの頬を抓っていた指が離れる。

 

「ルルヴァ様、女性にそのような事を言うものではないですよ」

「はい」

 

 * * *

 

「そうですか。母も妹も無事なのですね」

「はい。今ペローネ様はノイノ様に付いておられます」

「ペローネは、強いですから」


 母ノイノの状態を朧げに察する。

 それでもしっかり者のペローネがいれば安心だと、胸を撫で下ろした。

 そのルルヴァの額がとんっという軽い衝撃を受けた。

 

「うわっ」

「ペローネ様も女の子です。それも年下の。しっかり見えても強がっているだけです」

 

 左手の人差指を突き出したままのリクスが真面目な表情をルルヴァに向ける。


「はい。そう、だよな」

「そうです。忘れないであげてください」

「僕は……兄失格です」


 

 無力だった。

 自分から大切な人達を奪った騎士に全く歯が立たなかった。

 

(ルーは最強の男になる)


 剣を教えてくれた彼女はもういない。

 昨日までの日々が目の前に溢れ出して来る。

 もう二度と訪れる事の無い世界の記憶。


 目に映る手には何も無い。

 頼るべき剣を、身体と心が拒絶した。


(僕は無力だ)


 託された、炎の中に消えた人々の想い。


(でも、もう僕は……)

 

 手の中に雫が落ちる。

 視界が揺れ、止め処なく雫が落ちていく。


 蹲ろうとしたルルヴァを、柔らかな感触が覆った。

 

「っ、何っ?」


 ルルヴァの頭がリクスの豊かな胸と、ひんやりとした彼女の腕に抱えられていた。


「ルルヴァ様。あなたは頑張りました」

「っ」

「ごめんなさい。少し言いすぎました。あの魔獣を討ち、アッパネンの騎士もどきの攻撃に耐えたのは凄い事です。それは皆から称賛するべき偉業です。妹と母を守ったルルヴァ様は決して卑下される存在じゃありません」


 リクスの中でルルヴァは震える。

 

「あの魔獣をどれ程の者達が倒せるでしょう。あの悪名高い狂信者を前にして、誰が余人を守って生き残れるでしょう」


 リクスがルルヴァ達に気付いた戦いの波動。

 パムの町の方角を注視していたとはいえ、十キロ先からもハッキリと感じられた魔獣の魔力。

 リクスの見立てでは大剣位の戦士、開拓者のB級でも苦戦を免れなかった相手。

 決してこのような年齢の少年が単独で、しかも守る者を抱えて挑む相手ではない。


 さらにあの黒衣の騎士は聖典教原理主義者の中でも悪名高い。

 虐殺した亜人の数は万を超え、ベルパスパ王国を始めとした神殿主義の国では高額の賞金がその首に掛けられている。

 

「本当に、お疲れ様でした」


 首を上げたルルヴァの前に、優しい微笑みがあった。

 あまりにも秀麗な容貌、宝石の輝きよりも惹き付ける紫の瞳。

 

 今更ながらに、ルルヴァは自分の顔が赤くなるのを感じた。

 

「? どうしましたか」

「いえ、その、あの、えと」


 頭は沸騰して、心は千々に乱れ、口から出るのは意味の解らない言葉。

 思わず離れようとするが、ルルヴァを抱えたリクスの腕は全く動かない。

 お姉さんといっても自分より少し年上の少女に力負けした事に、小さなショックを受ける。

 ルルヴァはもう混乱の極みであった。

 

「もう! 落ち着いて下さい」


 よりギュッとリクスの腕にホールドされる。

 

「!!!!!」

 

 法衣に包まれた胸のふくらみが頬に当たる。


(そういえば、僕、この人と、キス……)


 ついにルルヴァの脳がオーバーヒートする。


「え、ちょっと、大丈夫ですかっ!?」

 

 鼻から流れる血の熱さを感じ。


 リクスの良い匂いに包まれながら、限界を超えたルルヴァは意識を失った。




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