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ゾバヌート・テトン

後半グロ注意

 黒い革鎧に身を包んだ髭面の偉丈夫が岩に腰かけていた。

 彼、ゾバヌートは手の中の魔生石を弄ぶ。

 眼前では彼の部下達が、捉えたパムからの逃亡者達へ思い思いに刃を振るっていた。


 鼻を突く鉄錆を思わせる血の臭い。

 それを愉しむように、手に持ったスキットルを傾ける。


 中に入っていた薬酒の強いアルコールが喉を刺激する。

 口の中に広がる爽やかな苦み、微かな酸味、甘み。

 干した杏を口に入れる。

 これに勝る食べ物は無いとゾバヌートは思っている。

 

 気の利いた部下が用意したブルーチーズも頬張る。

 これも中々。


 闇に包まれてた森で、篝火に照らされて。

 軍事行動であることを忘れそうな気分になる。

 今度は息子達や生徒達を連れて来ようかと、ぽかぽかする気分の中で考えた。

 

「うん?」


 空間の揺らぎを感じた。

 それはやがて闇色の渦となり、その中から一人の黒衣の騎士が姿を現した。

 

「おいオヌルス。お前部下達はどうした」


 ゾバヌートは騎士へと問い掛ける。

 「小便か?」と軽口を言おうとして、騎士の纏う殺気だった気配に気づいて止める。

 

「ゾバヌート兵を纏めろ」

 

 黒き面ぼおに隠された顔は見えない。

 しかしオヌルスの常に平坦に紡がれる声は、思いの外荒れていた。

 

「何があった?」


 闇魔法の回廊から現れたのはオヌルスだけ。

 連れて行った配下の、聖典騎士団暗部の精鋭達がいない。


「リーシェルトの悪鬼が現れた。奴の能力だとベルパスパの軍が直に来る」


 ゾバヌートは口に当てたスキットルを傾けて、グビリと喉を鳴らした。


「そうか。予想よりも随分早かったな」


 ゾバヌートは周囲の部下達に告げる。


「狩りは終わりだ。撤収するぞ」

「「はっ!」」

 

 兵士達がそれぞれの刃を納める。

 赤く染まる地面には人間や亜人の身体が横たわる。。

 殆どが壊され尽くした死体であるが、中には微かな呻き声を出す者もいる。


「あ~あ。もう終わりか」

「あの世でしっかり魂を浄化しろよ」

「汚れた者達の魂よ。あるべき教えの世界へと還れ」

 

 兵士達は簡単な祈りを捧げ、土魔法で作った穴に堆い肉の山を落とした。

 放った魔法の火が勢い良く燃え上がり、踊る炎の明り照らされて、暗闇に包まれた森の影が浮かび上がった。

 炎を後にして兵士達はそれぞれの荷物を片づける。

 

 それを見ながらゾバヌートは行く先を思案する。

 『地の神器』を使う『悪鬼』ならば、この大地の上で距離を開ける事になんら意味は無い。

 存在を捉えられたが最後、大地の全てが敵となって襲い掛かって来る。

 

「パムにいる本隊に合流すべきか?」


 本来ならばそうするべきであろう。

 しかし、今はそれは悪手だ。


「いや。バナ街道を抜けてギャナン城塞に行くべきだろう。あれならば悪鬼の神器にも対応できる」


 オヌルスの答えは、またゾバヌートが考えていた答えでもあった。


「そうだな。ベットリオには悪いが。まあ、あいつが死ぬ事は無いだろう」


 準備を終え、ゾバヌート達はそれぞれの装甲馬車へと乗り込む。

 馬は静かに歩き出し、その身は隠蔽の結界に包まれる。

 

 鎧を一切脱がず不機嫌そうに黙りこむオヌルスの横に座りながら、ゾバヌートは自分の思考の中へと没入した。



(悪鬼が出張って来た……という事は【将狩り】のエルフも来るか)


 若い頃に見た戦場の記憶が浮かぶ。

 戦火の中を舞う銀の髪のエルフの姿がゾバヌートの脳裏をよぎる。


 魔王戦争では団結はしたが、ゾバヌートの祖国であるアッパネン王国とベルパスパ王国は長年の仇敵同士だ。

 一年の間で小さな紛争は何度も起こり、それなりに生きたゾバヌートの人生の中でも、大きな戦いは五度回もあった。

 ゾバヌート自身が最初の大きな戦いに赴いた時。

 まだ若く、当時は騎士見習いだったゾバヌートは刃と魔法の飛び交う戦場で生き残る事に必死であった。

 同僚の血肉と臓物を顔に浴びて、戦場で手柄を立て栄達の道を歩むという野心は消え去った。

 自分の得物たる魔導剣を捨て、ただただ戦場の中を逃げ惑っていた。

 

 それは開戦からどのくらいの時間が経った頃かは分からない。

 いつの間にかゾバヌートは自軍の総大将達のいる場所にいた。

 怒号と爆発。

 飛び来る矢が、彼らの魔法防御を容易く貫いて行く。

 

 自軍の精鋭達、仰ぎ見た遥か高みにいた存在達。

 彼らが何かを叫んでいた。

 それは聖ボルヌギスの御名であったり、騎士の誇りであったり、家族や恋人の名前であったりした。

 

 ジャイアントの大剣が振るわれる。

 上半身の群れが赤い血を引きながら飛んで行く。

 

 魔人の魔法が炸裂する。

 炎の中で塵になり、石の槍に貫かれて磔になり、風の刃に切り刻まれ、水の中に溶けて消える。

 

 エルフ、ドワーフ、スキュラ、鬼人、獣人。

 そして人間。

 

 ゾバヌートの視界に映るベルパスパ王国の兵士達。

 人間至上主義を掲げるアッパネン王国が、汚れた血と蔑むベルパスパ王国の刃に呑まれて行く。

 

 気が付けば、ゾバヌートはただ茫然とそれを眺めていた。

 

「オオオオオオ」


 遠くに、咆哮する竜達の姿を見る。

 戦闘ゴーレムと人間の残骸で平原が出来ていた。

 青い空。

 白い雲。

 

「はは。は―――はっはっはっはっはっ」


 ゾバヌートの口から止まる事の無い笑い声が出る。

 美しいと思った。


 自分が目指したものを、貴き高みに在ったものを蹂躙して引きずり降ろして血溜まりに沈めた。

 乾き澄み渡った冬の空へ、気高き咆哮を響き渡らせる巨大な竜の姿が。

 

 空へ両手を広げる。

 それは降伏を示す姿の様であった。

 

「はっはっはっはっはっ」


 その行動は、ゾバヌートにとっては眼前の光景の全てを受け止めようするものだった。

 広げた腕の中に、その身体に、戦場を流れる血の臭いを纏った風がぶつかる。

 それはとてつもない快感であり、ゾバヌートは狂笑を上げながら射精した。

 

「おのれ―――ッ!! 汚らわしき人もどきの魔獣どもが」


 総大将が遂に自分の魔導剣を抜いた。

 取り巻き達は全て息絶えていた。

 

「この王弟たる我が直々に貴様を地獄に送ってやるわ」


 煌びやかな魔導剣に赤い輝きが燈る。

 この総大将は確かな実力があり、武剣評価基準において一流たる証の【大剣位】を得いていた。

 

 対するのは銀色の髪のエルフ。

 二つの小太刀を構え、その紫の瞳は揺るぎもしない。

 彼女こそがこの戦いにおけるアッパネン王国の切り札【千刃覇】と【奏雷】を討ち取った人物であり、また西方諸国に武名を鳴り響かす将軍でもあった。

 

 彼女は総大将の罵声にも冷めた眼差しを送り、さらに激昂した総大将が斬りかかろうとしたとき、その一歩を踏み出す前に彼の首を斬り飛ばしていた。

 

 ゾバヌートには彼女の動きが見えなかった。

 まるで切り取ったコマのように総大将の後ろに彼女の姿が現れた。

 首を失い、赤い血を噴き出す総大将の骸がゴトリと地面に倒れた。

 

 ベルパスパ王国のジャイアントが咆哮する。

 

「アッパネン王国の総大将。我らが【将狩り】閣下が討ち取ったり!!」

「「わあああああ!!」」


 爆発的な歓声が戦場から沸き上がった。

 ベルパスパ王国の兵士達が武器を空へと掲げ、それを遮るものは何も無かった。


 ゾバヌートは生き残った。

 取った行動が降伏と受け取られ、そのままベルパスパ王国の捕虜となった。



 

 五万のアッパネン王国軍は、三万のベルパスパ王国軍に完膚なきまでに負けた。

 アッパネン王国は奇襲を用い、公爵たる王弟が総大将を務め、名だたる精鋭の殆どを投入した。


 結果は。

 五万の数の内、たった十人だけが生き残った。

 国の戦力の大部分を失ったアッパネン王国は国力を大きく減じた。

 その隙を突かれ、周辺諸国から様々な干渉を受け少なくない領土を失った。

 強国の一つに数えられたアッパネン王国は、瞬く間にその地位から転落していった。



 

 * * *

 

 戦後処理が終わり解放された後、ゾバヌートはアッパネン王国へは帰らなかった。

 生き残った他の捕虜達と共にアッパネン王国へと輸送る途中、護衛の隙をついて逃亡した。

 

 それから長い年月、各地を放浪した。

 様々な国々を渡り歩き、別の大陸へも足を伸ばした。

 

 そして、三十年の月日を経てアッパネン王国へと帰国する。

 かつてゾバヌートと同じ捕虜となった者達は、敗戦の責任を擦り付けられて国賊とされ、凄惨な拷問の果てに一族郎党と共に処刑されていた。

 

 ゾバヌートの一族も同じ末路を経ており、アッパネン王国に彼と縁のあった者はいなくなっていた。

 そしてゾバヌートも投獄されそうになるが、三十年の間に培った実力と人脈がそれをさせなかった。

 

 現在、アッパネン王国の表だった地位にゾバヌートはいない。

 しかし誰もゾバヌートに命じることはできない。

 

 

 あの敗戦の時から、この今の時も。

 ゾバヌートの脳裏にはあの美しいと感じた光景が色褪せる事無く輝いている。

 

 あの白銀のエルフの姿を思い浮かべる度に男根が熱い熱を帯びる。

 スキットルを傾け、中の薬酒を口の中に流し込む。

 欲望の熱が落ち着き頭の中がクリアになる。

 それでも口の中から唾が溢れそうになる。

 

 楽しみで、愉しみで。

 どうしようも無くなる。

 

 ああ、もっと。

 ああ、早く。

 

「再び見えるか。【将狩り ミカゲ・リーシェルト】」


 他人事のように呟いた言葉に、思わず射精した。






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