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逃走

 それは遠い昔の記憶。


 地方の町パムに生まれたルルヴァという少年が戦乱の中へと足を踏み出した、その最初の物語。


 彼と星の聖女が出会う。

 時代に【青騎士】が再びその姿を現す。


* * *

 統合暦一二○一年九月。


パムの町に訪れた夕昏の空を炎が喰らう。

 

 響き渡る悲鳴、悲鳴、悲鳴。


 町の中へと雪崩れ込んで来るのは武装した数多の兵士と魔導兵器。

 

 上空を飛行する魔法士達が放つ攻性魔法が、人を殺し建物を破壊する。

 城壁を壊した戦闘ゴーレムの集団が、逃げ遅れた住民を容赦なく踏みつぶす。

 生き残り隠れ潜む住人を、兵士達が見つけ出して斬り捨てていく。

 

 武装した兵士達から住民を守ろうとする者達は、しかし彼我の戦力の差に劣勢を余儀なくされ、降伏も許されずに駆逐されていった。

 

 * * *

 

 燃え落ちる町を後にして、朱の瞳と瑠璃色の髪の少年と女性、蒼い瞳と黒い髪を結わえた少女が街道を逃げていた。


 少年、ルルヴァの頬を涙が止まる事無く流れ落ちる。

 大切な人達は死んでいった。


 ルルヴァ達を殺そうと迫る大勢の兵士。

 そしてそれを率いるのは、禍々しい気配を放つ黒衣の騎士。

 面ぼおの奥から覗く冷たい瞳は、人々の死を嘲笑っていた。


 獣人の戦士が殿になった。

 魔導師がルルヴァ達を逃がす為に自分ごと逃げ道を結界で塞いだ。

 僧侶がルルヴァ達に加護を与えて、自分は戦場に残った。

 騎士がルルヴァ達の追手と相討ちになった。

 

『ルーはいずれ最強の男になる』


 笑顔でルルヴァに語り掛けた人達は、全員がその命を落とした。

 

 

 ルルヴァとよく似た顔の母である女性、ノイノは青い顔をして震えていた。

 その彼女の手を、息を切らせながらも妹のペローネが引いている。


 心の強くなかったノイノはこの争乱でパニックを起こしてしまった。

 彼女にとっても大切な友人達の死。

 そして支えであるルルヴァ達の父の不在がノイノに気が狂う程のストレスとなって襲って来たのだ。

 

「イヤ―――ッ。イヤイヤイヤ―――」


 突然に蹲り、幼子のように泣き叫ぶノイノ。

 彼女にペローネの叱咤が飛ぶ。

 

「母さん歩いて!! ここに居たら敵に追いつかれて殺されるよ!!」


 カサリとほんの微かな音がした。

 ルルヴァは腰に下げた剣の柄を握る。

 

「ガアアアアッ」


 街道横の茂みを突き破って大柄な黒毛の狼がルルヴァへと襲い掛かって来た。

 素早く抜剣したルルヴァが、一太刀でもって黒狼を両断する。


 それは魔導機構の無いただの鋼の剣であったが、ルルヴァの魔力を帯びて薄っすらと輝き、鋼を超える強度と切れ味を獲得していた。

 

「ペローネッ、母さんを守って!!」


 次々と茂みから現れる黒狼。

 風に乗る戦の臭いがこの好戦的な獣を興奮させ、また疲弊した逃亡者達を狙って大きな群れとなりこの場に現れたのだった。

 

 ルルヴァは襲い来る黒狼を斬り伏せ、そして魔法を用いて倒していく。

 百匹を超える数が現れたが、苦戦する事無く、ルルヴァはその全てを斬り伏せた。

 

 ルルヴァは十二歳にして驚異的な戦いの技量を持っていた。それは成人の戦士の平均と比較してもなお上回るものであった。

 さらに彼の妹であるペローネも非凡な魔法の才能があり、彼女の張った結界は黒狼達を全く寄せ付ける事は無かった。


「兄さん」

 

 ペローネが結界を解こうとする。


「ペローネ、まだ結界を解くな」


 地に伏せて悲痛に泣く黒狼達の奥。

 暗い森の木々を掻き分けて、巨大な魔獣が姿を現した。


 民家程もあるそれは瞳に金の輝きを宿し、上半身がケンタウロスのように人型の姿を持っている。


 放たれる威圧感は重く。

 通常、人の生活圏で見かける魔獣よりも一線を画する強力な存在。


 ルルヴァはそれに相対し、恐怖を感じながらも剣の構えを崩さない。

 背中を見せた瞬間が死ぬ時だと本能で理解した。 


 魔獣がグフフフとルルヴァ達を嘲笑う。

 その両手が魔法の輝きを放つ。

 生き残った黒狼達が魔獣の魔法に包まれる。

 ルルヴァに負わされた傷が瞬く間に治っていく。

 四肢の欠損は治らなかったが、動けるようになったものはルルヴァへとその牙を剥いて襲い掛かって来た。

 

「灼璃」

 

 ルルヴァはニ十の炎の弾丸を生み出し、それを黒狼達に向けて解き放った。

 しかし炎弾を撃ち込まれ、爆炎に包まれた黒狼は倒れることはなく。


「っこの」


 振るった剣からは鈍い手応えが返る。

 剣は黒狼の肉に喰い込んだが、切り抜ける事ができない。


 魔獣の魔法は黒狼達の防御力も上げていた。


 斬る事を難しいと考えたルルヴァは剣を切るのではなく、打ち据えるように振るった。


 しかし骨が砕かれても、死ななかった黒狼はすぐに魔獣の魔法で傷を治す。

 それはまるで不死の怪物のようにルルヴァを襲い続ける。


「!!」


バキンッと甲高い音が響いた。

 金属疲労が限界を超えてしまい、ルルヴァの剣が半ばから折れる。


三体の黒狼が疾風の速さで襲い掛かって来た。

小柄なルルヴァの身体は抗えず、勢い良く道の端まで飛ばされてしまう。


「グハッ」


 大木に身体が当たって止まる。

 カサカサと葉ずれの音が鳴り、何枚もの木の葉が舞い落ちて来る。

激痛と酸欠でルルヴァの視界が揺れた。

 

黒狼達がルルヴァに殺到する。

 唸り声を上げて踞る少年を喰い破ろうと牙を剥く。


 暗く閉ざされた視界と激痛に苛まれ。

 それを振り切る様にルルヴァは右手に魔力を集中した。


鏡欏(きょうら)ッ、氷剣(ひけん)ッ」

 

 ルルヴァは手に青い氷の剣を生み出した。


 それを横へ思いっ切り振り払う。

鋭い氷の刃の軌跡が黒狼達を斬り裂いて行った。

 

「……」

 

 黒狼の血にまみれて、氷の剣を握って立ち上がる。

 直ぐに別の黒狼がルルヴァへと向かって行くが、氷の剣はその黒い毛皮を易々と切り裂いていく。

 

 その光景を見た魔獣が、傍観を止め、遂に歩を進めた。


「僕は、守ると誓ったんだ」


 蒼い光の結界。

 その中のペローネは涙を堪えて、蹲る母を背に守り、必死に結界を維持していた。

 

「死んでいったおじさん、おばさん達……」


 身体は傷と疲労で重い。

 それでもまだ魔力は尽きていない。

 

「置き去りにした友達に……」


 ルルヴァの魔力の輝きが変わる。

 それはルルヴァの瞳と同じ、黎明に顕れる朱の色に。

 

「弱い無力な僕自身に……」


 魔獣が駆ける。

 それは風のような速さで。

 

 振り下ろされる魔獣の右拳がルルヴァを捉える。

 鉄の塊さえ砕くその一撃。

 それへルルヴァは氷の剣を振り下ろした。

 

 ガラスの砕けるような音が響き、森の中を冷気を纏った風が吹いた。

 

 ルルヴァの氷の剣は砕け散った。

 赤い血を噴き出して魔獣の右腕がずり落ちた。

 

「グギャアアアアア」


 魔獣が空へ悲鳴を上げる。

 傷は魔法で塞がれた。

 怒りを眼に宿し、ルルヴァへ向き直った魔獣が声を唸らせる。

 

 ルルヴァは再び氷の剣を生み出した。

 それに自分の魔力を込める。

 朱く強い輝きが剣の中へと流れ込んでいく。

 氷の剣の刃が青から深い輝きを帯びた朱へと変わる。

 

 魔獣も己の魔力を、残った左手に集中させる。

 色の無い輝きが拳に宿る。

 そして、四本の下半身の足が地面を蹴り、ルルヴァへとその拳を振りかぶった。

 

 ルルヴァは魔獣の拳に、右手と同じように朱い氷の剣を振り下ろした。

 色の無い輝きと拮抗するも、朱い輝きが押していき、最後にはルルヴァの剣が魔獣の手を斬り裂いて行った。


 しかしその一瞬の時間。

 ルルヴァが斬撃のみに意識を集中した時間。

 魔獣は己の腕を今切り裂いて行く少年へ、その鋭い牙を生やした顎門を向けた。

 迫り来る魔獣の口に、ルルヴァは対応できなかった。

 魔獣の牙がルルヴァを喰い破ろうとした。

 

 蒼い風の槍が飛来した。

 それは的確に魔獣の額を打ち据える。

 魔獣は仰け反り、牙はルルヴァを空振りした。

 

「兄さんっ」


 魔導短杖を構えたペローネがルルヴァへ声を掛ける。

 魔獣の手を断ち切ったルルヴァが反転して跳躍。

 無防備な魔獣の首へ氷の剣を向ける。

 

「これでっ」


 魔獣は反応出来ず、氷の剣は魔獣の首を斬り裂いた。

 赤い血を撒き散らして魔獣の巨体が倒れる。

 その衝撃で大地は揺れ。しかしルルヴァは難なく着地を決めた。


 氷の剣に在った魔力は尽きて、朱い輝きを失った。

 

「ペローネ、ありがとう」

「うん」


 ペローネの周囲に居た残りの黒狼は身体中を貫かれて絶命していた。

 勝負の機を見たペローネが、結界を風の矢に変えて打ち出したのだ。

 ルルヴァより一歳年下のペローネだが、魔法の腕はルルヴァ以上であった。

 

「兄さん早く此処を移動するべきだわ」

「そうだね。街道を行くのはもう厳しい、……森を移動するしかないかな」


 魔獣や黒狼との戦いは激しかった。

 その音や気配を、追手が捉えるのは確実と思えた。

 

 森を進むのはこの魔獣のような存在と会う危険、そして遭難のリスクがあった。

 しかし追手は勇者であった父と魔王の娘であった母の仲間達を葬ることのできる存在。

 それらを天秤に掛けた時、まだ前者の方が希望があると考えられた。

 

「私もそうすべきだと思う」

「よし。それじゃあパスパ山脈の方へ向かおう。あの麓のドド帝街道に出れば王都まですぐだ」

「わかったわ」


 ルルヴァが生み出した氷の剣は、しばらくは溶ける事無く、武器としての強度も維持していられる。

 ルルヴァは折れた剣の鞘を捨て、その革紐で氷の剣を腰に括り付けた。

 まだ魔力切れになる事は無いが、感覚的に五分の一を切っているのが理解できた。

 森を進むのに魔力を節約するのは当然の行動だった。

 

「さあ行こう」

「何処へ?」


 声に振り返ったルルヴァが見たのは黒い鎧を身に纏った騎士達だった。

 兜に覆われた顔は見えず、しかし彼らから放たれる禍々しい気配は見間違える事は無かった。


 ルルヴァの日常を壊し大切な人達を殺した仇敵。

 

「さて。邪悪な魔王の血縁達よ」

 

 スラリと騎士達の剣が抜かれていく。

 

 ルルヴァは氷の剣を構える。

 疲労と恐怖に身体を蝕まれながらも、氷の剣の切っ先を向ける。


 黒い兜の中から平坦な声が告げる。

 

「正しき世界の為に、死ね」




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