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椅子に座る者達

 その部屋は王城の奥まった場所に在った。


 中央映像資料会議室と銘打たれたプレートが掲げられた一室であり、ここには最新の魔法・錬金術を駆使した設備が設けられている。


 また近時において増設された蔵庫室に納められている資料群は一般的なものから機密扱いの物まで実に数万点に上り、閲覧及び利用できるのは高位の者に限られていた。


 そして今。

 照明の落とされたその部屋で。

 数人の男女がテーブルに座り、巨大水晶がスクリーンに投射する映像に目を向けていた。

 


 映し出されたのはルルヴァが赴いた黒霧森、その周辺部の開けた草原に作られた街道。黒霧森に接する国々が行う交易及び交流において欠かすことのできないものである。

道には砂利が敷き詰められており、また道幅も二台の馬車が余裕を以てすれ違える事が出来るものだった。


 また近年開発され、各地で敷設が進む鉄道に関しても、その敷設に対して各国が共同で行うという計画が立ち上がっていた。


 ある魔獣が現れるまでは。


 水晶の中を十台の大きな馬車が進む。

 八メートルを超える巨躯の馬が四頭で、複数の車輪の付いた巨大な筐体の車を引いている。

 馬も車体も錬金鋼の鎧と装甲で覆われたそれらは、王国騎士団の戦闘装甲馬車であった。



 馬車が進む林の先には、巨大な木々を茂らせ、黒い霧に囲まれた森が見えた。

 先頭を進む馬車の御者の隣に座る兵士の男が壁のレバーを引くと、後部の円盤の赤い模様がゆっくりと回転した。それぞれの馬車が、先頭の馬車と同じように速度を落としていく。


 馬車の中では騎士や魔法士、兵士達がそれぞれ戦闘を始める準備に動き出した。

 そして、隊列が完全に停止しようとしたとき、馬車の上を覆う木々の枝から、複数の影が飛び降りて来た。


 馬車を取り囲むように現れたのは灰色の猿。その全てが身体を変じて魔力を纏い、つまり魔物化していた。

 馬車から完全武装の騎士や兵士達が降りてくる。

 騎士達が魔導剣を構え、馬車の中で魔法士が魔導杖に魔力を込め錬玉核を輝かせたとき、一斉に猿達が彼らに襲いかかった。

 


 戦いが始まって数分。

 騎士達が猿の半数を狩ったとき、遂にそれが現れた。


 黒い体毛を持ち、身長が六メートルを超える巨躯の大猿。

 黒霧森の主と呼ばれ、魔物の群れを率いて森の周辺各地に甚大な被害をもたらしている存在。


 馬車の中から魔法士達が大猿へ向けて風の槍を撃ち出し、弓騎士が魔力を纏い威力を増した矢を一斉に放った。そしてそれらを追う形で騎士達が剣を構え大猿へと疾走する。

 大猿はそれらを避けようともしない。


 殺到する風の槍と矢が大猿の体へと届き、騎士達の魔力を纏った剣が大猿へと突き出された。

 しかし。

 風の槍と矢は一本たりとも大猿に突き刺さってはいなかった。

 騎士達の剣は大猿の黒い体毛を一本さえも断ち切れてはいなかった。


 動きの止まった騎士達を大猿の左の巨椀が薙ぎ払う。

 烈風の中で、剣は折れ鎧は切り裂かれ、バラバラの肉片になった騎士達が空を舞った。


『キシャ―――――――』


 大猿の咆哮が戦場に響き渡る。

 そして。

 人への蹂躙が始まった。


「これを……青騎士は単独で討ったというのか」


 老人から重い呟きが吐き出される。


 大猿の魔力を持った咆哮が馬車を直撃し、一瞬で粉々になった装甲馬車の破片が空の彼方へと消えて行った。

 軍用馬は独自の防御障壁を展開する事が出来、また魔導機構を搭載した装甲を持つ車体は、魔術の使われない大砲では傷一つ付ける事が出来ない。

 その装甲馬車が次々と一瞬で塵屑へと変わっていく。


「間違いなく」


 大柄な男が老人の問いに応える。その声音はとてもその事実を歓迎しているというものでは無かった。


 馬車から逃れていた魔法士達が五人、総掛かりで防御用の結界を作った。

 複数の魔導球を起点に展開された力強く輝く結界魔法の壁。それは魔法士達の卓越した腕を物語っていた。

 しかしそれも大猿の尾の一振りで破壊される。

 ミンチになった魔法士の血肉が地面をぐちゃぐちゃに赤く染めた。


「…………」


 小柄な男は唯映像を凝視し続ける。

 覇気を纏い裂帛の気合で以て斧槍を繰り出した騎士は、大猿に斧槍ごと手を握り潰され、その頭部を噛み砕かれた。


「今のが騎士団にて武勇名高きヂノストン・バレ子爵でした」


 大柄な男はそれを惜しむように語る。


「我が騎士団には弱卒しかいないのかっ!!」


 最も上座に座った若い黒髪の男が拳をテーブルに叩き付けた。

 

 スクリーンの映像には赤く染まりきった荒地が映り、ついに生きて動いている人はいなくなった。


 大猿が上を向く。

 放たれた衝撃波が上空でその戦場を監視していた使い魔の鳥を撃ち落とし、水晶の映像が終わった。


 彼らが見ていたのは記録。

 騎士団の精鋭部隊が壊滅し、それと引き換えにして辛うじて大猿に発信器を取り付ける事が出来たという、過去となった記録映像。


「これを青騎士は単独で討った、か……」


 重い呟きが吐き出される。

 それは誰かの、いや誰もが呟いたものだったかもしれない。

 唯一人この場所に居ることが許された女が口を開く。


「何も心配することはありませんわ」


 女が水晶へと手をかざす。

 映される映像が魔獣との戦場から切り替わる。新たに映し出されたのは厚い石壁に覆われた古城。それが纏う雰囲気はあえて言うならば監獄のそれであった。


 さらに画面が切り替わり、古城の一室が映し出される。


 格子窓から入る月光に照らされる、調度品はなくただ整えられているだけの部屋。その中央に置かれた寝台には一人の女性が座っている。

 虚ろな双眸は定まっていない。

 生気は無く、まるでよくできた蝋人形のようであった。


「決して引きちぎれない首輪の付いた犬。何を恐れる事がありますのかしら。道具を恐れる、それこそ無様というものですわ。利用して使い切る。私達はそれが許されていますもの」


 月の光が照らす女性の妖しくも美しい顔は、青騎士ルルヴァととてもよく似ていた。


 * * *


 パスパグロンの近郊にある湖畔の小さな町『ペラ』。

 瀟洒な貴族の別荘が連なり、裕福な市民が観光の為に訪れる事も多い。

 その別荘の一つ、ある貴人の屋敷には余人の知る事の無い地下室があった。

 そこは空間魔術と機械式の鍵で閉ざされており、この屋敷の主人と従者の二人しか入る事はできない。


 複数の部屋があり、その一つには様々な試薬や器具が所狭しと、しかし整然と並べられており、設えられた本棚には古今の書物が名を連ねる。

 別の部屋には最新の魔導学の粋を凝らした主人の作業場があり、別の部屋には主人の作品たる魔導の兵器や武器が納められている。


「ふふ、ははははは」

 

 男は笑い声を上げる。

 心の底から、とてもとても楽しそうに。

 普段の彼と接する者達は決して知る事の無い笑みを。


「楽しそうですね」


 メイド姿の女はその彼を嬉しそうに見守る。


「ああ。あのクソ共の集まりの時は笑いを堪えるのに必死だったからな。やっと、そうやっと俺の悲願、その頂きが見えた、これが笑わずにいられるか」


 机の上に広がる調書には、ルルヴァと黒霧森の主との戦いが詳細に記されている。

 森の中では黒い霧によって、使い魔の制御が出来ず、肝心の戦いの映像は手に入らなかった。

 

 主人は残念に思ったが、しかし重要なのはそこでは無かった。

 付された書類に書かれた、飛燕王の詳細。


 これまで何度も飛燕王を見る事はあったが、しかし()()()()()()の、しかも()()()()のそれを見るのは初めての事だった。


 飛燕王はただの魔導剣ではない。

 世には異名たる【雲水自念】しか知られない、最高最狂と畏怖された錬金術師の傑作の一つであり、個人用の枠には収まらない、歴とした戦略級魔導兵器である。


 刀身は魔力を伝導する魔導金属の中でも特に属性偏差の高い翡翠鋼が用いられている。

 通常の魔導武器のように錬玉核を用いた魔導機構を付けておらず、この刀自体が魔導機構となる様に設計されている。

 かなり特殊な製造工程を経ており、飛燕王は精霊に近い存在として完成されている。

 翡翠鋼と銀琥鋼、そして水白鋼等は『六大精霊鋼』と呼ばれる現代魔導学の奥義であり、作り出せるものは僅かしかいない。

 仮に雲水自念以外の者が翡翠鋼を用いて刀を打ったとしても、飛燕王を再現する事は出来ないであろう。

 それは彼の四人の弟子にも言えることであった。


 だからこそこの書類から得た飛燕王の情報こそが、主人の真の野望、その最後の欠片となるのであった。


 椅子から立ち上がった主人が足早にこの部屋から出て行く。

 短い廊下を進み、別の部屋の扉を開く。


 主人の作業場、そこに設えられた巨大なガラス管。

 膨大な魔力を湛えるその中に、朱色の焔が浮かんでいた。


 主人はそのガラス管を優しく撫でる。


 この焔が完成した時。

 これを手にした者は青騎士を、いやこの世の全てを超える力を有するに至るであろう。

 

 焔は祝福となり呪いとなり運命となって、担い手と共に世界を焼き尽くすであろう。


(……)


 ガラスに見えるのは焔と、自分の顔。 


 目に映るのは野心の炎。

 偽りでは無い、真に心の中に燃えるもの。

 何度も呟いたこの言葉を、遂に真なるものへと昇華させる。


 脳裏に浮かぶのは、自分の壁となる師の背中。

 誰よりも尊敬した。

 誰よりも彼の様になろうと努力した。

 そして、秘して(ぎょう)を積み重ねて来た。


 故にこの結実に、記憶の中の師に誓う。


「俺は貴方を超える」


 


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