1 国境への派遣
かつての魔王戦争の英雄【虚剣のイスカル】が治めるベルパスパ王国。
星の聖女【蛇皇角 リクス・リーシェルト】と青騎士【青燕剣 ルルヴァ】を筆頭に多くの英雄、そして強者が在する国。
パスパ大河を多くの船が行き来し、ドド帝街道もまた多くの馬車が行き来する。
魔法、魔術、錬金術を内包する魔導学の発展は王国の軍事力だけではなく、経済の力も大きく押し上げた。
秘境や魔境へと人々はその版図を広げ、彼らは時代に伝説に謳われる古代帝国の栄華に届きうるものを得ていた。
しかし。
他者にとってその豊かさは妬ましいもの。渇望するもの。
そして。
ペルパスパ王国東方にあり、共和制を標榜する国家【タニスン連邦】。
市井に圧制を強い、異種族排除を掲げる聖典教原理主義が浸透する彼の国は、ベルパスパ王国の広大で肥沃な大地へと、その野心を燃やす。
魔王戦争から二十年の月日が流れた。
人々はまた己の欲に優しさを忘れていく。
* * *
9月13日 14:15
ベルパスパ王国東部ブーレ伯爵領ダルトン城塞。
タニスン共和国との国境の峡谷に置かれ、王国軍直轄の施設として管理・運営がされており、毎年王国から投入される巨額の予算によって施設は常に更新、拡張がおこなわれる。
最新の魔導兵器が多く配備され、それらは侵攻を繰り返す敵、タニスン連邦へと睨み効かしていた。
「圧巻ですねー」
「それ誤用」
「うちのボロ船と換えてくれねーかな。ねえアニキ」
「ふん。近衛騎士共が俺達の戦場に出しゃばって来るんじゃねえよ」
城塞の飛行艦船の発着場、その上空から一隻の飛行艦が降下して来る。
白い船体に金の装飾が施され、その船首には白百合と白鷲をあしらったリーシェルト公爵家の紋章が刻まれており、停泊する他の艦船よりも一回り大きい。
無事に着陸した飛行艦のタラップから、次々と白い鎧を身に纏った騎士達が降りて来る。
騎士鎧も魔導学の進歩と共に簡素化及び合理化が進んでおり、中世の全身鎧のようなものは今の時代では殆ど見る事は無くなった。
「【城斬り】【剛虎】【将狩り】に【千眼】か」
「あの狐獣人の女は確か神殿騎士の【断罪】じゃ?」
「どう見ても一部隊が抱える戦力を大きく超えているぞ」
ざわめく兵士や騎士達。
近年の動乱や事件においての英雄、あるいは主役達。
新聞やラジオ、または界隈の噂等で聞く有名な強者達の姿に興奮を抑えきれない。
そして。
最後に、青い全身鎧に身を包んだフルフェイスの騎士に先導されて、白き礼装を纏った少女が姿を現す。
絹よりも滑らかな金色の髪。
宝玉の如き輝きと温かみを持った切れ長の紫眼。
その全てが調和して人としての至高を思わずにはいられない麗たる容貌。
「【星の聖女】……なんて美しさだ」
「あれが【青騎士】、【青燕剣】。王国軍最強の騎士であり、最高位の開拓者……」
静まり返った場を、少女と騎士のタラップを降りる音だけが響く。
白き騎士達は左右に割れ少女と青き騎士へと道を作る。
その先に立つこのダルトン城塞の最高司令官たるドックル・ブーレ伯爵は、少女に挨拶の言葉を掛けられるまで完全に硬直してしまっていた。
「初めましてブーレ伯爵。私は王命によってこのダルトン城塞に救援として参りましたリクス・リーシェルトと申します」
「あ、失礼しました。この城塞の司令官を拝命しておりますドックル・ブーレです。リーシェルト近衛騎士隊長殿の参陣、感謝いたします」
握手を交わす二人。
そこへ一人の巨漢が割り込んで来た。
「兄貴、俺は納得してねえぞ」
「ゴッホン!控えろっ!!」
大剣を担ぎ豊かな髭を生やした男。
「ここは俺達の戦場じゃないか!それを王都のボンボン共の点数稼ぎに付き合わされるなど……俺は我慢できないっ!!」
ダルトン城塞において最強の戦士であるゴッホン。
粗野な言動が目立つが、しかし兵士達の信望厚い彼の言葉は誰にも邪魔されずに続けられる。
「お荷物抱える余裕はここには無いんだよ。点数稼ぎたきゃ他を当たれ」
鋭い眼光が白亜の鎧の近衛騎士達を睥睨する。
「この俺にぶん殴られる前に失せろ。俺は女も容赦しないぞ」
慌てたドックルがゴッホンの前に立つ。
「ゴッホンお前っ。この方が誰か理解しているのか!!」
「知ってるよ。公爵のお姫様で聖女様ってんだろ。お綺麗な宮殿に籠っているのがお似合いの。そしてその取り巻きのお飾り様達だ」
クハハハと嘲笑う。
「お前は……」
激昂するドックルの後ろから、玲瓏たる声が掛けられた。
「もし。あなたは【百人斬り】のゴッホン・ブーレ隊長ではございませんか?」
嘲笑を止めたゴッホンと、冷や汗を流しながら振り返ったドックルの視線の先で、リクスが穏やかに微笑んでいた。
「……斬った敵兵の数などいちいち数えちゃいねえよ」
肯定の言葉の無い肯定。
「まあそうですよね。さて、ブーレ隊長は確かこの城塞で最強の戦士と伺っています」
「ああ」
背後の城塞の兵士達も、リクスの言葉を肯定する所作をした。
「確かに戦場に弱者、それも味方に居るなんてぞっとする話だと思います。そこでどうでしょう。こちらの騎士とあなたで試合をしていただき、お互いにその実力を示すというのは?」
リクスの楽しそうな声に、箱入り娘の戯言とゴッホンは眉を顰める。
しかし提案は妥当なものだと思った。
「いいだろう。その騎士がボコられたらここからすぐに消えろ」
「承りました。でこちらが勝ったら私達の駐留を認めてくださる、という事でよろしいでしょうか」
無言、しかし頷いたゴッホンは開けた位置へと歩を進める。
兵士達や近衛騎士達も、そこを開けるように移動し、両端にてお互いが向かい合う形へと変わる。
試合の場が出来た事を見たリクスは、穏やかな笑顔のまま告げる。
「ルルヴァ。お願いします」
「うん」
青騎士ルルヴァが進み出て、剣の間合いの一投足前で止まる。
「ちっ、伸されたら王都に帰ってお家に引き籠ってろ」
大剣を抜いたゴッホンが構える。
その姿に隙は無く、大剣もまた使い込まれているのが傍から見てもよく分かった。
対するルルヴァは腰に下げた剣、【飛燕王】に手を掛ける事もしない。
無手のまま、昂ぶる事無く、揺らぐ事の無い声で言葉を紡ぐ。
「近衛騎士を拝命するルルヴァという。ブーレ卿、一つお相手願おうか」
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