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リーシェルト騎士団陣地 三


 人間やドワーフだけではなく、巨人や竜人の工兵達は訓練され統制された動きでもって、瞬く間にプレハブでできた仮設病院を幾つも組み上げていった。

 

 仮設病院の中には医術結界が張られ、飛行艦に積まれていた医療機器が運び込まれて行く。

 治療の為の準備は迅速に整えられて、すぐに絶え間なく負傷者達が運び込まれ、検査の結果によって担当する医師の元へと分けられて行った。

 

 * * *

 

 専用の医術服に着替えたルルヴァがパムの難民達の対応に当たってから二時間が経過した。

 手術を行った人数は十二人を超え。

 運び込まれて来る患者は皆、深い傷を負っていた。

 

 両手足を燃やされた老婦人。

 腹を切り裂かれた妊婦。

 両目を抉られ、身体中を切り刻まれた少女。

 

 それでも彼らの命が繋がれているのは、リクスによって掛けられた生命維持の魔法によるものだった。


(リクスさん……本当に凄い)


 魔法の行使も魔力の量も、まさに人を超えた領域。

 もし彼らを助けたのがリクスでなかったら、彼らは当然に死んでいた。

 

 治療はおろか、この場所に辿り着く事さえ不可能だっただろう。

 

(感謝を。ありがとうございます)


 リクスに、そして最悪の中でその幸運を与えてくれた運命に。

 感謝し、祈り、ルルヴァは自分の魔法を行使する。

 

 ルルヴァの魔力が暖かい輝きを灯す。

 パムからの逃亡の途中での魔獣との闘いで覚醒した、己の魂を写した色を持つ朱の魔力。

 

 それはより強大に、より精密に魔法の力を顕わしていく。

 

(託された命は、必ず僕が繋いで見せる!!)


 治療の終わった患者が運び出され、次にまた新たな患者が運び込まれて来る。

 十代前半の蒼白な顔をした人間の少年。


 ルルヴァは少年に付された金属のカードから、申し送られた彼の検査データを読み取る。

 カードには魔術式が埋め込まれていて、そこから魔法を使って記述されたデータを読み取ることができる。

 

(『置き土産』の類は無い)

(体中に土魔法の岩の散弾が食い込んでいる、か)


 ルルヴァは魔力を通した目で、自分と同年代の少年の身体を更に透視する。

 

(散弾の数は二十、食い込みは浅くないがそれでも重要な臓器を傷つけたものは無い)


 弾の造形の精度は高く、この魔法を行使した人物の腕は大剣位はあるだろう。

 魔法の種類も上級のものであるが、無差別に殺傷する事を目的としたものであり攻撃の密度が低くなっている。

 それでも子供など簡単に挽肉にする威力はあるが、身体に在る散弾の食い込みの深さと位置から、彼を庇った人物がいた事が推測できた。

 

 名も知らない誰かが自分の身を投げ打って、この少年の命を守ったのだ。


 少年の、虚ろな茶色の瞳がルルヴァを向いた。

 

「……助、けて……」


 とても小さな声だった。

 

「うん」


 光の闇の境界に現れる黎明を照らす輝きの色を持つ、朱い魔力が優しく少年を包み込んだ。

 ルルヴァの朱が魔法式を構成し、『空』の属性魔法を発動させる。

 

 魔法が彼の体内にある異物を捕捉し、彼の体外へとそれらを転移させる。

 ルルヴァの傍らに置かれた密閉されたガラス容器の中に、転移させられた血塗れの散弾が現れる。

 

 散弾の摘出が終わってすぐに、ルルヴァは治療魔法を発動させて彼の傷の治癒を完了させた。

 

「あっ」

 

 少年が瞼をパチパチと瞬かせた。

 彼は自分の腹を右手で摩った。

 

「痛くない……」


 ただそう声を出した。

呆気にとられたその顔で自分の身体を見回している。


 顔はまだ青白いままだが、それはこれから安静にして栄養を取って過ごしていけば回復していくだろう。


「良かった。もう大丈夫だよ」


 ルルヴァは少年を心配させないようにと笑みを浮かべて、彼へと語りかけた。

 

「ありがと、本当にありがと」


 少年の目からポロポロと涙が零れ落ちて行く。

 看護兵が手術台から彼をストレッチャーへと移す。

 

次の患者に対応するためにと手を動かすルルヴァへ少年が顔を向けた。


「姉ちゃんっ!!」


 金属カードへ治療の記録をタイプしていたルルヴァは、少年の元気な呼び声に思わず振り向いた。

 

「姉ちゃんがピンチになったら、今度は俺が絶対に助けてやるからな!!」


 青白い顔のまま、それでも元気にニカッと笑った少年は運び出されて行った。

 

「……。僕は男なんだけど」


 ふう、と一息吐いて。

 自然と笑みが顔に浮かんだ。

 

 ここに来てから初めて、本当に心から笑えたような気がした。

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