ルルヴァ 青騎士/最強の系譜
人が魔力を使い、その任意的効果を発する現象→魔法
機械、及びそれに類するものから発する魔法的効果→魔術
として使い分けています。
昔の話である。
圧制を強いた王が一人の騎士によって討たれた。
苦渋の生活を強いられることから解放された民衆は喜びに沸き、騎士へ感謝を捧げた。
善き貴族の中から新たな王が生まれ、新しい国が出来た。
その中に騎士の姿は無かった。
人知れず姿を消した騎士を、人々は忘れまいと誓った。
王の血、貴き者の血を『青い血』という事に準えて。
王の血を浴びた反逆の義士、『青騎士』の物語は今の時代も語り継がれている。
* * *
深く果ての無い蒼穹と流れ行く白い群雲。
無数の小さな鳥の群れと、そのさらに高みを飛ぶドラゴンの姿。
遠くから吹く風が道の端に生える草木が揺らす。
遥か道の続く先、白き峰が連なる山脈の稜線の先には都市を乗せた島が浮く。
大きな石畳の道を旅客馬車が走る。
有角の巨大な馬が引く客車には多くの客が乗っていた。
「へえ、あんた王都から来たの」
「はい」
その隅の一角。
座席に座るエルフの女性が話しかけたのは、対面に座っている青い外套を纏いフードを被った旅装の少年。
「私も昔は王都に住んでてね。開拓者としてイケイケだったけど結婚してこっちに来たのよ」
「そうなんですか」
客車の窓の外からは時折バチバチと火花が見える。
この馬車を襲おうとした魔獣が、馬車の結界に弾かれているのだ。
「ここら辺は魔獣が多いからねえ。結界の有る馬車じゃないとまともに走るなんてできないのよ」
淡く輝く結界、その向こうに見える巨大な谷、対岸に広がる巨大な森。
澱んだ黒い霧に包まれて、無数の塔程もある大樹が茂っている。
「あそこが魔獣の聖域として有名な黒霧森。中の魔獣はもうホントに危ないんだから」
「熟練の開拓者でも帰ってこれない魔の森、ですよね」
「そうよ。またの名を『帰らずの森』。この前来た大勢の騎士さん達も全員帰って来なかったのよ」
女性はポケットから取り出した煙草に火を付けた。
「そういう訳で。もし君が背伸びしようと思っても、あそこだけは止めときなさい」
女性は少年の持つ剣を見ながら、そう忠告した。
数多の青い燕が舞う姿を描いた鞘、それに納められた翡翠色の剣。
揺るかな弧を型る刃の作りは、森の民が好む刀という剣。
柔剛断つ切れの冴えは、好事家なられども垂涎の的。
名だたる一振りに城同然の値が付いた事もある。
駆け出しが持つには不相応過ぎる逸品。
(けど見た目と年齢が釣り合っていない場合もあるしね)
私のようなエルフとか。
しかし元開拓者の彼女には、少年は強い戦士のようには見えなかった。
よく鍛えられてはいるが、纏う気配は平凡な駆け出し開拓者のもの。
業物の剣を持つことから貴族か裕福な商人の子弟、もしくは自身と同じ出自かと思考を遊ばせた。
* * *
馬車はやがて町へと着いた。
石や木を用いた建物が立ち並び、往来を幾つもの馬車や様々な人々とすれ違って行った。
辺境を縫う交易路の一点にあり、町はそこそこに栄えていた。
古い石造りの駅の建物は大きく、多くの人々がその中を行き交っている。
馬車の客達が客車の中から降りていき、各々がそれぞれの向かう場所へと歩いて行く。
エルフの女性は、最後に少年に声を掛けた。
「この町にも開拓者協会の支部はあるし、駆け出しでも出来る依頼も結構あるわ。無理をしなければ此処では充分生きていける。だからあの森には決して近づかないようにしなさい」
彼女の親切心からの言葉。
それに少年は首を横に振った。
「僕はあの森の主を倒しに来ました」
ハッハッハ。
その遣り取りを図らずも聞いた、周囲の人々が少年の言葉に哄笑を上げた。
「止めとけ止めとけ」
「遭難しても捜索隊は来ちゃくれねえぞ」
「そいうのは開拓者の仕事っと、坊主も開拓者の駆け出しか」
可笑しくて笑う者。
無謀な故の愚行と呆れる者。
関心無く通り過ぎて行く者。
それを背にして少年は駅の外へと歩いて行く。
「僕は駆け出しではありません」
「何だぁ? じゃあ自殺志願者か?」
建物の外へと出た少年の外套が朱い魔力洸を発した。
外套は次第に鎧へと姿を変えていき、少年を覆う様に包んでいく。
その間、数秒の時にフードに隠れていた少年の顔が露わになった。
結わえられた瑠璃色の髪。
非常に整った少女のような顔はまるでこの世ならざる人形のようで、しかし彼の朱の瞳は強い意志の輝きを灯し、生命の熱を確かに感じさせる。
その調和が成すあまりの可憐さに、嘲笑していた者達の声が止まった。
「僕はS級開拓者です」
その彼らを見る事無く少年は告げる。
決して大きくは無かった彼の声は、静まったこの場に良く響いた。
少年を覆う青い全身鎧。
その背の部分から鋼の翼が広がる。
そして、彼は朱い風を纏って黒霧森へと飛び立って行った。
* * *
禁忌の領域たる黒霧森の中を青い全身鎧の少年騎士、青騎士【青燕剣 ルルヴァ】が駆ける。
朱い魔力を帯びた風の刃が音速を超えて飛翔する。
それは鋭い牙を剥いて迫り来る巨大な蜘蛛を切り裂き、その背後に隠れていた他の魔獣達も両断した。
「はあああ」
背後に放った魔法の結果を確認せずに、両手に握った翡翠色の刀を斬り上げた。
錬金術の結晶たる翡翠鋼の刃が、口蓋を開いて飛びかかって来た土管程もある鋼色の蛇の首を斬り飛ばした。
灰色の毛を生やした猿達、ルルヴァの上空の視界を覆う程の数が樹上から飛び降りて来る。
それぞれの爪に黒く澱んだ魔力を灯し、標的たるルルヴァへと殺到する。
「灼璃川蝉」
ルルヴァの左手を中心にして朱い魔方陣の輝きが生まれる。
そこから三百を超える数の赤い川蝉が放たれ、猿の魔獣へ向けて飛翔する。
猿達はそれを避けようとするが、赤い川蝉の追尾を振り切れない。
標的に当たった川蝉は轟音と共に爆発し、巻き込まれた猿は粉微塵の灰となって散っていった。
王都の近衛騎士が辺境に発生した魔獣を討伐する謂れは、本来は無い。
それは開拓者、もしくは東西南北と中央に配される王国騎士団の領分であり、王族直下の『近衛』の役目ではない。
それも魔獣の聖域として悪名高い【黒霧森】へ単独で赴くなど、自らの意志であれば自殺、他者の意志であるならば処刑でしかなかった。
「キシャ――――ッ」
飛燕王を構えるルルヴァへ、その頭上を覆う大樹の葉の天蓋の中から、距離の離れた地面さえ揺らす咆哮が放たれた。
六メートルを超える黒い大猿の魔獣が樹上から跳躍する。
ルルヴァへ向けて降下する大猿は、その途上で鋭い牙の生えた口腔から砲弾の如き衝撃波を放つ。
ルルヴァは手に握る錬金術の結晶たる武器、【飛燕王】を衝撃波へと叩きつける。
一瞬の間拮抗した飛燕王と衝撃波。
飛燕王が振り抜かれ、衝撃波はただの暴風となって周囲の巨木をギシギシと揺らした。
そこへの追撃として放たれた大猿の右手の一撃。
しかしそれはルルヴァの動きを捉えられず、地面の土だけを大きく抉り取った。
巻き上げられた雪崩の如き土砂が森の上空を覆い、土の豪雨が森へと降る。
大猿の背へと回り込んだルルヴァは、右手の中に数多の氷塊を生み出す。
ルルヴァの朱い魔力を纏った、鋼よりも硬い氷魔法の弾丸が、機関銃の掃射のように大猿の背中へと放たれる。
音を遥かに超える速度で縦横無尽に飛翔の軌跡を描く氷の弾丸。
ルルヴァへ背を晒してしまった大猿はその全てを避ける事が出来ない。
大猿は浅くない傷を負いながらも、木々の間を縫うように必死の跳躍を繰り返す。
呼吸を荒げ、遥か上の高さの大木の影へと逃れた大猿は怒りに燃える。
(我が……怯んだ)
(三千年を超えて生きる、この森の王たる我が)
(幾つもの国々を滅ぼした……)
(多くの竜や化け物、英雄を喰らってきた……)
(その、我が……)
拳を握る。
歯が、牙が軋みを上げる。
(あのような……小さき者に)
(屈辱!!)
「グオオオオオオオオオオオオオオオ」
ビリビリビリと森の全てが揺れる。
人の国の十倍以上もある森が。
ただ一匹の魔獣の咆哮で。
「オノレエエエエエエエエエエエエエエ!!」
膨大な殺意の込められた大猿の咆哮。
周囲の木々の葉が色を失って散り、ぼたぼたと遠くより鳥や獣の落ちる音が聞こえる。
大猿の身体から黒い魔力が吹き上がる。
背中には漆黒の竜の翼が生え、尾は黒い毒蛇と化す。
身体はさらに巨大になり、手の爪は大剣のように成る。
牙の伸びた口からは炎の息吹が漏れ、瞳は赤い輝きを増す。
大猿の濁流のような殺意を向けられながら、しかしルルヴァは静かに飛燕王を中段に構える。
剣の基礎たる中段の構えは攻防の全てに応じる。
嵐の様に猛るルルヴァの朱い魔力が、ルルヴァの呼吸と共に鎮まり、澄み渡っていく。
澄んだ海の底に、広大な世界が現れるように。
研ぎ澄まされた朱い魔力の奥に、S級開拓者の最強と言われる【青燕剣 ルルヴァ】の強大な力の、その真の姿が露わとなる。
「僕の名前はルルヴァ。ベルパスパ王国近衛騎士……いや、青騎士ルルヴァ・リーシェルト」
ルルヴァの青い鎧が姿を変える。
新たに開く兜の額の部分、そしてそこに灯る朱の輝き。
「ワレ、ナハ、******。オマエヲ、コロス」
獣の発音で、誰も知る者の無い大猿の本名が語られる。
交差する殺意の流れ。
そして。
風が一つ吹いた時。
ルルヴァと大猿は必殺へと踏み出した。
朱色に輝く飛燕王の斬撃と黒猿の爪の斬撃が交差する。
その瞬間に生まれる衝撃波は地面を消し飛ばし、塔程もある巨木を抉る。
一撃の威力は飛燕王が勝り、手数は大猿の爪が勝る。
ルルヴァが大猿の左手の爪を斬り飛ばし、しかしその隙に打ち込まれる右手の爪は、左手に瞬時に生み出した氷の剣でいなす。
影より這い寄った毒蛇の尾を炎を纏った足で蹴り飛ばし、頭上から迫る大猿の牙を業火の息吹で吹き飛ばす。
しかしルルヴァの炎を貫いて、黒い風を纏った大猿の右拳が現れる。
魔力を強く込めた障壁は紙のように破れ、辛うじて回避に成功するが、その勢いに巻き込まれたルルヴァは数百メートルの距離を飛ばされてしまう。
受け身を取り、威力の殆どを受け流したが身体中を痛みが襲う。
拳の軌道の先は、抉られた大地の傷が何処までも続いていた。
(強い)
過去にルルヴァが戦った中でも別次元の強さ。
動きも普通の魔獣には無い、洗練された『武』の筋がある。
瞬きの間に繰り返される攻防は、その一手を誤るだけで『死』に掴まれてしまう。
十秒。
たったそれだけでルルヴァ達の周囲は荒野と化した。
ルルヴァと大猿の攻防の手は千を超えた。
微かに出来たルルヴァの隙へと大猿が爪を振り下ろすが、しかしそれはルルヴァが故意に作り出した隙であり、絡め取られた大猿こそが大きな隙を晒してしまった。
ルルヴァの最大の魔力を込めた氷の剣の一撃、それを腹部に打ち込まれた大猿は地面と水平に飛ばされて行った。
「卦火念鶖」
前面に描いた朱の魔法陣から鶖の形をした劫火が顕れ、大猿へ向けて飛翔する。
「グガアア」
尾を地面に叩きつけて体勢を直した大猿の口から黒い炎が吐き出される。
ぶつかり合う二つの炎。
鶖の炎が押し負け、黒い炎に呑み込まれてしまう。
迫り来る大猿の黒い炎をルルヴァは青い炎(魔導学によって成された『凍てつく炎』)を放って消し去る。
そこにルルヴァの僅かな隙があったが、大猿は動こうとはしなかった。
それが罠であると大猿は理解したからだった。
「ここに打ち込んでこない……か」
大猿はこの戦いで成長している。
なぜならばこれまで大猿と対等以上に戦えた者はいなかったから、戦う術を磨く必要は無かった。
ただ力任せに切り裂いて行けばよかった。
しかし。
この戦い、ルルヴァという強敵との生死を賭けた死闘が、大猿に戦いの術というものを意識させた。
それが大猿に成長を促してしまったのだ。
ルルヴァの飛燕王は所々が欠け、罅の入った剣身はいつ折れてもおかしくはない状態となった。
その飛燕王をルルヴァは中段に構え直す。
しかしこの戦いより前、魔獣の巣窟たる黒霧森を単独で踏破してきた疲労も重なり、僅かに飛燕王の切先を下げてしまった。
それを見た大猿は口角を釣り上げて笑い、その巨躯を跳躍させた。
強く禍々しく、そして黒く発光する大剣の如き爪を掲げてルルヴァへと襲いかかる。
ルルヴァは中段にあった構えを、飛燕王を体の右後ろに回り込ませるような型、脇構えへと変えた。
そのルルヴァの姿を見た大猿の目は虚勢と嘲笑いさらに細まる。
その構えでは自分の方が紙一重で速く斬る事が出来る。
何よりも、隠した所でボロボロの翡翠の剣は自分を切る事は出来はしない、と。
「錬成」
ルルヴァが呟いた呪文鍵によって飛燕王に施された魔導機構が作動する。
そして。
黒く光る大爪を振り下ろそうとした大猿へ、瞬時にその翡翠色の刀身を修復した飛燕王が振り抜かれた。
この戦いの中でも一際速い一撃。
大猿は最後で見誤ってしまった。
ルルヴァの剣の速さを。
大猿は大爪もろとも両断され、妖しく輝く黒色の血を散らして逝った。
ルルヴァは絶命した大猿の死骸の傍らに佇む。
(討てて良かった)
最後の隙は嘘ではなかった。
それが巡らせた思わぬ好機に全身全霊で放った最後の一振り。
痺れる両手は辛うじて飛燕王を握る。
生死の賭けに勝ったことに心から安堵した。
魔力の変調により、後天的に変異した獣達のなれの果てたる魔獣。先天的なものも存在するが、総じて極めて強い攻撃的な性格と能力を有している。
特に己の血の色を変え、さらには輝きを持つに至った【劫亢の座】と呼ばれるもの達は、A級開拓者や上位の騎士でさえ単独では手に負えず、千人以上の戦力で当たるのが常識であった。
「まだ死ねないな」
ふと、ルルヴァの口から洩れた言葉。
その脳裏に浮かぶのは母と妹の姿、それから……。
内心に大切な人達の顔を思い浮かべて、魔獣を討った証拠となる、その心臓に生じる魔石を採りに向かう。
その時、ルルヴァの首元の傷が疼いた。
(ルルヴァ!!)
少女の声がルルヴァの脳裏に響く。
その声に反応したルルヴァはとっさに抜いた飛燕王を振り抜いた。
『ヂィィイィッ』
断末魔を口蓋たる鋭い嘴から迸らせ、身体の透き通った鳥の魔獣の身体を飛燕王が斬り抜けた。
ルルヴァが落ち着いて、注意深く周囲の気配を探る。
荒地の窪みの陰や地面の下に少なくない魔獣の気配を感じた。
(油断していた)
(それでは生き残れない)
(ここは人ならざる魔獣達の領域)
しっかりと飛燕王の柄を握り直す。
最愛の少女に付けられたルルヴァの首元の傷が叱咤するように疼く。
こんな危機的な状況で死への恐れよりも、ただ思い浮かべた彼女の姿によって生への思いを強くする。
自分は完全に彼女に躾られたな、とルルヴァは苦笑した。
腰の道具入れから薬理酒の小瓶を取り出し、少し口に含む。
負った傷が次第に癒えて行くの感じる。
ルルヴァ達の戦いによって散っていた黒い霧がじわじわと荒野に入って来る。
霧に潜む魔獣達の包囲が迫って来る。
「まだ、死ねない」
そして。
ルルヴァは再び朱い魔力を纏う。
魔獣達の森に数多の剣閃が走った。
* * *
上り立つ旗に描かれるのは白い鎧の騎士と剣と盾。
大陸西方の雄であり強大な軍事力を有し騎士の国と呼ばれる『ベルパスパ王国』。
その王都パスパグロンは白亜の王城と貴族街を中心に重なりあう同心円状に造られている。
またパスパ山脈の氷河から続くパスパ大河の水運と、大動脈たるドド帝街道に接し、交易と軍事力に於いてその存在感を立たせていた。
第二城壁の東に在る煉瓦造の白い大きな駅舎には、錬金装具を着け魔術強化された馬に引かれた旅客馬車が途切れる事無く出入りを繰り返している。
ルルヴァが黒霧森にて魔獣討伐の任務を果たしてから十日が経ち、ルルヴァは鉄道馬車を使って王都へ戻っていた。
王都はどこもかしこも老若男女が行き交い様々な身分の者達が犇きあい、人の溢れる賑やかさと活力を醸し出している。
整地された石畳の道が連綿と連なり、錬金術による合金の街燈が灯る夜は、地方の田舎から初めて王都を訪れる者達に、王都の先進性を何よりも強く印象付ける。
ルルヴァは土埃の付いた旅装のまま、駅から一直線に王城を目指して歩いて行った。
「記録官殿、これをお願いします」
ルルヴァは木枠で囲まれた受付に、大猿の魔獣を討伐した記録結晶と魔石を提出すした。
無愛想な男がそれを受け取り、紙に筆を走らせた。
「近衛騎士ルルヴァ様。任務の完了を確認しました。お疲れさまでした」
ルルヴァが騎士省の白亜の建物から出ると、降り注ぐ強い日差しがその身を包み込んだ。
ベルパスパ王国は大陸の南方地域を占めており、近隣諸国に比べて年の平均気温が高い。
また政府機関のある貴族街はその建物を白で統一するように通達されており、日差しの反射によって外気が殊の外暑くなってしまうのだった。
艶やかな瑠璃色の髪を靡かせて歩くルルヴァの鎧の色は青。その姿は王城を歩いている白を基調とした装いの騎士や職員達からはかなり浮いていた。
「おい、青騎士」
ルルヴァを呼び止めたのは白亜の鎧に身を包み、純白の外套を纏った細身の騎士だった。
「聞いたぞ。栄えある近衛騎士で在りながら開拓者の真似事をしてきたんだってな」
端麗なその顔に歪んだ笑みを浮かべて、白亜の騎士はルルヴァに言葉をぶつける。
取り巻きの騎士は静かに控え、しかしルルヴァを囲むように立ち並んだ。
「ああ何と言う事だ。我が国に剣技名高き【青燕剣】殿が名誉ある戦場を外され粗野な者どもが群がる狩場でその剣を振るうなどあってはならない事だ。誰だこんな事を命じたのは」
高い声を響かせて、顔を伏せて右手で多い、ルルヴァの不遇に嘆くような所作をとる。
「まあ、俺なんだけどな、ウクク、ハッハッハッハ」
そして一転、堰を切ったように笑い出した。
「要件はそれだけ?」
ルルヴァは呆れたような声音でまだ笑い続ける騎士へと声をかける。
「ああ、いや。今できた。いくら王弟の庶子といえどもその上官への不敬きわまる態度、懲罰に値する。おい」
取り巻きの騎士の包囲が狭まる。
白い鎧の騎士達に囲まれて、青い鎧のルルヴァの姿は周囲から隔てられた。
コンコンコンとルルヴァの肩が騎士達に叩かれる。
「来い。その可愛らしい顔に、身の程というものを教えてやる」
* * *
「ハァハァ、よかったぞ」
裸に剥かれて両手を縛られたルルヴァの上に裸身の少女が覆いかぶさる。
少女は長い金色の髪を振り、その口でルルヴァの口を貪る。
艶のある高揚した息使いが落ち着いていき、手繰り寄せた剣を一閃させてルルヴァを縛める絹縄を断ち切った。
解放されたルルヴァの両手が、自身を貪る少女を優しく抱きしめる。
「相変わらずSっぽいね」
ぞっとするほどの美貌を持った少女、近衛騎士団第四隊隊長リクス・リーシェルトはルルヴァの胸に歯を当てた。
ルルヴァの右手がリクスの豊かな金の髪を梳くと、彼女はその切れ長の紫眼でルルヴァを睨み付けた。
「おや、まだ上官に口答えする気概があるのか」
ルルヴァは楽しそうに微笑んで、その両手でリクスを抱きしめる。
リクスは鼻を鳴らしてその身をまたルルヴァへと委ねた。
「先の単独任務、『黒霧森の主』の討伐の成果でルーへ白三旗勲章が与えられる。それによって法衣ではあるが男爵への叙爵が決定する」
細く、しかし鍛えられてなお女を感じさせる腕が、ルルヴァの顎を掴む。
キリッと強められた彼女の口からは強い声が紡がれる。
「政治、派閥、そして立場。何と煩わしいことか。喧しく囀る愚物共は切り裂き砕き皆殺しにしてやりたい」
ルルヴァがリクスの頬を撫でると、リクスはルルヴァの左頬の傷を摘み、その唇から出した小さな舌で舐め上げた。
「場は整えた。条件は満たした」
二人の唇が合わさる。
「これで俺はお前にやっと近衛騎士の正統たる『白』を与えてやれる」
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