第1章 十人十色の強制ミーティング PART3
3.
「「「は???」」」」
ここにいる全員が驚愕し、シロウを見ながら静止している。まさか重要な案件を決める会議ではなく、こんな冗談紛いのことで集められたとは思ってもいなかった。
修也が反論する前に司会が息を重ね続けた。
「ここにいる皆さんは《《優秀な》》人材ばかりです。こちらの要望はあなた方から任意の付き合いをして貰うことです。端的にいえば結婚して頂き優秀な《《子孫》》を残して頂きたいのです」
「え? どういうこと?」
赤の制服に身を包んだ女が思わず声を漏らしている。
「マジでいってるの、シロウさん? あたし達で結婚なんて無理っしょ」
「もちろん本気です」
シロウは静かな視線を寄せ即答する。
「これは政府が決めたことなんです。この場にいらっしゃるのは皆、独身税を100%払っている、由緒正しい独身貴族ばかりです」
……まあ、当たり前といえば当たり前のことだ。
マネージャーの一言に納得し頷く。各エリアの責任者になる仕事量は独身だからこそできるものだ。婚活などのイベントに参加していれば減税に当たるが、ここにいる者はきちんと税を払っている。
つまり《《結婚する意志がない者》》が集まっているということになる。
「プリント用紙には本件の婚活ロワイヤルにあたる注意事項が書かれてありますので、目を通しておいて下さい。それではまず始めにお手元のタッチパネルを見て下さい。ここにはあなた方全員のプロフィールが書かれてあります。これを参考に各自、相性のいい相手を見つけて下さい」
パネルをタッチすると、ここにいる10人全員の顔写真が映った。自分の顔をクリックしてみると自分の経歴が簡単に載っている。
四宮修也。帝国大学卒業後、当ホテルに勤務。間違いない。
「ふざけんなや、こんな会議で結婚する相手なんて決められる訳ないやろう、お前はアホか」
二岡がぶっきらぼうな口調でいう。
「大体、結婚する気がないからこそ独身税を払ってきたんや。それやのに、いきなり結婚せえとかあるか!」
「……二岡君、相手はデューティーマネージャーだよ」
横で参浦が小さく注意すると、二岡は慌てて敬語で言い直し頭を下げた。
「すいません、無理です……。そんなのってひどいですよ。何かの間違いでしょう?」
「そうよ、何かの悪い冗談にしか聞こえないわ」
赤色の女も口調を強める。だが丁寧な口調にするつもりはないらしい。
赤の制服はエレベーターガールだ。椅子自体も彼女の趣向とも合うように一体となり、彼女の攻撃性をさらに高めている。
「結婚する相手なんて自分で探すわよ。あなたに面倒みて貰う必要はないわ」
「うるさい、黙って聞いておけっ」
周囲の喧騒を払うように、支配人の九条が一括する。
「これは政府指定の決め事だ。俺様でもどうしようもできんことなのだ。お前達はシロウの説明が終わるまで静かにしていればいい」
九条の一言で皆、言葉を失う。彼に逆らえるのは、現時点でここには誰もいない。
「……残念ながら、支配人のいう通りなんです」
シロウが憂鬱そうに続ける。
「もちろんあなた方にも結婚をしていない理由があるのは存じています。そこで政府は《《10人のうち2人のみは結婚しなくてもいい》》という条件をつけております。最後に残った2名は一生結婚しなくてもいいと寛大な措置を頂きました」
「え? そんなルールがあるんなら、先にいってよ」
赤色の女は急に落ち着きを取り戻した。
「最終的に勝ち残ればいいんでしょ、それならいいわ」
「勝ち残りではなく、《《負け》》残りだがな」
九条が彼女に被せる。
「ここに来ていることですでに皆、独身税は免れている。だからだ、もし今の条件を呑めないというのなら、《《国から》》出るしかない」
「え? 国から ?嘘でしょ?」
……ありえない。
特殊な状況に頭がついていかない。独身というだけですでに三割の税負担があるというのに、ここで結婚したくないといえば国外追放になってしまうという。
そんなことが実際にあっていいはずがない。
「そ、それなら……あたし、この国から出るけど……」
赤の女が不満を漏らした。だが声は震えている。
「あたしは結婚なんて無理、ここに呼ばれたこと自体不愉快よ。日本じゃなくても暮らしていけるから、ここから出してよ」
「すいません、支配人のいうことは少しばかり違います。すでにこの国から出ること自体できません」
シロウが咄嗟に説明を付け加えていく。
「このルールは法律で決められています。ここにいらっしゃる九条様も含めてです。ここから理由なく退出したとなれば、《《禁固刑》》が待っています」
「……マジですか?」
黄色の制服を着た八番の女の顔が青ざめる。黄色の制服は料理長の証だ。元々の肌の色が白いせいもあり、青白く染まっていく。
「どうしよう……わたし、結婚なんてする自信はないです。ここにいる方とほとんど話したことだってないのに……無理ですよ、結婚なんて、できませんよ……」
「皆さん、最初はそう仰います」
シロウが彼女を諭すように告げる。
「大丈夫です。ここに揃った方は皆、優秀な方ばかりです。数々の項目をクリアした方だけが選ばれているんです。八橋さん、あなたも例外ではないんですよ」
「そんなこといわれても……困りますよぉ……」
そういいながら顔色は血色を変えて赤く染まっていく。先程とは違い頬もほんのりと熱を帯びているようだ。
「でもデューティーマネージャーがそういうのなら……一応、お相手のプロフィールだけでも目を通してみることにしてみます」
……何が結婚だ、馬鹿馬鹿しい。
修也は驚嘆しながら辺りを見回した。この中から将来の伴侶を見つけ出さなければならない。しかもその中には、零無玲子までいるのだ。
彼女とだけは絶対に一緒にはなりたくない。彼女と結婚すれば数秒毎にタイマーが掛かる時限爆弾を抱えるようなものだ。
それならまだ、国を敵に回したほうがいいかもしれない。
「是非プロフィールだけでも見て下さい。機械の計算上、あなた方なら皆、全員が結婚できる確率は100%となっているんです」
シロウは大袈裟にプリント用紙を叩きつけ周りを見渡した。
「先ほども申しましたが、あなた方は極めて優秀です。ですが皆さん、結婚する意志がない。そうなっては未来に優秀な遺伝子を残すことができないと政府は考えているのです。そうなればこの日本は……」
「それでしたら子供だけ作ればいいんじゃないですか?」
六番目の女が微笑みながら司会を遮った。紫の椅子に制服、フロントの責任者だ。
「子供だけを作るのなら、わたくしは賛成です。皆さん都合があるでしょうから、形だけの結婚をして、一緒に生活しなくてもいい方法を取れるのなら考慮しますが、どうでしょう?」
「そういうわけにはいきません。子供は父親と母親の教育で伸びるものですから」
シロウは予想していたというように素早く答えた。
「もちろん遺伝子が最重要です。ですが、子供の成長は環境に大きく左右されます。才能があってもあなた方の優秀な知性、行動力がなければ日本の未来は育たないのです」
……わからなくはない発想だ。
子供が育つ環境は親が作るものだ。基本、子供が興味を持つのは親の趣味、考え方、性格、ライフスタイル、ほとんどが親の影響化にある。親が優秀であれば子供は真似るだけでいいのだ。
だが時には例外も存在する。《《自分》》のような者が存在することが何よりの証拠だ。
「……陸弥、もう止めておけ」
九条が唇を結ぶように告げる。
「こいつに何をいっても無駄だ。政府が決めたことなんだからな。シロウ、早く続きを話してくれ」
「左様ですか、九条様。お話が早くて助かります。では初めにお題を決めて話をして貰いましょう」
シロウは再びメモ用紙を扱いながらパネルを操作していく。
「お題というのは皆さんが話しやすくなるようこちらで決めたテーマのことです。もちろん皆さん自身が話したい内容がなければそれでも構いません。それを話して貰った後、20分の休憩を挟んだのちに最初の投票タイムに映ります。
気に入った相手がいて、なおかつお互いの投票が重なった場合、そのお二人がカップルになります。気に入った相手がいなければパスボタンを押して下さいませ」
「カップルができなかったら……どうされるのですか?」
「二回目の投票に入ります」
紫の女がいうと、シロウは迅速に咳払いをした。
「二回目の投票は男性陣、女性陣の順に『誰が結婚に向いているか』を選んで頂きます。もっとも多く投票された方同士が晴れて結婚します」
「え……それって……」
「多数決でカップルを決めるということです」
シロウは当然のように告げた。
「先ほどもいいましたが、皆さんは極めて優秀です。この中のどなたと結婚されても優秀な遺伝子が生まれる、という結果が出ております」