第2章 九嫁三伏のデッドヒート PART4
4.
「………」
七草は顔を埋めたまま黙っている。先ほどとは違い、勤めて冷静を保っているようにも見える。
「隠さなくてもいいですよ、七草さん。九条さんと結婚してくれというつもりはありません。ただこのままシャッフルで決まるとして……他の人と当たっても文句はないですか?」
「………」
それでも七草は表情を変えない。主君のため敢えて沈黙を貫いているという風にも捉えられる。もしかすると本当に九条と付き合っているのかもしれないが、彼に黙殺されている可能性もある。
「今ならまだ話し合うことができます。仮にもし九条さんと結婚するのが嫌だというのなら先にいって置いた方がいいですよ。当たらないようには考慮できます。あなたは愛がないと結婚できないのでしょう?」
……やはり零無は誘導が上手い。
この行方を静かに見守ることに専念する。先ほどまで九条のことを様付けしていたのに対し、七草に対しては《《さん》》付けに変えている。これは七草のために敢えて会社の上司ではなく、恋人として振舞っていいんだよという甘い蜜のような囁きに聞こえてしまうはずだ。
さらにいえば、七草はすでに許嫁がいることを宣言している。それが誰かはまだわからないが、きっと彼なのだろうと推測される。
「わたしは……誰とも付き合っていません」
そういいながらも七草の眼は怯えている。やはり何か隠しているような感じを受ける。
「いないっていってるじゃない。可哀想よ。何か証拠でも持ってるの?」
突然、五十嵐の援護が入る。たしかに何も知らない者が見れば、零無が七草を弾圧しているようにしか見えない。
「すいませんが、あなたは黙っていて下さい。私は七草さんに訊いているんです」
零無は五十嵐の方を見らずにいう。
「……そうですね、逆に考えてみましょう。仮にあなた方が付き合っていると仮定した場合、私が九条さんの立場だとすると黙っておけと釘を刺します。そしてあなたは了承し、よかったと考える。九条さんと付き合っていることを黙っておけば都合がいいからです。もしこの場に《《本命の彼》》がいるとするならばそれだけで騙せるのですから」
「私は二股なんて掛けていないわっ」
七草は大声でいう。
「今現在付き合っている人は一人だけです、ほ、本当ですからね」
「そうですか。この中に彼氏さんがいることは認めるのですね」
「……え、あ。いや、いません……本当に……」
簡単な誘導尋問だが、彼女には効いたようだ。零無の策略が功を奏し、この中に彼氏がいることが判明した。案外うぶな性格なのかもしれない。
「ではもう一度尋ねます、七草涼子さん」
零無は仕切りなおすように冷静に告げた。
「客室課マネージャー、すなわち支配人の秘書を兼用しているあなたに付き合っている人がいるとして。それを口外できない理由は何でしょう? 付き合っていることを黙っているということは上下関係にある人と付き合っているのではないですか。そしてあなたより立場が上の人というのは九条さんしかいません。七草さん、あなたが付き合っているのは九条統哉さんですね?」
沈黙の後、七草はちろりと九条の方を見た。この目線で彼女は彼に助けを求めていることが判明してしまった。もう言い逃れはできない。
……本当に零無のやり方は素晴らしい。
修也はにやりと笑みを浮かべた。彼女の攻め方は論理的かつ狡猾で他に逃げ道を与えない。いくら客室課マネージャーとはいえ、彼女に口で敵うはずがないのだ。
彼女に対等に話が持ち込める者、すなわち権力を行使する支配人こそが彼女と向き合わなくはならない。
「もういい、零無。俺様が始めからいっておけばよかったな」
九条は舌打ちをしながら答えた。
「ではお認めになるのですね? 七草さんとお付き合いされているということを」
「……ああ」
九条は睨みを利かせるように零無を見た。彼の瞳には威圧感がたっぷりと含まれている、そのまま彼女を食い殺してしまいそうなほどにだ。
「……ああ、確かに俺様は『なっちゃん』と付き合っている。この役職を手に入れる前から」




