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一度やってみたかったシリーズ

日常

作者: 布瑠部

 例えば――あの夏がそうだった。


「……もしもし、どうしたこんな時間に? また眠れないの?」


 小学生の頃、足を骨折したことがある。確か夏休みに入る二日前のことだったと記憶している。


「いや、起きてたよ。……うん。しょーがないから眠くなるまで付き合ってやるよ。どうせヒマだし」


 子供にとって、夏休みは一年で最大のイベントだ。俺は外で遊ぶことを好む子供で、例年のごとく真っ黒に日焼けするまで遊んでやろうと意気込んでいた矢先のことだった。


「ははっ。たまたまだよ、たまたま。……ああ、まあそうだけどさ」


 怪我は全治一ヶ月半。せっかくの夏休みをふいにしてしまったと落ち込む俺のもとには、連日たくさんの友達が見舞いと称して遊びにやって来ては、骨折の原因となった危険な遊びと、その余罪を親にバラされていた。


「は、なんでって……何を言うんだイ、ボクは、いつだってそゥしてきたジャナイカ」


 母親から遅れて大目玉を喰らったり、外を走り回れない辛さはあったが、彼らのお陰で毎日を楽しく過ごせたことを覚えている。


「やかましい。せっかく付き合ってやってんのに、感謝が足りんぞ感謝が」


 彼らはたくさんのものを運んできてくれた。漫画、ゲームソフト、面白い話、蝉の脱け殻、いたずら書き、そして両手いっぱいの笑顔。


「へいへい、お役に立てて何よりでございますよ」


 ……でも。その中に、俺が望んだ“夏”はなかった。ずっと笑っていたけれど、やっぱり俺にとって、その年の夏は来なかったのだ。


「ん? ああ……そう言えば、」


 彼女と話すとき、俺はいつもあの夏を思い出す。


「いつからだっけ。わりと知り合ってすぐじゃなかったかな」


 いつからだろう、彼女があんな目をしていたのは。いつからだろう、俺がその意味に気付いたのは。


「ふーん、もうそんなになるんだな……。あ、そうだ」


 彼女は気付かないふりをしている。だけど俺は気付いてしまった。


「それじゃ記念に、またみんなで遊びに行こうか」


 彼女はいま、あの時の俺と同じ、やってこなかった季節の中にいるんだということに。


「うん。あいつも呼んでさ。うん」


 いや、違う。同じなんかじゃない。彼女の夏は、まだ始まってもいない。そして俺は、彼女の望む夏を運んでくることが出来るかもしれないのだ。


「なんだよ、調子のいいヤツだなあ」


 本当は、最初から分かっていた。あの時の俺と同じなのは、彼女じゃない。


「冗談だよ。よかったよ、元気出て」


 それでも、君の夏になりたかった。眩しい陽射しの下で、明るく笑わせられたらと願った。


「うん。それじゃもう寝る?」


 だけど俺は、蝉の脱け殻にしかなれなかった。


「ああそれと、正しい感謝の言葉は、ごめんじゃなくて、ありがとうだぜぃ?」


 蝉の脱け殻は悲しまない。わずかな思い出を残して、消えてゆくものだ。


「はい、大変よろしい。……うん。うん、それじゃ」


 だから俺たちの季節は、当たり前に過ぎて。


「うん。おやすみ」


 何気なく、日常に溶けていく。

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