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桐生院みや子は悪役令嬢、悪役令嬢なんです。

 私、桐生院みや子は悪逆の限りを尽くました。
 なぜなら私が悪役令嬢だからです。
 きゅー・いー・でぃー。
 ひらがなであざとさアピールです。悪徳ですね!

 悪役令嬢といえばつり目に縦ロールと相場が決まっております。いわば警告色、毒ガエル毒キノコのようなセオリーです。大変地味な色合いの毒持ちの方が多いとかなんとかいうのはこの際関係がございません。何故なら話がややこしくなるからです。ちなみに私はトリュフよりエリンギの方が好きです。

 桐生院家は代々由緒正しき悪役令嬢の家系でした。破滅する悪役令嬢はド三流、存続してこそ真の悪役令嬢なのだと幼い頃からお婆様に叩き込まれてまいりました。存続こそがこの世のどこにも存在しない永遠への探求なのですから。

 そう、悪役令嬢は進化するのです。時代に適応し、環境に適応し、あの手この手で遺伝子を繋ぐために。たとえこの身が何に成り果てようとも。

 膝下まである藍のスカートを摘み、私は車から降ります。私に手を差し伸べるのは、爺や清純派六十代。国語教師とニンジャが似合いそうな殿方です。
 縁側、緑茶、甚兵衛、と相場が決まっているようなご老人にぱつぱつのタキシードを着せるだなんて、なんて暴挙なんでしょう。背徳感でぞくぞくします。
 先代悪役令嬢にはまだまだ敵いそうにありません。

「どうなさいましたかの」

 渋柿ボイスにはっと我に返ります。大正ロマン真っただ中の華族の一人娘に生まれる妄想に浸っておりました。妾であった母上がお亡くなりになって初めて家に迎え入れられるのです。めっちゃ主人公でありませんこと? 精神擦り切れそうなので妄想だけでお腹いっぱいですが。

「何でもありませんわ」

 私は目尻を緩め、柔らかく答えました。ただでさえ垂れ目がちの私です。
 真っ白なリボン付きのブラウスに、控えめであれどふわりと膨らむスカート。パニエ一枚仕込みです。二枚はちょっとメルヒェンが度を過ぎます。あと下着も白です。ちょっとこれ以上は淑女基準法により規制が入りましたゆえ、控えさせて頂きます。チッ。
 そして極め付けは日本人形もかくやと思われる程の長い黒髪。一切重力に逆らおうとは致しません。自画自賛ですええ、自画自賛ですとも。淑女警察のかほりがほんのりと漂ってきましたのでここらでお開きに致しましょう。

 悪役令嬢というのは美少女です。それは何故か。絵的な問題じゃないですかね。出番多いですし。不細工顔よりもフツーに整った顔の方が描きやす……こほん。
 しかし、美少女の系統として、主人公とは真反対にいなければなりません。
 カッターナイフやリッパーのごとき美少女でなければなりません。鮮烈な赤の印象を纏うのです。悪役令嬢とは即ち苛烈な薔薇なのです。

 しかしこの桐生院みや子、黒々としたハイヤーに映る姿──今、御姿と言いかけました。危ない。
 気を取り直して。
 肌は色白であり、纏う色はおとなしめ。悪役令嬢必須のつり目は絶対的に不可能です。
 どこからどう見ても男子の密かな憧れ系白百合女子です。さっき悪役令嬢は赤の薔薇だといったばかりなのに。
 まあ、所謂ほのぼの系お姉様女狐悪役令嬢もありだと思うのですよ。悪役令嬢界にも新たな風を送り込まないとですね、はい。
 私はそっと胸に手を当てました。いまいち弾性に欠けます。無理ですねこれ。

 溜息を零しながら玄関ホールへ。

「あら、みや子さん。おかえりなさい」

 微笑みながら螺旋階段を降りてこられるのは我がお母様。四十代とは思えない程の可愛らしさです。

「はい、ただいま帰りました」

 私は少々強張った笑みで答えました。
 どれもこれも私のお母様が原因なのです。
 そう。旧姓、与市りり子はシンデレラを体現した存在。悪役令嬢の正反対におられる存在。私たちが存続するに不可欠でありながら、一番の脅威でもある──元ヒロインなのですから。
 お祖母様のいびりにも動じず(気付かず)、その暖かい笑みで父の冷血を溶かし、愛を振りまいております。
 お祖母様は根を上げました。天然物には勝てません。つよい。

 外見においてお母様の形質を色濃く継いだ私は、灰色の高校時代でした。
 悪役令嬢にも派閥があるのです。そして当代令嬢、みや子は悪役ヒエラルキー下位でした。しかしその血がヒロインサイドに交わることも許さず、つまるところ三年間私は一切合切ストーリーに関わることができませんでした。
 都落ちです。モブ墜ちです。みや子だけに。

 ちょっとアウェー感が強過ぎて、大学は違うところに行きました。内部進学のお友達がのほほんとお茶をしている間、私は受験勉強でした。家庭教師のお姉さまにはお世話になりました。百合ルートを開拓しそうになりました。ご学友でしたらタイが曲がっていてよコース真っしぐらでした。

 当代悪役令嬢、桐生院みや子。現在オタサーの悪役令嬢です。いっそ殺せ。ここまできたら百合ルート付きのミッション系でちやほやしたりされたりする日常が欲しかった。いつの間にかミステリオタクになってました。

「やあ、みや子。久しぶりだね」
「お兄様! こちらに来ていらっしゃったのですか」

 ぐつぐつと鬱屈を煮込む私に声をお掛けになったのは、敬愛するお兄様。心模様も晴れ上がるというものです。
 そしてうちのお兄様は平和的もやしでした。至極平和的です。悪の大富豪やる気ゼロ。
 お兄様は二つとなりの県で通学のために離れで暮らしをしていました。というわけで久々の逢瀬なのです。みや子は寂しゅうございました。
 もやし以外は非常にお母様似で、ネジが数本抜けています。圧倒的癒しです。優しいです。大好きです。
 ちなみに特技はUFOキャッチャーです。普通に買ったほうが早いぐらいにお金をつぎ込みますけど。庶民墜ちしてる……! そう、これが桐生院家を破滅へと導いたりり子(かあさま)菌!

「そういやみや子、駅前に新しいケーキ屋さんができたのを知っているかい?」
「ええ。なかなかの評判だそうですわ。私、気になっていました」
「それは良かった。散歩がてら買いに行こうか」
「是非!」

 安かろうが美味しいものは美味しいのです。フカヒレと春雨が見分けられない舌とか言わないで下さい。正月特番に出るわけでもないのですから、いいのです。お高いものはお高いのだと念じることでありがたみが増すのです。
 高いものが美味しいのは変わりません。それぐらいは理解出来る舌です。ただ、ちょっと高いものとすごく高いものの判別ができないだけです。

「みや子さん! ケーキ! お母さん、チーズケーキが良いわ! あれです、焼いてるほうです!」

 いい年して階段の手すりから身を乗り出すお母様。

「はいはい。スフレとベイクドとニューヨーク、どれになさいます?」
「え、わ、わからないわ……!」

 悪役令嬢の血は絶えた。
 もういいや。


 ◇



 爺やが車を用意して待っていましたが、気分はなんちゃって庶民なので徒歩で参ることに決めていました。
 爺やの好意を無下にしました。悪徳ですね。
 二日ぶりくらいに悪いことをしました。気分爽快です。
 るんるんと年甲斐も無くはしゃいで、お兄様の腕に飛びつきます。これも悪徳。悪徳なので仕方の無い行為なのです。

「みや子もそろそろ兄離れしないとなあ」
「いくつになっても私、あなたの妹ですのよ」

 お兄様は困り顔なのですが、うれしさが隠しきれていません。甘っちょろいのです。そこが好き。


 その時です。
 いかにも朝方、食パン加えた女学生が特攻してきそうな曲がり角。どことなく昭和の匂いが漂う塀にほんの少し警戒しながらも時刻が夕方であることに油断しきっていた私たち。
 待ち構えていたかのように飛び出してきた人間がお兄様とぶち当たりました。
 盛大なオノマトペと星が飛び散ります。
 骨が細そうなお兄様はあちこちをミシミシ言わせながらぶっ倒れてしまいました。

「そんな、お兄様! お兄様ぁあ!」

 蹲ったまま、ぷるぷると震えて返事もありません。顎が破壊されたのではないでしょうか。
 私はキッと相手方を睨みつけます。お兄様に何しとんじゃワレ、とか思いつつもこの惨状ですから、相手方のダメージも相当だったと思われます。いい気味です。
 なんて思ったのですが。
 相手は何が起こったのか分からない、というふうにおでこをほんのり赤くさせて突っ立ってました。
 石頭かよ。
 相手さんはどこぞの歌劇団所属かしら、と考えてしまうような姿勢の良いスーツ美女でした。淡い栗色の短髪が少し乱れています。
 硬いスーツにも押し込みきれない胸がなければ男性と間違えていたかもしれません。
 兄の敵はようやっと私の姿を視認します。そして驚いたように目を大きく見開きました。

「あなたは、桐生院家の御令嬢ではありませんか!」

 いや、あなたがぶつかったのは御曹司ですけどね。すみませんね、うちの兄がド庶民みたいな顔してて。ぶん殴るぞ。
 しかしそこはモブとして揉まれたみや子、営業スマイルとかお手の物です。和やかにどちら様とか聞けちゃうわけです。

「僕は参之宮マコトといいます。近々、あなたの下を訪れようと思っていたのです」

 お兄様はスルーかよ。かち割るぞ。

「ん、参之宮……? まさか」
「ええ、ある意味桐生院の対極にある家です」

 ヒロインが悪意なく悪役令嬢を育て、また悪意なく悪役令嬢を食らう超自然的存在だとするならば。
 そう、彼女は正義の令嬢。正義? よく分からないですけどなんかキラキラした世界の住人です。
 そして大体、参之宮の娘はなんか、こう……女ったらしでした。
 世界観が合わないのでまともに関わったことはないですが、令嬢名鑑に載るほど由緒正しい家柄ではあるのです。
 要は参之宮とは、女子校の王子様系令嬢なのです。
 なんかめっちゃ惨めな気分にしてきやがります。悪役令嬢が男装令嬢に口説かれるとか屈辱以外のなんでもありません。
 お引き取りください。私は百合ジャンルに向かうつもりはありませんの。
 とか言えたら良かったんですけどね。弱小悪役令嬢なので権力には弱いんです。違う世界の住人なのでレベルは知らないのですが、敵に回したくはありません。
 光と闇を混ぜたら曇りになってなんか微妙になるんですよ。戦闘力ないんです、私。
 ひがみじゃないですしー。百合ルートに進路変更しそこなったひがみじゃありませんしー。
 そんな私に構わず、彼女は事情を話し始めます。

「知っての通り、参之宮は子供の性別を逆転させて育てるという習わしがあってね。その反動か、成人を迎えた途端に極端なほどにその性別らしい格好を求められる」

 神隠し常連さんの旧家は大変だな、といった感じです。はあ、と気の抜けた相槌を打ちました。住む世界が違う。

「というわけで、助けて欲しいなって」
「なんで」
「ほら、桐生院も最近落ち目だし、危機にあるもの同士助け合って化学反応をおこしてみないか」
「ぶん殴るぞ」

 ここまで侮辱されて引き下がるなんて、悪役令嬢も廃るというものです。
 売られた喧嘩は買うものだ。むしろ売りつけろ。くーりんぐおふなんぞ知らん、とはお祖母様の教え。
 あれ、悪役令嬢の戦い方って拳だっけ。……悪徳ですね!
 私はすっかりやる気満々。参之宮は慌てたように縋り付きました。
 仕方ありません。一旦拳は収めましょう。

「このままじゃ女装させられるんだ! 下手したらひらっひらのふわっふわを着せられる、そう、君みたいな! 知恵を貸してよ、悪役令嬢だろう?」
「ええい知るかです! だーれが少女趣味ですって」

 ド失礼。
 こいつは悪役令嬢を何だと思っていやがるんですか。

「別にしきたりだからじゃないのにー! 男装はただの性癖なのにー」
「令嬢がその誤用はまずいのでは」

 なんとまあ憎たらしい方でしょう。お兄様が蚊帳の外でおろおろしています。お兄様を蔑ろにするなんて万死に値します。ごめんなさい、私も余裕がありません。
 でも、参之宮の憂い顔はとても綺麗で。
 ……きゅん。
 はっ。
 断固共学ですわ! 共学ですわ!
 姫ムーブすら出来ないとか正気の沙汰じゃありませんわ!
 しかし、やはり強気には出られないのです。参之宮は魅了持ちですからね。我ながら情けない。

「その、手を組むにしてもですね。それなりの文脈が必要なのはご存知でしょう? ジャンル違いなら尚更に。あなたと組む理由、そう、因縁が必要ですわ!」

 令嬢界の鉄則です。やはりこうなんか因縁さえあればなんとかなる。
 つまり関わりのほとんどない参之宮と手を切れる、というわけです。関わりたくないんです。令嬢界怖い。伏線回収に恍惚としながらミステリ摂取して生きていきたい。

「ところで、さっきから車の音がうるさくありません?」

 走行音も相当なのですが、加えてクラクションが鳴り鳴りです。
 それと、パトカーの音。白バイかもしれません。

「桐生院、あれ……」

 その指先には。
 ナンバープレートは剥がれ、運転手もいない。トラックという概念存在がエンジンを低く鳴らし、暴走していました。
 なるほど。因縁。ないなら作れ。それとも早速の化学反応というやつでしょうか。

「カテエラですわ! カテエラですわ!」

 これ全部、前世の因縁で片付けられるやつですわ!
 どこで間違えたのか分かりませんが世の中というのは不思議なもので。今、急に転生モノフラグが立ちました。嘘でしょ。
 慌てて逃げ惑います。しかし逃げ場が見つかりません。
 私の十九年、全編プロローグか。ふざけるな、と。
 そもそもこういうジャンル、トラック転生じゃなくて若くして病死とかじゃないですか。病魔に蝕まれる身を呪って涙を流しながら息を引き取って、今度こそ目一杯生きてみせると決めたら悪役令嬢没落編の未来を知って全力で走る系の。
 ダメだ。もう最初から違う。

 絶望に眩んだ視界に一台のハイヤーが躍り出ました。
 一目見ただけで分かります。あれは。

「爺や!?」

 ハイヤーはぐんぐんとスピードを上げ、暴走トラックへと迫って行きました。
 幻覚でしょうか。ハイヤーが火を噴いているように見えます。見間違い出なければブースターな予感がします。もはや超ハイヤーです。
 暴走概念トラックと超ハイヤーの激突。耳を劈くような轟音が響く。
 これは記録に残されるべき戦いでしょう。
 アスファルトは逆剝け、二台の勢いが巻き起こした風で塀がガタガタと揺れました。
 そして瞬間、嵐の前の静けさ。
 もう私たちには届かないところで爆音が、紅炎を立ち上らせながら轟きました。

「爺やー!」

 全てが塵に還ろうとしています。
 ハイヤーとトラックのハルマゲドンはあっという間に煙に包まれて、何も見えなくなりました。

「今のはなんだったんだ……」
「勇敢な男が一人、ここにいた。そういうことですわ」

 ああ、私、生きてるみたいです。なお、お兄様は爆発にびっくりして気絶していました。貧弱……好き……。

「過去形にしないでくれますかな」

 後ろを振り返り、参之宮はぎょっとしました。

「なんで!?」

 紛れもなく爺やです。
 タキシードには焦げ跡ひとつありませんでした。

「ほっほっほ。爺やですから。脱出のひとつやふたつ、身に付けておりますとも」

 もう、爺やったらお茶目なんですから。

 というわけで、異世界転生ルートは回避したものの。
 どうやら桐生院みや子、サスペンス時空に突入したようです。
 推理小説同好会の悪役令嬢名探偵ルートが見えました。
 ワトソン君はそこの男装令嬢っぽい予感がします。

「謎の暴走トラック、令嬢二人を狙った怪事件か!? 真相は果たして──」

 ノリノリでした。あとさらっとお兄様カウントしてないのであとで爆破しましょう。
 私は静かに目を閉じました。
 爆風が通り過ぎたあとの焦げ臭さが金木犀と混ざりあってどうしようもない秋の到来をお知らせします。

 おうちかえろ。

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