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episode 15 : Selma Tiare = Aither

ツーわんデー

聖女様ー!

 王都には様々な人が暮らしています。様々な仕事をしています。様々な施設があります。その多様さに合わせるように、王都内には様々な区画が形成されています。例えば、居住区。例えば、商業区。例えば、工業区。


 もちろん、明確に区分けされている訳ではありません。そういった傾向の強い区画である、ということを示す言葉に他なりません。

 分かりやすいものは居住区でしょうか。王都の中央に位置するものが王城です。その周辺を囲うように貴族の方々の邸宅が並びます。そこから平民の方々の住居が並びます。そして、外壁門の近辺を避けるようにして、王都外縁部に貧民層の方々が暮らしています。


 貧民層とは言いましたが、言葉通り困窮している方々もいらっしゃいます。困窮していない方々もいらっしゃいます。王都内部では、王宮の監視の目が届く場所では生活できない、そのような活動をされている方々もいらっしゃいます。王宮が把握しきれていない経済的社会的活動をされている方々を貧民層と呼んでいるのでしょう。


 王都外縁部で見られる方々は多くありません。多くの方は建物の中か、目立たない路地裏か、そういった場に潜み、外部からの侵入者を監視しているそうです。

 多くない、ということは、見られる場合もあります。そういった方々はその日その日を生きることに懸命で、着の身着のまま、といった様相です。また、多くは子供です。もしくは、慢性的な栄養不足で体が大きくならなかった大人です。


 基本的に彼等に血縁的な繋がりはありません。皆が孤児であり、皆が家族であり、皆が仲間であり、皆が敵だと伺いました。


 孤児は決して珍しいものではありません。王都には多くの孤児がいます。なぜ孤児が生まれるのか、人々は考えます。経済的事情か、社会的事情か、政治的事情か、ありとあらゆる側面から原因を検証します。


――私はそういった活動を否定しません

  全てを解明しようとする姿勢を否定しません

  人智の限りを尽くすことは素晴らしいことです

  懸命な姿は総じて素晴らしいものです――


 必ずしも全ての孤児の方々が王都外縁部でそのような生活をするとは限りません。彼等が望めば、いつでも孤児院へと受け入れる準備はできています。教会は彼等が生きようとする姿勢を尊重します。自立しようとする意志を尊重します。救いを望む意志を汲み取り、受け入れます。


 必ずしも孤児院に入られる方々が全てそのような生活をしていたとは限りません。産み捨てられるように孤児院へと入ってきた子もいます。乳離れをするかしないか、親の顔が分かるか分からないか、それぐらいの歳に親の望みで孤児院へ入れられた子もいます。何らかの災害に巻き込まれて両親を失い、保護される形で孤児院へ入った子もいます。


 基本的に彼等に血縁的な繋がりはありません。皆が孤児であり、皆が家族であり、皆が仲間であり、皆が友だと伺いました。


 そして、私もその一員です。



「セルマ、君は愛されている」


 初等部3年、私が8歳の時の事でした。朝、いつもより目覚めが悪かったのですが、次第に全身を寒気が襲い、怠さや吐き気から食事もままならず、学校を欠席せざるを得なかったことを覚えています。そうして誰もいない、たくさんのベッドだけが並ぶ広い部屋で1人寝込んでいました。


 ふと目が覚めると、誰かがベッドの脇に立ち、私を見下ろしていたのです。私が目覚めたことを確認し、私が何かを言う前に発せられた言葉の数々は、今でも忘れることができません。


「神託が下された」


 そのお方は一歩私へと歩み寄り、上体を起こすよう告げました。その雰囲気に逆らえず、震えて力の入らない体を必死に起こせば、そのお方は私の額へと右手を当て、左手は自身の胸に、それからそっと瞼を下ろし、静かな声で語りました。


「名を授ける」


 そのお方から目を背けることができませんでした。じっと、次の言葉を待ちました。


「セルマ・ティアレ=アイテル。聖女として、役目を全うせよ」


 す、と上げられた瞼からこちらへと向けられた、赤色の瞳。綺麗に整えられた白髪に、感情の読み取れない顔。若くとも老いても見える、不思議なお方。


 教皇様とお会いした、初めての日でした。



 その日から、私は教会の宿舎へと移りました。突然与えられた、セルマ・ティアレ=アイテルという名と、聖女という身分。愛されているという言葉と、教皇様の右手。私しかいない部屋で、あの日のことを何度も思い返しました。

 漠然と感じる、重圧。それに応えたい、気持ち。反面、治らない体調。募る不安。焦り。自己嫌悪。そんな私の世話をしてくれた修道女の方々、そして、当時助祭だったナディムには、本当に感謝しています。


 ようやくベッドから起き上がり、自身の脚で歩けるようになった日。年が8歳から9歳へとなっていた、ある春の日。部屋にあった鏡をふと見て、驚きました。


 私の黒髪が、全て、白くなっていたのです。


 外見の変化に動揺し、食事を運んできてくれたナディムへと泣きついてしまいました。ナディムは私が怯え、震えながら訴える言葉の数々を静かに聞いてくれました。そして告げられたのは、教皇様が私を呼んでいる、その一言でした。



「セルマ・ティアレ=アイテル、君は深く愛されている」


 聖女として初めて訪れた聖堂。月光に照らされた彫像と、その前で左手を胸に添え、瞼を下ろしていた教皇様。その光景に息を呑み、立ち止まりかけました。それに気づいた教皇様が私へと顔を向け、傍に来るよう言われました。

 恐る恐る歩み寄った私を、赤色の瞳で真っ直ぐ見つめ、初めてお会いした日のように静かに語られました。


「神託が下された」


 教皇様に言われるがままにその場で膝をつき、手を組み、目を閉じました。教皇様の手が額に当てられ、私に神託が告げられました。


「力を授ける」


 静かな聖堂に、教皇様の静かな声。一言一句聞き漏らさないよう、耳を澄ましていました。


「髪色は、その証だ」


 組んだ手に、力が入りました。もう少しで、目を開けるところでした。


「役目を全うせよ」


 額から手が離れ、再び静寂に包まれた聖堂で、ゆっくりと目を開けました。顔を上げれば、先程と何ら変わった様子のない教皇様が、私を真っ直ぐ見ておられました。


「つつしんで、お受けいたします」


 今まで言ったことのないような、丁寧な言葉。たどたどしい私の返答に、教皇様は何も言われませんでした。しばらく私と目を合わせていたかと思うと、不意に身を翻し、聖堂から出て行かれました。


 教皇様が出て行かれた扉をしばらくじっと見つめていましたが、部屋へ戻ろうと立ち上がり、ふと彫像が目に留まりました。


 私は、名を、聖女という身分を与えられ教会へと移りましたが、ずっと療養していただけです。教えは何も受けていません。祈り方も分かりません。ただ、この彫像が、私を愛し、私に力を与えてくださった方を模していることは、疑いようがありません。そっと、膝をつき、手を組みました。


 神へと、主へと祈りを捧げた、初めての日でした。



 その日を境に、私への教育が始まりました。まずは、1人の聖職者として日課が行えるようにならなければいけません。祈りの作法はもちろん、食事や清掃といった、共同生活に必要な仕事もあります。それらを行いつつ学校に通い、帰ればナディムから教典の内容を学びました。


 初めは勝手が分からず、周りに言われるがままに動くしかありませんでした。何度も教えてもらい、何度も間違い、何度も恥ずかしい思いをしました。私の白髪は目立ち、学校では頻繁に揶揄われました。それでも日課を、学校を休むことはありませんでした。休みたくても休めるはずがありませんでした。

 ナディムとの勉強会はそういった私の悩みを打ち明ける時間でもありました。ナディムは何でも聞いてくれました。そして、古参の聖職者として、時には1人の人間として、様々な助言をくれました。


 そうして数ヵ月が過ぎ、間違いをすることが減り、日々の生活に慣れてきた頃でした。


 また、あの悪寒が、倦怠感が、嘔吐感が、私の体を襲いました。



 朝、日課の祈りに姿を現さなかった私の部屋を訪ねたナディムのおかげで、大事に至ることはありませんでした。朦朧とする意識の中、再び療養生活が始まったことを理解しました。

 なかなか喉を通らない食事。どうにか飲み込む薬。それ以外は、起きているのか、寝ているのか、生きているのか、よく分からない、ひたすらに不安な時間を過ごしました。絶えず私を苛む恐怖に、涙が溢れました。


 そんな私の涙を拭ってくれたのは、誰なのでしょう。滲む視界に映った姿が、目尻に触れた温かさが、今でも忘れられません。たったそれだけのことなのに、とても安心したのです。ゆっくりと、眠れたのです。


 いえ、なんとなく、なんとなくですが、教皇様だったように思います。聖女である私に直に触れてくださる方は、教皇様しかいらっしゃいません。

 もちろん、そのことを確かめる術はありません。教皇様に直接尋ねるなどはもってのほかです。ですから、これは、私だけの秘密なのです。



 前回は数ヵ月に及んだ療養でしたが、その時は1ヵ月程で再び起き上がれるようになりました。そして再び共同生活や勉学へと身を捧げれば、数ヵ月後に訪れる異常。病に伏せ、朧げな意識の中、そっと齎される温かさ。

 苦痛に慣れることはできませんが、定期的に体調を崩し療養することに、私も周囲も段々と慣れていきました。毎朝ナディムに体調を報告することが私の日課に加わりました。


 早期に病の予兆を発見し、早期に対応する。それが早期の回復に繋がっているかは分かりません。しかし、病を発症して発見されるまで1人で耐え忍ばなければならない、というようなことはなくなりました。その事実は私の不安を大きく和らげてくれました。


 そして、最も痛苦に苛まれる時に訪れるあの優しさは、私の密かな楽しみでもありました。


 心身健やかとは言い難いものです。それでも、日課である祈りや礼拝、炊事や洗濯、清掃、奉仕活動を難なくやり遂げられるようになりました。宿舎と、学校と、時々教会へと足を運ぶ程度の限られた生活圏でしたが、そのことを不満に思うようなことはありませんでした。


 春になり、私は、10歳になりました。



「力の使い方を教える」


 ナディムを通じて呼び出され教皇様の部屋を訪ねた私に、静かに告げられました。私に授けられたという、力。それが一体何なのか、私自身よく理解していませんでした。


 ただ、聖女としての役目がこの身に課せられたのだと、その一環として日課を行っているのだと思っていました。日課が行えるようになったのは、一重に私に授けられた力のため。そう納得させていた面がありました。

 しかし、今から、教皇様から直に手解きを受けられるのだと、私の持つ力の何たるかが分かるのだと、期待に胸が膨らむ思いでした。


「手を」


 目の前に差し出された、教皇様の両手。その両手と教皇様の顔とで何度も視線を往復させてから、恐る恐る私も両手を差し出しました。ゆっくりと差し出されたままの教皇様の両手へと近づけ、それでも何も言わない、何の感情も浮かべていない顔を窺いながら、思い切って指先を触れさせました。


 指先が触れた瞬間、温かさに包まれました。教皇様が私の両手を柔らかく包み込んでいました。予想外の光景に、理解が追いつきませんでした。呆然と目の前の両手を見つめたまま、言葉を交わすことなく、しばらくそうしていました。


 不意に教皇様が両手を離され、そのまま下ろしました。名残惜しさから差し出したままの両手をそのままにずっと立ち尽くしてしまいました。温もりが手の平全体に残っていました。


「何か分かったことは」


 視線を上げれば、教皇様が真っ直ぐ私を見ていました。何か、分かったこと。両手を引いて胸の前で合わせます。さっきの時間で、私が分かったこと。


「あたたかかった、です」


 言ってから気づきました。これは求められている言葉では無いのではないでしょうか。教皇様は力の使い方を教えると仰っていました。ならば力に関する答えを求めていたに違いありません。しかし、いくら考えても、いくら両手を見ても、温もり以上のものは感じられません。私は失敗してしまったのでしょうか。


 間が、空きます。教皇様が何の返事もしてくださいません。やはり、私は……不安から身が固くなります。視線を上げようと、教皇様の目を見ようと、詰まりそうな喉で必死に息を、深呼吸を繰り返しました。


「明日以降も来なさい」


 頭上から投げかけられた言葉に、弾けるように顔を上げました。いつも通りの教皇様がいらっしゃいます。何の感情も映し出していない、いつもの教皇様です。落胆も、侮蔑も、ありません。私は、失望されなかったのでしょうか。私は、許されたのでしょうか。


「わ、かり、ました」


 私は、期待されているのでしょうか。私は、応えられているのでしょうか。返事を聞いた教皇様は身を翻し、壁際のチェストに置かれていたベルを手に取って鳴らします。しばらくして、ドアのノック音と共にナディムが部屋に姿を見せました。


 呆然と立ち尽くしていた私ですが、ナディムに促されるままに部屋を出ることになりました。廊下に出て振り返れば、閉まろうとしていたドアの隙間から、いつものように、真っ直ぐと、こちらを見ていた教皇様が見えました。



 新たに加わった、私の日課。教皇様と手を重ね、投げかけられる問い。その意味は、求められる答えは、正解は、何なのでしょうか。教皇様に直接尋ねようにも、いざ教皇様を目の前にすると、どうしても口を開くことができません。ナディムに尋ねても、明確な答えは得られません。

 結局、初日と同じようなやりとりを毎日続けることになりました。教皇様は何も仰ってくださいません。良いのか、悪いのか、全く分かりません。不安が募るばかりでした。


 そして、何の結果も出せないうちに、再びあの苦痛が訪れました。


 そして、病と闘いつつも珍しく意識がはっきりとしていた私のもとへ、教皇様がいらっしゃいました。



「きょう、こう、さま……!」


 嘔吐感で途切れ途切れになりつつも、驚きの声を上げざるを得ませんでした。もしかして、とは以前より思っていましたが、こうして療養中の私の前に姿を見せてくださったことはありませんでした。慌てて思い通りに動かない身体に鞭打って上半身を起こしたところで、既に教皇様はベッド脇に立たれていました。


「手を」


 いつの間に移動させられたのか、私の部屋に備え付けられていた椅子に腰かけながら、両手を差し出しておられました。反射的に私も両手を重ねていました。


 お見舞いを期待していた訳ではありません。しかし、こうして日課をいつものように行うことになるとは思いもしませんでした。

 嬉しいような、驚いたような、残念なような、複雑な気持ちではありましたが、両手に伝わる温もりはいつもより優しく感じました。全身を襲う倦怠感が、悪寒が、和らぐような気持ちでした。無意識に閉じられた私の瞼越しに、いつも通りの教皇様がいらっしゃることに、強い安心感がありました。



 何か、分かったことは。いつもの問いです。いつもなら何も分からず、感想を告げるだけに止まっていました。しかし、この日は違いました。いつもと違いました。両手から両腕へ、さらには胸のつかえるような感覚も含み、身体がとても楽になっていたのです。両手を起点に、身体がぽかぽかと温まっていたのです。

 不思議な感覚です。いったいこれは何なのでしょうか。これが教皇様の仰る力というものなのでしょうか。教皇様の力なのでしょうか。


 後頭部に何かが触れる感覚とともに、ゆっくりと上半身が倒されました。頭が枕に乗り、布団がかけられます。その1つ1つの動作が、とても優しく感じました。教皇様がしてくださっているのでしょうか。いつも思います。教皇様といると、いつも考えてしまいます。お父様とは、このような方なのでしょうか。

 お父様。私は本当のお父様は知りません。でもきっと、このような、温もりを、優しさをくださる方なのではないでしょうか。そっと頭が撫でられたのは、気のせいでしょうか。


 それとも……。

せいじょさまー!

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